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Berry(旧)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
ミルキーウェイ‐銀河の町
24/39

5.スターライト劇場

 文字はあまり読めないけれど、スターライトって書いてあるのだろう。ボクにはっきりと伝わるのは建物の造形と看板のデザインだ。どちらもなかなかおしゃれだと思った。


 チケット売り場というのは此処のことだろうか。小さな硝子扉の窓口はボクの遥か頭上に見える。そこはたぶん、平均的な大きさのウサギ族の女性が背を伸ばしてどうにか届く程度の高さにある。それ以外の者――たとえば、ライオネルなどの大柄の男だと、身をかがめなくては覗けない位置にあった。

 ボクも前足を出っ張りにかければ覗けるだろう。けれど、そんなことをするのははしたないのではないかと疑問に思ったのでやらなかった。一応、近くにはお立ち台などもある。もっと小柄なひとのためのものだろう。


 姿勢を正して座りながら、ボクはチケット売り場の横で待っていた。ライオネルは劇場の中だ。先ほど、チケット売り場で仕事をしていたウサギ族の初老の女性と何やら話しながら中へと消えていったのだ。ボクは忘れられたのではないかと恐れつつ、待っていることしかできずにいた。


「わ、驚いた。犬か。オオカミかと思った」


 その時、真横でそんな声があがった。劇場に入っていく関係者らしきウサギ族の男性の声だ。ちなみにアルフレッドではない。隣にはバッファロー族の男性も一緒だ。ボクから見れば、あの窓口よりも更に大きくて立派な体つきをしたバッファロー族の方が凄みがあると思うのだけれど、ウサギ族の男性はそんな隣の事情など気にもせず、ただボクの存在に目を丸くしながら入っていった。

 ボクの方はもう何度目かの反応だったのであまり反応もしなかった。それにしても、何故だろう。ボクの姿なんて市場で普通にお買い物をしていたオオカミ族とそんなに変わらないはずなのに、どうしてあんなに驚かれるのだろう。


「あれぇ? ライオネルさんじゃないっすか。どうしたんです? 公演時間はまだまだ先ですよ?」


 中で先ほどのウサギ族の声がした。

 どうやら近いところにいるらしい。


「ああ、君たちか。いやね、ちょっとエステラとお話しするところでね」


 ――エステラ?


 聞き覚えのない名前に耳がピンとたった。


「ん? エステラちゃんと? ははーん、ライオネルさん。相変わらずっすねえ。でも、彼女のこと、あんまり揶揄わないでやってくださいよぉ? 婚約者がいるんですから。気弱なアイツのこともいじめないでやってくださいよ、なあ、相棒」

「はっは、やだなあ、そういうんじゃないよ! カチナに聞かれたら引っ掻かれちまうよ」

「ホントですかぁ? でもコイツが言っていたんすけどぉ、ライオネルさんってば、昔はメインゲートでもモテモテだったらしいじゃないですか。さすがは百獣の王」

「オレはそういうんじゃないよ。モテそうなタテガミもないだろう?」

「こんなこと言っているけれど、この人、メインゲートにいた頃は、クーガー族の女性からもう毎週のように告白されていてね――」


 と、おそらくバッファロー族と思われる声が聞こえたかと思うと、劇場のさらに奥から誰かを呼ぶ声が響いた。


「あ、いけね。座長が呼んでら。じゃ、ライオネルさん、またどっかで飲みましょう」

「おう、またな」


 やり取りが終わって間もなく、ライオネルは予想通りボクの待つ入り口まで出てきた。のしのしと歩く彼を見上げ、ボクは訊ねた。


「ねえ、エステラって誰の事?」

「おや? 聞こえていたのか」

「誰のことなの?」


 能天気に頭を掻くライオネルにやや不満を向けてみれば、彼は笑顔でしゃがんでまたバシバシとボクの頭を叩いてきた。結構痛い。


「ブラックさんについて聞きたいことがあんだろう? アルフレッドさんはちょいと会えないみたいなんだが、それ以上に話せるひとと約束を取り付けて来たよ。アンタのこともちゃんと伝えてあるから問題ない」

