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Berry(旧)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
スノーブリッジ‐凍てつく町
32/39

1.架け橋

 スノーブリッジの名前の由来は、この国と北に広がる大地を隔てている高山にある。年中雪に覆われているこの山を越えなくては他国に向かうことができない。そのため、山は異文化との架け橋として、スノーブリッジと呼ばれるようになったそうだ。


 スノーブリッジの町は、山道入り口に人が集って町となったものだという。しかし、昔はこの辺りも原住民たちの集落があったそうだ。開拓民との諍いのあった場所でもあり、スノーブリッジの山道の途中には原住民と開拓民の争いで散った両者の墓が存在する。

 今では原住民の血を純粋に引いているものは珍しい。逆に言えば、開拓民の血だけを引いているという人もあまりいなくなっているらしい。

 

 私の実家であるベリー家は開拓民の子孫らしいのだけれど、私たち兄弟姉妹には原住民の血も入っている。家系図を調べれば、そこかしこに原住民だったという人物の記録があるからだ。特に気になるのは、母方の祖母からきている流れ。祖母の一族はその昔、クックークロックでドラゴンを奉っていた祈祷師の家系だったらしい。途中から後継者との兼ね合いでクックークロックを離れたそうだが、今でも親戚にあたる一族があの場所にいるはずだと祖母から聞いたことがある。


 そう、このように開拓民の子孫でも原住民の歴史とは切っても切り離せないことが多い。昔は、原住民は原住民と、開拓民は開拓民やそれ以降の移民の家と、と言って結婚に反対されてきたものだったらしいけれど、今時、そんなことを言う人はあまりいない。祖母が父と母の結婚に反対だったことも、たぶんそういうことだったのだろうと思うのだけれど、結婚して以降は文句を言ったためしがなかった。


 そういうものだと思うのだが、それにしてもスノーブリッジには原住民の姿が見当たらないと感じてしまった。二足歩行の動物たちもそれぞれが原住民の一民族には違いないので、そう考えると町民の大半が原住民ということになる。けれど、そうではなく私が言いたいのはヒト型の原住民の数だ。

 ほかの町と比べ物にならないほど見かけない。町で見かけるヒトの大半は、開拓民の子孫の特徴が強い人たちだった。それだけここは、先の交戦の影響で、原住民の血が薄れてしまっているのだろう。


 しかし、刻まれたものは大きかったらしく、スノーブリッジのあちらこちらには原住民の文化や言葉の名残が残っている。


 この町の英雄は、ドラゴンのために侵略と戦った原住民の男性だ。開拓民にとっては悪人だったはずだが、平和になった後世では彼や彼の仲間の戦いはやや悲劇的に描かれることが多いらしい。


 なお、彼の名前が正式に書かれることは一切ない。なぜなら、このスノーブリッジで暮らしていたという原住民たちは、本名を口外するということが一切なかったからだ。だから、彼のことは原住民たち全てを指すディネの勇者だとか、〈雪山の英雄〉だとか〈賢狼の王子〉だとか〈寝坊助〉だとか呼ばれている。前者二つはともかく、〈寝坊助〉ってなんだって思うのだけれど、残念ながらなぜそう呼ばれていたかの話は聞いたことがない。


 スノーブリッジには彼にちなんだベリーもいっぱい取れる。

 たとえば、ヴァリアントベリーは彼をイメージして名付けられたベリーだ。彼が戦いの際に闘志を燃やすために口にしていたと伝えられている通り、興奮作用があり、筋肉増強剤としての効果も期待できる。スポーツ界では当然、禁止薬物に加えられるベリーである。

 また、スリーパーベリーも彼にちなんでいるといわれている。これは珍しいベリーで、口にするとよく眠れるのだが眠っている間に耳にした会話を思い出せるという効果がある。実用性があるかどうかは使う人次第だが、いつも眠気がひどくて大学の長時間の講義が辛いという人にはうってつけだろう。しかし、残念ながらベリー法で販売には規制がかかっている。


 だが、ここスノーブリッジでベリー売りたちがお目当てとするベリーはこの二つではない。

 プリンスベリーというご当地ベリーだ。


 〈賢狼の王子〉からきているというそのベリーには、これといった効果はない。食べてもただ甘くて美味しいだけだ。しかし、その価値は効果や味ではなく、見た目にある。

 独特な色彩と光沢があり、半永久的に置いておけるプリンスベリーは、観賞用としての価値が非常に高く、一つ手に入れただけで数か月は暮らせるといわれている。もちろん、上には上があり、世の中には一つ手に入れただけで一生暮らしていけるだろうというとてつもない価値のベリーもあるのだが、現実的に考えて手に入る可能性が高いベリーの中では高価格の商品に間違いない。


