2.美味しい夕飯を家族に
――愛犬・愛猫・愛馬・愛鳥。あなたの家族に美味しい料理を。
通りを一つ変えれば、そんな看板があちらこちらにあった。夕飯通りとは打って変わって、その通りは人間と共に暮らす四足歩行、あるいは、人として生活していない鳥や爬虫類などのための店が並んでいた。
こんな場所があることを薄っすらと知ってはいたけれど、じっくり見たことはなかった。しかし、夕飯後、ライオネルは私をこの通りに連れてきてくれた。先ほどの店もいいが、ブルーへの手土産はここの方がたくさんあると言われたからだ。
確かに、相応しいものばかりだろう。人間向けの店で残飯を貰うよりもずっといい。つい忘れてしまうことだが、ブルーの体のつくりは私たちとは違う。私たちにとって美味しいからといって何でもかんでも食べさせていいものではないのだと犬の専門家より聞いたことがあった。
「この町ではね、食へのこだわりがどんどん進んでいるんだよ」
ライオネルは何故か得意げに教えてくれた。少しお酒が入っているためだろう。上機嫌な表情を浮かべ、尻尾をゆらりゆらりと揺らしている。
「もともとは馬や牛といった家畜が思う存分リラックスできるための料理を、ということで始まったらしいが、そこから使役犬、鷹などの猛禽に広がり、さらには愛玩犬や猫、ウサギ、小鳥、さらには爬虫類や両生類などのペットにまで広がったらしい」
「詳しいのね」
「ああ、よく来るのさ。ペットは飼っちゃいねえが、知り合いが働いているんだ。それに、カチナの研究でたまに商品を買う」
「商品? 動物たちのご飯を買うの?」
「ああ、なんでも、四足歩行と二足歩行の境が何処にあるのかを調べたいらしい。あとは、呪いのことだな。ネコ化の呪いにかかった自分は、果たして猫用に研究された餌で満足できるのか、だとか」
「本当にここの商品ってそれぞれの動物たちの口に合うのかしら?」
「んー、口を聞けないやつらの感想は分からんね。だが、オレの見てきたお馬さんたちはここの通りで作られた餌を美味しそうに食っていた。オレも、もしかして、と、猫どもが美味そうに食ってた餌をためしに貰ってみたんだが、いやあ、やはり四足歩行向けってやつなんだろうな。不味くて喰えやしなかった」
「ふうん」
何とも反応しづらい話だったので、軽く流すにとどめた。
「あ、でも、カチナのやつは案外いけたそうだ。呪いのせいなんだろうかね。それとも、単に個人の好みなのか。……よく分からんが、ブルー坊の口には合うものもあるんじゃないかって思うんだよな」
「そうね。ブルーの身体にもよさそう。問題は、どのご飯がいいかなんだけどね」
「ブルー坊は普段どんな味が好きなんだい?」
「普段はハチミツ味のエナジーベリーを食べてもらっているわ。でも、本当は肉が好きって言っていた。だから、肉の味がメインの方がいいかもね」
「なるほど、肉つってもビーフかチキンかでまた変わってくるよなあ。魚肉なんてものもあるし」
「せっかくだからビーフにしてあげたいわね」
どうせならビーフ味のベリーがあればよかったのに、と少し思った。しかし、ないものはない。エナジーベリーなんかは完全にハチミツの味だし、少し近いところで血の味のするブラッドベリーは貴重すぎてそう簡単にあげることが出来ないのだから仕方がない。
そもそも本来ならばオオカミというものは肉を食べて生きなくてはならないのだ。いくら栄養価が高いからと言って、ベリーしかあげないというのはブルーの身体に悪影響を及ぼさないと確信をもって言えるだろうか。最近ちょっと不安に思う事だ。
「はー。ブルー坊も愛されているなあ」
「え、なんで?」
「そうやって気を遣ってあげるなんて優しいじゃないか。恋人でもないのにさ」
「そりゃあ、恋人じゃなくても家族だもの。実家のペットだって、せっかくだから美味しいものをあげようってなる時もあったわ」
「なるほどね、ペット、だからか」
「うん……たぶん」
実のところ、よく分からない。実家の犬や猫だって可愛い家族だ。ベリー売りをするようになってからは、あまりゆっくり触れ合うことも出来ないので、彼らがちゃんと私のことを覚えているかどうかは怪しい。それでも、可愛いのは変わらない。そこはブルーも同じだ。しかし、よくよく考えてみれば、私はあることに気づく。ブルーと彼らは、果たして完全に同じと言えるだろうか。
傍から見れば、私にとってブルーは四足歩行のオオカミを犬として飼っているという状況。実家の犬猫と変わらない。しかし、決定的に違う部分がある。それはやはり、ブルーが喋るという点だ。何度も、何度も、ここが引っかかっている。
ならば、友達だろうか。弟や兄、姉のような存在だろうか。うん、きっとそれだ。ブルーはきっと弟のような存在なのだろう。人間の姿をしていないから奇妙な感覚であるし、距離の測り方も難しく感じてしまうってだけなのだろう。
――彼は恋人候補にはならないのかい?
先ほど訊かれたことが蘇り、呆然としてしまった。
ライオネルも変なことを聞いてきたものだ。そして、私自身もなかなかおかしいものだ。どうして動揺しているのだろう。どうして気になっているのだろう。私にとってのブルーとは何かという問いについては、もう答えが見つかったと思ったのに。
「たぶん、かあ」
ライオネルは首をかしげた。しかし、直後、「まあいっか」と仕切り直し、クーガーの顔に笑みを浮かべてオレンジがかった両手と尻尾を伸ばしたのだった。
「何にせよ、ラズ嬢が選んでやるものならブルー坊も尻尾がちぎれるくらい振って喜ぶだろうよ。さあさ、ついておいで。オススメの店をいくつか紹介するぜ」
どかどかと歩いていく大男の存在に、通りの者たちの中にはややぎょっとしているような人もいた。やはり、クーガー族というものは目立ってしまうものだ。しかし、ライオネルは気にせずに先へ進んでいく。周囲の目が気になっていないようだ。
あのように堂々と生きることが出来るのも、強者であることが大きいのだろう。実に羨ましいことではあるが、羨んでいたって仕方のないことでもある。私には私の生き方があり、幸せがあるのだろう。それはブルーも同じなのだろう。
そんなことを一人思いながら、私はライオネルについて行ったのだった。