「それ以上に話せるひと……それがエステラってひとなの?」

「ああ、この劇場の看板娘さ。ウサギ族のエステラ。容姿も可愛い。歌も上手いが何よりもダンスだ。金払ってみる価値のあるもんだ」

「そのひと――」


 と言いかけたところで、ライオネルはボクの鼻先にごつい指を立てた。


「とにかく、裏口に待ってもらっているんだ。とりあえず、ついてきな」


 やや強引に話を終わらせて歩みだす彼に、圧されながらもボクはついていった。


 劇場の横の脇道から裏へと回る。脇道というよりも隙間だ。路地ですらない。入り込んですぐに光が消え、不安に思っているのもつかの間、あっという間に光は復活し、妙に開けた裏庭が現れた。


 劇場の裏側は表と違って静かだった。建物に囲まれてはいるが、表通りの声があまり聞こえてこない。異空間のようなその場所で聞こえてくるのは、小鳥の声くらいのもの。そんな落ち着いた場所に、ひとが立っていた。ウサギ族の女性。振り返るその姿は、何だかふわふわとしている。町の店に展示されているぬいぐるみとかいう玩具のようだった。

 たぶん、ウサギ族から見れば美人なのだと思う。オオカミのボクから見ても、それなりに可愛い姿をしていた。


「やあ、すまないね、エステラ。練習とかあっただろう?」


 ライオネルが近づいていくと、その大きさの違いがより際立つ。もしも二人が四足歩行の動物だったならば、危険極まりない組み合わせだろう。しかし、彼らは二足歩行の動物。人間たちと共に社会を営んでいる同じ国民である。

 ボクは彼らと自分の違いをぼんやりと考えながら、その光景を眺めていた。


「いいえ、気にしないで、ライオネルさん。休憩ついでよ。むしろ、アルフレッドがお相手出来なくて申し訳ないわね」

「ああ、それはいいんだ。君のお話が聞ける方が彼にも好都合だと思うしね」

「彼……」


 エステラ。そんな名前のウサギ族の女性のつぶらな瞳がこちらを見つめている。ボクは緊張した。これまでは平気で人前で喋っていたというのに、何故だか今の瞬間だけ本当に喋ってもいいのか分からなくなったのだ。

 この迷いは何だろう。ボクは妙に意識していた。彼らは国民だが、ボクは違う。そのことが妙に頭に焼き付いていた。


「こんにちは、オオカミさん」


 エステラは微笑みを浮かべてしゃがんだ。ボクに視線を合わせてくるその優しそうな雰囲気に、引き寄せられるように近づいた。エステラは怖がりもしなかった。ライオネルの紹介だからだろうか。それほどまでに親しいとは、さっき入り口付近で立ち聞きしたあのウサギ族とバッファロー族の男性の揶揄いも嘘ではないのかもしれない。

 伸ばされたふわふわの手の感触を味わいながら、ボクは緊張しつつ答えた。


「こ、こんにちは……」


 俯きつつ言えば、エステラは「まあ」とただでさえ丸い目をさらに丸くした。


「本当に喋ったわ。スノーブリッジのマモノって本当にいるのね」

「まあ、ブルー坊は犬として登録されているそうなのだけれど。……にしても、可愛い奴だろ? なんとなくだけれど、怖がる必要がないって思っちゃうんだよなあ」

「ああ、確かにそうね。オオカミに違いないのに不思議ね。ライオネルさんみたいだわ」

「おいおい、そりゃどういう意味だよ」


 呆れるライオネルの姿に「そっちこそどういう意味なのさ」といつもなら突っ込んでいただろうけれど、今はそんな余裕もなかった。しかし、エステラの柔らかな雰囲気もあってか、ボクの緊張は次第にほぐれていった。

