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郤缺  作者: 赤月
1/2

 一


 秋風が啾啾としている。

 男の心には、そう響いた。男の沈鬱が、そう感じさせたのであろう。事実、彼に前途の展望など、ない。むしろ、明日も知れぬ身であるとも言える。

 男の名は、

 郤缺(げきけつ)

 という。郤缺は晋の人であり、彼の父である郤芮(げきぜい)は、今の晋公の先代、先々代である、恵公と懐公に仕えていた。しかし、郤缺は野人である。郤缺は郤芮の嫡子であり、生まれに因るものではない。


 ――私は、謀叛人の子である。


 その想いが、いっそう、郤缺の心を昏くする。

 晋の内訌が、郤缺を今の立場へと転落させた。

 郤芮が仕えていた恵公は、今の晋公である重耳(ちょうじ)の弟である。しかし、恵公と重耳の父である献公が後嗣を若い側室の子、奚斉(けいせい)にしようとしたため、二人は亡命した。このとき、恵公に従っていた一人が郤芮である。

 献公の死後、大臣たちが奚斉の即位に反発して奚斉を殺したことで、亡命していた恵公は晋に迎え入れられて晋公となった。先ず兄の重耳に声がかかったのだが、重耳は臣下に、


大喪(たいそう)、大乱の(えん)は犯すべからず」


 と諫言されて、これを容れたので、帰国しなかった。大喪大乱の剡は犯すべからず、とは、人の死や乱を喜んではならない、という意味である。

 こうして恵公は即位したが、重耳の存在が目障りであったので、臣下に諮り、刺客を放って殺そうとしたが、能わなかった。恵公が諮問した臣下のうちには、郤芮もいたのであろう。

 後に恵公が死に、太子の子圉(しぎょ)が即位した。これが懐公である。しかし当時、子圉は秦の人質となっており、秦の君主である穆公の許しを得ずに帰国したため、怒った穆公は周流の果てに楚にいた重耳を迎え、晋公としようとしたのである。

 懐公が亡命したため、郤芮は、一度は重耳の帰国を歓迎したが、懐公が亡命先で殺されたので、


「私たちも、同じ命運を辿るではあるまいか」


 と懸念し、重耳を急襲する計画を、密かに立てた。

 密告者が出たことにより、重耳を弑することは能わなかったが、公宮は火に包まれ、重耳は穆公を頼って黄河の岸辺まで逃げることとなった。やがて、郤芮は秦の軍に殺された。

 当然、郤芮の一族に連なる者らは、晋という国から命を狙われる。

 郤缺も、身分を隠して、野に身を置かざるをえなかった。他人事であれば、当然のことだ、という冷めた感想しか持たなかったであろう。しかし、いざ己や己の周囲に現実の厄として降りかかったとき、


 ――私たちは、何故、このような憂き目を見ているのか。


 そう、思わずにはいられなかった。

 官に着けずとも、せめて、何ものにも懼れることのない日々が欲しい。そう思いながら郤缺は、幾つの春秋を数えたことであろうか。下野したときには成人を少し過ぎた身であったのに、今では、三十に届こうとしている。


 ――父は、間違っていたのであろうか。故に、天が人を通して、このような患咎を受けているのであろうか。


 しかし、郤芮が何もしなくとも、やはり重耳は郤芮を殺していたであろう。即位後の重耳の行いを見れば、その光景を想像することは難しくない。重耳は即位後、亡命中に彼を遇した諸侯の恩に報い、彼を冷遇した諸侯への怨みを晴らした。郤芮が重耳を殺すように進言したことを知れば、重耳はやはり郤芮を殺すであろう。

 そのことを察した郤芮にとって、沈黙して死を受けることが、正しかったのであろうか。しかし、恵公の立場からすれば重耳の存在が患であったことに違いはなく、郤芮が君主のために、その禍を除くように進言することが不義だとは思えない。そのことが不義であるのならば、郤芮が恵公に仕えたことが、そもそも不義であった、ということになる。


 ――父は敗死し、重耳が勝った。その事実があるだけだ。


 考え続けて、郤缺はそう結論づけた。

 敗れてなお、正義を保ち続けるということは容易ではない。そういう例がないとは思わないが、大抵のばあい、勝者は己の不義を欺瞞で包み、正義の実行者を振る舞って、敗者を虐げる。そのことがおかしい、と郤缺は思わなかった。

 現状への不満も、理不尽への悲憤もあるが、そのことも含めて、これが人の世である、と感じたのである。


「貴方も私も、こうして生きているのです。それで、よいではありませんか」


 郤缺の妻は、時おり、悩む郤缺をそう励ました。

 この女性は芯の一本とおった、(つよ)い人であり、郤缺に嫁したがためにこのような疢疾(ちんしつ)を見たというのに、不平を口にせず、また、敦厚周慎して夫に尽くしていた。

