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前編

 安藤が、室戸と同じビジネスソリューション事業部第一システム部に配属されたのは、十月一日のことだった。安藤の採用時に面接官を担当した室戸は、若いが優秀で、向上心が強い安藤のことをよく覚えていた。

 安藤は配属後、すぐに実力を発揮した。最初に担当した小売チェーン店業務システムの刷新案件では、プログラマとデザイナーから成る六名のチームをまとめながら、他チームのヘルプも行った。

 安藤は通常の案件業務以外でも、目立つ存在になった。

「設計に関わるエンジニアももっと、要求分析の段階からプロジェクトに参加すべきだと思うんですよね」

 ある会議で安藤が発した言葉は、周囲のメンバーを瞠目させた。

「確かにな。安藤の言う通りだ。次のクライアントとの折衝には、アーキテクトも同行させよう」

 ただ、彼の歯に衣着せない言動は、しばしば周囲と摩擦を起こすこともあった。

「ノウハウを文書化しないと、次に同じ作業をするときにまた無駄な工数が掛かりますよ。いいんですか、それで?」

「安藤、いま周辺業務に割ける工数があると思ってるのか。スケジュールはぎりぎりなんだぞ」

 彼は、時に理想を追いすぎるきらいもあった。だがそんな安藤の存在は、その当時、現場のラインを退いていた室戸にとっても刺激になった。


 安藤の配属から五ヶ月が経った三月のある日、室戸は安藤と二人で飲みに行く機会があった。室戸たちが勤めるトーケンソフト株式会社本社オフィスから、徒歩十分の距離に『アンダードッグ』という名のバルがある。二人はそこに行った。

「僕、室戸さんがいたからこの部署に来たんですよ」

 安藤の意外にストレートな賞賛の言葉に、室戸は面映ゆい気分になった。

「それは買いかぶりすぎだな」

「いや、前の案件でも室戸さんの設計が確かだったんで、デスマーチにならずに済みました。ホント、尊敬してます」

「特別すごいことはしていないよ。ちゃんとしたアーキテクトなら、自然に考えつく構成だ」

 一方で、その仕事ぶり同様、安藤には切れ味の鋭い発言もあった。

「うちの会社の弱みは技術です。業界の先端から二年は遅れている。このまま放置していたら、致命的な問題になるでしょう」

「……ふむ。会社に研究開発部門はないからね。まず、上がそこに価値を認めないといけないかな」

「人の問題もある、と思います」

「え?」

「会社の中で、『外』を見ている人が少ない。みんな、今まで使ってきた技術で、仕事を回すことに追われていて、競合他社が使っている技術に関心がない」

「……」

 室戸にとって、耳が痛いセリフだった。少なからず、胸に思い当たるところがあった。もうここ数年、室戸は仕事において「挑戦」ということをしていない。むしろ、避けていた。

 一つには、家庭を持ったことが大きい。結婚して子供が生まれ、二十代の頃のような、がむしゃらな働き方はできなくなってしまった。それでも仕事のパフォーマンスを落とさないためには、培った経験を活かし、それを発揮できる仕事をすることが最も効率的だった。

 安藤の言うように、仕事を「回す」ことに慣れ過ぎて、そこに胡座をかいていたかもしれない。

 その日以降、室戸にも変化が生まれた。その変化に最初に気づいたのは、職場の同僚ではなく、室戸の妻である美沙子だった。

「久しぶりね。あなたが休日に技術書を読んでいるの」

「あぁ、部署にすごい新人が入ってきてね。負けないようにしないと、と思って」

「いいじゃない。頑張って」


 年度が変わって、四月、室戸たちの属する第一システム部で、ある大規模システムの開発案件を請け負うことになった。その発表の二日後、室戸は部長に呼び出された。

「例のZ案件だが、安藤がプロジェクトマネージャーをやりたいと言ってる。どう思う?」

「安藤は優秀ですが、さすがにまだ早すぎるかと……」

「同感だ。千人単位の大プロジェクトになる。経験の浅い安藤には無理だ」

「私にやらせてください」

 自然に口を衝いて出た言葉に、室戸自身が驚いていた。

「お前がそう言うのを待っていたんだ」

 室戸はその頃、特定の案件に属さないアーキテクトとして、各案件の設計や技術的サポート、システム部全体の技術課題の解決を主な業務としていた。だが、数年前まではプロジェクトマネージャーとして、その広い視野と、マルチタスクを正確にこなせる能力を高く評価されていた。

「PMは久しぶりだろうが、お前のことだ。心配はしていない」

「まあ、なんとかやってみますよ」

「そりゃ頼もしいな」

 会議室から出る際、部長はポンと、室戸の肩を叩いた。


(後編に続く)

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