 微かに尾が揺れだしたためか、エステラも笑みを深める。そして、見計らったかのように切り出してきた。


「ブラックさんのお話を聞きたいそうね」


 あちらから出されてハッとした。

 そうだ。アルフレッド以上に話せるひとなのだとライオネルは言っていた。ブラックについて。婚約者がいると言っていただろうか。ああ、このひと、アルフレッドの婚約者なんだ。つまり、ブラックと何かしら関わったという。


「お願いできますか?」


 ボクの問いに、エステラはため息交じりに頷いた。


「ブラックさんに会ったのは数週間前だったかしら。劇団の仲間の何人かと一緒に『恋人の酒場』で飲んでいたら、ちょっとしたきっかけがあって、彼の方から話しかけてきたの。わたしの演技を観たのですって。後で聞けば、ライオネルさん達が連れて来てくれたそうじゃない。旅人さんにお話ししてもらえるなんて嬉しくて、しばらく会話していたの。その時、ふと、彼の横顔が――」


 そこまで言って、エステラは再びため息を吐いた。


「彼の横顔が、輝いて見えた。彼の目、なんて綺麗なのかしら。あんなに青く輝く目は初めて見たわ。髪の毛も知的な黒。美しいひとだったの」


 ボクはじっと耳を傾けながら、戸惑っていた。うっとりとしているその表情。ため息交じりに微笑む彼女。ああ、これはラズのことを考えているボク自身のようだ。でも、ボクはちゃんと覚えていた。エステラには相手がいる。ちゃんとした相手が。


 ――ああ、アルフレッドさん……。


 ボクは何だか切なくなった。


「おかしいわよね。ウサギ族が人間の男性に恋をするなんて。……それも、ちゃんとしたウサギ族の婚約者がいるっていうのに」


 頬をぺちぺちと叩きながら、エステラは急に勇ましい表情を浮かべた。


「アルフレッド――わたしの恋人が嫌いになったわけじゃないわ。これはきっと、気の迷いなのでしょうね。それとも、結婚への不安かしら? 星月夜のお祭りが終われば結婚式よ。その新しい始まりが不安なのかもしれないわね。そう思って、ここ最近は演劇の練習に徹してきたの。……でも」

「でも?」

「……でも、どうしてもブラックさんのこと、忘れられなくて」


 大きな目が潤んでいる気がした。耳に元気がない。ぴょこぴょことさせながら、ため息をついている。

 その様子を見ていると、何だか居たたまれない気持ちになった。これ以上、聞いてもいいのだろうか。でも、ここで遠慮してしまえば、ラズへの手土産が少なくなってしまう。せっかくライオネルが気を利かせてくれたのだ。聞けるだけ聞いておかないと。


「ブラックさんとは……その……どんな話をしたんですか?」


 やっぱりいつものように怪物の話だろうか。


「話……そうね。えっと、ああ、そうそう。わたしの家系について聞いてきたわ。どんな先祖がいたか知っているかとか」

「先祖?」

「なんでも、この国の色んな種族の人たちの家系について調べているらしいの。大地に伝わるベリーと人々の家系の歴史ですって。面白いわよね。考えたこともなかったわ。でも、生憎、ブラックさんが興味を持たれそうな話題があったの」

「どんな話題?」

「ええ、それはね、勇者様よ」


 勇者。思わず尻尾がぴくりと揺れた。


「勇者様にお仕えしたラビットのお話。ウサギ族のご先祖様はね、あなたのように普通の動物の姿をしていたの。二足歩行で服を着ているわたし達とは違って、野を駆けまわる普通のウサギのような姿で喋っていたそうよ。その中に、ミルキーウェイのラビットと人々に呼ばれる伝説のウサギがいる。わたしのご先祖様なの」

「ミルキーウェイのラビット」


 生憎、その名前はあまり聞いたことがない。けれど、ボクたちのように人間と自由におしゃべりする二足歩行ではない動物の話は聞いたことがある。おとぎ話の動物なんてそんなの普通だ。だからこそ、ボクは喋れることが普通ではないって知らなかったのだけれど。