 こういうものは欲しがる人がいてこその価値だが、ありがたいことに人気は衰えることを知らず、いつの時代も安定した需要がある。中にはこのプリンスベリーだけを専門として暮らしているものもいると聞くが、スノーブリッジに暮らし続けることは生半可な覚悟では難しい。

 プリンスベリーはいつでもいくらでも取れるわけではなく、一度にとっていい量に限りがある。その上、冬は立ち入ることが難しいベリー畑に生えるので、ぎりぎり生活が成り立たないという人も出てくるためだ。

 それを見据えて、別のベリーも採取して販売できればいいが、ほかのベリーもまた冬場には雪に埋もれてしまい、収穫できないことがある。そのため、しっかりと計画を立てておかないと、大失敗してしまうことになる。


 また、プリンスベリー売りがスノーブリッジだけに留まって生活するのは難しい。なぜなら、スノーブリッジの人たちはプリンスベリーを持っている可能性が高いからだ。売りに行くとすれば、ほかの町――それも、遠くの町であればあるほどいい。そういうわけだから、結局、スノーブリッジに留まるベリー売りはあまりいなくなってしまう。


 昔は他のベリー売りがプリンスベリー売りから商品を買い取ってから他所に売りに行くこともあったようだけれど、それもなくなってしまった。なぜなら、プリンスベリーの採れない時期にほかのベリー売りが来ることもなくなってしまったし、プリンスベリーが採れる時期ならば買うのではなく自分で採るという人が殆どだからだ。


 私もここに来るときは季節を考えて通るようにしている。間違っても真冬には来ない。スノーブリッジの真冬が平気なのは、スノーブリッジの住人か、スノーブリッジに親戚がいるか、絶対に宿をとれるという自信があるものだけだろう。


 そう、スノーブリッジにおいて宿の問題は深刻なのだ。昔のベリー売り同士の商売が成立していたのだって、冬のスノーブリッジに訪れることができるだけの環境が整っていたからだろう。しかし、私がベリー売りになって以降の時代は、年々、スノーブリッジの宿が閉業しているものだった。あれほど宿があったのに、今では大きな町に二つだ。そして、この春、とうとうそのうちの一つも後継者不足で閉業したらしい。


 スノーブリッジの宿を追い詰めたのは、観光客不足だと聞いている。ベリー売りは定期的に訪れるが、それだけでは宿の経営者も食べていけない。スノーブリッジの観光に来る人や山を越えたい旅人がいなければ、宿もやっていけないのだ。

 ところが、ここ最近、スノーブリッジ高山はいささか物騒である。山を越えようとした旅人たちが、何者かに襲われる被害が後を絶たない。おかげで、山を越えた先の北国へは全く別の町から船を使って向かう方が人気になっている。危険な山をわざわざ越えようなんていうものは、今の時代、滅多にいないらしい。


 ちなみに襲ってくるものは、人間ではないらしい。目撃者によれば、それはオオカミにとても似ている。四足歩行なのでオオカミ族でもイヌ族でもなさそうだ。だが、言葉を喋るらしい。そのため、彼らはスノーブリッジのマモノと呼ばれている。


 とても気が掛かりなことなのだが、それは、おそらくブルーの仲間と思しき者たちなのだ。


「いいかい、ブルー坊。スノーブリッジの連中は気のいい奴らも多いが、中にはやや排他的な奴らもいる。観光客には冷たいものはあまり多いわけじゃないが、ここの住人の大半であるイヌ族とオオカミ族の間にもしばしば対立が起こるもんなんだ」


 宿の廊下でライオネルがブルーに話しかける。

 いい部屋を安くでとれたのも、この宿の主人とライオネルが知り合いだったからだ。カチナとはこの後、待ち合わせをしている。その移動前のわずかな時間で、彼はブルーにスノーブリッジの町を紹介していた。

 ブルーは不思議そうに首をかしげる。スノーブリッジは彼の故郷のはずだが、町というものはその中に含まれない。彼にとってこの場所は、見知らぬ土地とあまり変わらないのだろう。