 一度、郤缺は妻に、己に嫁したことへの不満はないのか、と訊いた。その答えは、清婉としたものであった。


「世の百姓の大半は、今の我らのように、田を耕し、鍬を振るって生きています。私たちも、その中の一人になったと思えば、何を不平に想うことがありましょうか」


 鬱屈に沈むことの多い郤缺には、曙光を見た想いであった。

 士分の家に生まれ、幼少より、父の跡を継いで卿大夫となる己のみを想っていた郤缺には、得られぬ思想である。言われてみれば当然のことで、卿大夫である人間など、広大な晋の国の、ほんの一割にも満たぬのだ。

 良き伴侶を得たものだと、郤缺は、この言を聞いて、改めて感じた。

 日ごろより、決して粗略にしていたというわけではないが、よりいっそう、妻に対して敬意を払い、丁重に接するようになった。

 郤缺にとって、今の正義の形が、それであった。



 二


 郤缺のいる地は、()といい、冀は郤芮のかつての食邑であった。

 郤芮は、自身の食邑の名を氏としていたので、郤缺は、冀缺(きけつ)、とも呼ばれる。

 この地を、

 胥臣(しょしん)

 という晋臣が、任務の帰路で通りがかった。

 胥臣という人は、勇猛果敢であり、武名の高い人であるが、観察眼の高い人でもあった。この胥臣が、草刈りをしている男を見つけた。やがて、その妻と思しき女性が、食事を運んできた。その光景に、不思議なことは何もない。

 しかし、二人は、ただの農民の夫婦ではない、と、一瞥して見抜いた。


 ――あの二人は、互いが互いに敬意を抱いている。お互いに謙譲し、相手を立てるさまは、賓客を遇するようだ。


 車に乗っていた胥臣は、御者に命じて車を止めさせると、降りて近寄った。

 郤缺は、胥臣が見ていることには気づいていたが、素性が露見しないように、あえて自然にふるまっていた。しかし、胥臣が近づいてきたので、とりあえず、その場に平伏し、妻にもそのようにさせた。


「ああ、そのようにせずともいい。面を上げられよ」


 そのように言われて、背筋に冷や汗をかいた郤缺だが、


 ――父が公宮を攻めてから、もう数年になる。今の朝廷に、私を知っている者などおるまい。


 そう高を括り、恐恐としながらも顔を上げた。

 ところが、胥臣は重耳の臣下の中でも古参の一人であり、郤缺の顔を知っていたのである。


「あなたは、郤氏の嫡子の、缺どのではあるまいか」


 郤缺の全身に、戦慄がはしった。

 思考が停止し、向後のことなど、とても考えられなかった。分かることといえば、これで郤氏は潰える、ということのみであった。

 しかし胥臣には、郤缺を捕えようというつもりはなかった。むしろ、次に吐いた言は、郤缺を驚愕させた。


「我が君に推挙したい。私とともに、来てはいただけないか」


 青天の霹靂を見た心地であった。

 長きにわたり、風雪に耐えてきた郤缺には、否応なしに、人を視る目というものが養われていた。その観に従ってみたところ、胥臣に欺罔の色は見えない。さりとて即諾するわけにもいかず、一先ず、郤缺は己の住居に胥臣を招いた。

 郤缺は胥臣を立てて東に座らせようとしたが、胥臣は、


「私は不意の客です。東には、郤子が座られるべきです」


 と言って、辞した。

 東には主人が座り、西は客が座る、というのが当時のきまりであった。何度か勧めたが、結局、胥臣は西に座り、郤缺が東に座ることとなった。


「御覧の通りの暮らしゆえ、十分なもてなしもできませぬが、御寛恕いただきたい」

「いえいえ、先ほども申した通り、私は不意の客です。そのように、気を使わないでいただきたい」


 胥臣の言動を見るに、胥臣に郤缺を害する意図は、微塵もうかがえない。

 共に席に着き、落ち着いたところで、郤缺は、先ほどの発言の真意を問うた。


「真意も何も、ありません。そのままの意です」

「私は、謀叛人の嫡子ですし、そうでなくとも浅学菲才です」

「謙遜なされるな」


 胥臣は気楽に笑って言うが、郤缺には、やはり信じられなかった。確かに、郤芮の後嗣として、幼少のころより教育はされてきたが、政治についても合戦についても、それはあくまで机上の学問であり、経験として何かをしたということは、ただの一度もない。