「ミルキーウェイのラビットはね、その昔、この国のドラゴンを目覚めさせた勇者様の旅のお供をして、国中のひとたちに愛を伝えたの。彼の心はベリーで出来ているという話をご存じ? それが伝説のベリー。ミルキーウェイベリーって呼ばれる幻のベリーよ」

「伝説のベリーのことは知っているよ。九つあるんでしょう?」

「そう。その一つがわたしのご先祖様の心だった。このお話はお祖母ちゃんから聞いたの。大事な話だから、いつか子供が生まれたら全員に忘れずに話すんだよって。ブラックさんによれば、各町でもわたしの家みたいに伝説のひとの子孫っているそうね。彼の話、とても面白かったわ」


 そういえば、タイトルページでもそうだった。ボクは思い出していた。ブラックがバーナードに聞いたのは、怪物の話だけではなかったような気がする。たとえば、家系。彼は伝説のクマ、アーサーの子孫。何故、ブラックは家系とベリーの関係なんて確かめているのだろう。

 ふと絵本作家のクマ、バーナードのことを思い出し、ボクはそっとエステラに訊ねてみた。


「ねえ、ちょっと聞きたいのだけれど」


 考えすぎかもしれないけれど、どうしても気になった。


「ちょっと話がずれるのだけれど、エステラさん、怪物とか怪人って見たことある?」


 ここで起きたという怪物騒ぎぐらいは知っているだろう。そう思いながら、ボクは訊ねた。


「……それ、ブラックさんにも聞かれたわ」


 エステラは不思議そうに答え、首をかしげる。耳がぴょこぴょこと動く。


「怪人……なら記憶にあるの。月の綺麗な夜、窓の外を見ると、誰もいない場所で先住民のお面をつけた人間か猿みたいな生き物が歩いていたの。奇妙なダンスを踊っているようにも見えた。わたしの方を見ているような気もした。あまりにも奇妙な光景だったから、たぶんあれは夢ね」

「夢?」

「ええ、そうとしか思えないもの。でも、わたしの雑談を聞いたひとたちが、妙に信じちゃって、しばらく噂していたの。怪人を捕まえてみようだなんて考えるひともいて、言い出したわたしとしては複雑だったわ。今は星月夜の祭りの準備で忙しいから、すっかり落ち着いたけれど。どうして皆、あんなに信じたのかしら。不思議よね」


 そしてその噂が人伝でラズの兄ブラックたちにも伝わった。

 伝説の勇者にかかわる伝説の動物たちの子孫とエニグマという怪物。少しでも情報を集めるというのなら、もまたここに来る可能性もあるだろうか。


「ねえ、エステラさん」


 ボクは少し頼みにくいことを頼んでみることにした。


「あの、もしもブラックさんにまた会うことがあったら、お伝えしてもらいたいことがあるのですが」


 これもラズのためだった。


「何?」

「ブラックさんにまた会ったら、トワイライトの実家にお手紙を書くか、一度帰るようにとラズという人が言っていたとお伝えください」

「ラズ?」

「そのブラックってやつの妹さんの名前さ」


 ライオネルが口を挟んだ。


「ああ、そうでしたね。妹さんが彼を探している……。ブラックさん、話した感じではとても人当たりがよくて、そんな風には見えなかったのに」

「お願いできますか?」

「ええ、分かったわ。もしもまた会えたら……」


 そこまで言って、エステラはため息を吐いた。頬杖をつく彼女はまさに恋に悩む女性だった。ボクは不思議だった。一度恋をしてアルフレッドと誓いあったはずなのに、どうしてこういうことが起こるのだろう。


「あ、いけない。もうそろそろ戻らなくちゃ」


 エステラは慌てて立ち上がる。その姿を前に、ボクは疑問をひっこめて、オオカミなりに笑顔を浮かべてみた。


「お話有難うございました、エステラさん」


 ラズの見様見真似だけれど、うまくいっているらしい。

 エステラはにっこりと微笑むと、ボクとライオネルふたりに向かって言った。


「いいえ。また何かあったら、遠慮なくいらしてね。よかったら観劇も、ね」


 そして、裏口から中へと入っていったのだった。

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