「どうして? 同じ町の人たちなんでしょう?」


 素朴な疑問を受けて、ライオネルはうーんと唸った。


「本当、どうしてだろうなあ。どうしてかはクーガーの俺にもわかんねえ。だが、同じクーガー族でもクーガー族以外に偏見を持つものもいる。イヌ族がこうだ、オオカミ族がこうだという問題ではなく、生き物はだれしも自分とは違うと思う存在に対して何かしらの思い込みをしてしまうものなのかもしれないなあ」

「その……思い込みがボクと何か関係あるの?」


 言葉を話すブルー。その少年らしい声は潜められてはいるが廊下に響いている。誰が話しているのかを気づくと、同じ宿に泊まる者の中には興味ありげに見つめるものもいた。

 しかし、スノーブリッジにおいてブルーのような存在は珍しくない。喋るオオカミだからといって危害を加えることは町の掟で禁じられているため、喋っても問題ないとのことだ。


 実際に、宿の主人はブルーが喋っていても平気な顔で案内を続けていた。よその町でも珍しくはないことだったが、「マモノの坊ちゃん」ではなく「ユキオオカミ族の坊ちゃん」と呼ばれたあたり、意識が違うのかもしれない。


 ユキオオカミ族という言葉はあまり聞くものではない。実はここを再び訪れるまで、私も長く忘れていた言葉だった。スノーブリッジのマモノをより友好的に表現した言葉であり、本当はスノーブリッジではこちらが広く伝わることを望んでいるらしい。だが、一度浸透した言葉はなかなか取り消せるものではなく、私を含め、いまだにブルーのような者のことをスノーブリッジのマモノと呼ぶ人は少なくない。


 ライオネルだって、そう呼んでいた。そう呼ぶこと自体は悪いこととされていないためだ。それでも、意識改革は質のいい接客を目指す国内の宿の協会などが実践し始めたそうだ。


 スノーブリッジのマモノではなく、ユキオオカミ族。

 我が国において、四足歩行の動物のことを○○種と呼ぶことはあっても、○○族と呼ぶことはあまりない。それでも、言葉を喋ることができるブルーたちの存在は、さすがに無視できなくなってきているのかもしれない。新しい時代の風を感じずにはいられなかった。

 しかしながら、ライオネルは念入りにブルーに忠告する。


「スノーブリッジは慎重な態度を心掛ける場所だし、イヌ族やオオカミ族の大半は、ブルー坊のことをひとりの坊ちゃんとして丁寧に扱ってくれるだろう。でもな、中には嫌な奴もいる。嫌なだけだとマシだが、ヤバイ奴もいる。ブルー坊みたいな種族をマモノどころか悪魔だって信じるようなトンチンカンがいるんだよ。そういった奴は気にしないだけで済めばいいんだが、厄介なことに襲い掛かってくることもある。猛獣と一緒さ。だから、いいかい、ブルー坊、、ラズ嬢や俺たちとはぐれちゃなんないぞ! いいな、、だ!」


 ライオネルの気迫に、ブルーは圧されながらうなずいた。


 私も同じだ。彼がそれだけ強調するのにはわけがあるのだろう。これまで一人で旅をしてきただけだったので、そういう問題については恥ずかしながら知識不足である。いけないことだとは思うが、自分の身に降りかからないことに関しては、知らず知らずのうちに無関心になってしまうのだ。最低限の常識として知っていることはまだしも、具体的な問題やその程度の認識については非常に頼りないものだと、やっと自覚できた。


 スノーブリッジでの法的手続きはすべて済ませてある。ブルーの首にもスノーブリッジの鑑札がしっかりとついている。雪山にオオカミの形は、ブルーによく似合っている。担当してくれたイヌ族の男性役人も感心するほどだった。しかし、この鑑札も、最低限のお守りに過ぎないのだろう。そう思うと、体感温度が室内温度計の表示よりもさらに低く感じられた。まさに凍てつく町にふさわしい。


 イヌ族とオオカミ族の諍いに、ブルーたちユキオオカミ族のさらされている現実。

 開拓民と戦った原住民たちの記録が残るこの町では、今もなお“自分と違う”ことに関しての無理解や、それによるぶつかり合いが続いている……ということだろうか。

 この問題が今ここで解決されることはないだろう。よそ者の私が介入できる問題でもない。ただ、気を引き締めなくては。ブルーは私の家族である。そんな彼に危害を加えられることだけは防止しなくてはならないだろう。


 ベリー売りや情報収集だけではない覚悟を胸に、私はブルーと共に、ライオネルに連れられて宿を出たのだった。

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