「第一、晋公が私を擢登なさることなど、有り得ないでしょう」


 重耳が旧恩に報い、旧仇を晴らしたことは述べた。胥臣に害意がなくとも、郤缺が晋へ往けば、重耳が郤缺を生かさないであろう。郤缺の懸念を察した胥臣は、郤缺を安堵させるべく、


「我が君は、晋始まって以来の名君にあらせられる。貴方のような賢者を殺すような愚はいたしますまい。私が、我が君を説き伏せましょう」


 と、力説した。

 しかし、重耳が名君、と言われても、郤缺には会ったことのない君主である。確かに、重耳は南方の大国である楚を破り、諸侯を纏めて会盟を行い、周王朝から「侯伯」の位を策命された。侯伯とは覇者のことであり、春秋を見渡して、侯伯を策命された諸侯の君主は重耳しかなく、偉業を為した、という意味では、胥臣の言は間違いではない。

 政治も善く、人材の擢登も公平であると巷間では噂されており、郤缺の仄聞したところでは、なるほど、名君と評してよい人物のように思える。それなのに、郤缺が重耳に懐疑を抱くのは、かつて敵対していたという背景が影響しているわけではない。


 ――恩に報いるのは、人として当然のことである。受けた雪辱を忘れず、晴らすというのも、人として当然のことではあるが、大度の人の行いであろうか。


 郤缺の疑念は、そこにあった。

 受けた雪辱を忘れられぬのであれば、君主として十全とは言えないのではないか。重耳より先に覇者となった君主は、斉の桓公であるが、彼を扶翼した管仲は、何を置いても堪忍というものを、桓公に説き続けていた。慎み、約定を守り、傲岸にならず、一時の怒りに身を任せぬようにと説き続け、桓公がそれを容れたからこそ、桓公は覇者たりえたのである。

 その疑念は、遂にはれなかったが、胥臣がある提言をしたので、郤缺は、共に晋へ行くことを決めた。



 三


「この璧を、ここに置いていきましょう」


 そういって、胥臣は帯に括りつけていた円環の宝石を、郤缺の前に差し出した。

 この璧は、胥臣の官位の証明であり、これが無ければ、彼はこれから、官人として生きることは出来なくなる。


「何、復命し、貴方の推挙を終えてから、取りに来れば、問題はありません」


 これは、胥臣なりの覚悟の重さであり、郤缺へ示す誠意の形である。

 胥臣に欺罔の心がなくとも、重耳が胥臣の言に耳を傾けなければ、郤缺は殺されてしまう。そして、そうなれば郤缺一人の話にとどまらない。郤缺は、凋落したといっても郤氏の長であり、妻子や、隠伏しているであろう他の族人の命に対して責任がある。

 それに比べ、胥臣には、郤缺の推挙がならずとも、失うものはない。かえって、よく謀叛人の族を捕えたと、褒詞を賜るかもしれない。そうなっては、郤缺に対して真摯でないと感じた胥臣の想いが、このような行動を取らせたのである。


 ――この人は、こうまで私を買ってくれている。


 郤缺は、晋に行くことにした。

 自身の才に自負があったわけではない。己をこれほど評した胥臣の慧眼は正しいのだと、信じたい。郤缺の胸に在る想いは、ただそれだけであった。

 胥臣は郤缺を車に同乗させて、晋へ帰った。

 重耳に謁見して復命を終えると、人払いを求めた上で、重耳に進言した。


「復路、冀を通りがかった際、在野の賢人を見つけましたので、主に推挙いたしたく、連れてまいりました」

「何を言うかと思えば、人材の推挙とは。人払いをさせたということは、そうせねばならぬような人物、ということであろう。いかなる素性の者を連れてまいったのだ」


 重耳の声は、怪訝に満ちている。

 重耳はおよそ凡庸だが、忠言諫言に傾耳する性格ゆえに、覇者となれた人物である。胥臣は古参の臣であり、今までも度々、重耳に箴言を与えてきた重臣ではあるが、此度は流石に、では申せ、と快く言うことはできなかった。


「郤芮の嫡子、郤缺にございます」


 聞いて、重耳は激怒した。剣把に手をかけ、


「即座に、我が眼前に連れてまいれ。余、みずから、その首を刎ねてやろう」


 怒号を飛ばし、胥臣に詰め寄った。

 重耳は激情家の側面もあり、一たび怒ると、なかなか手のつけられない、嬰児のようなところもある。

 かつて、斉に逗留していたころ、斉は既に斜陽に差し掛かっており、随従していた臣下らは、重耳に、斉を出ましょうと提言したことがあった。ところが重耳は、斉で娶った若い側室に夢中になっていたため、臣下らは重耳を泥酔させて密かに斉を出た。その後、酔いが冷めた重耳は、主謀である狐偃(こえん)という臣を、戈を持って追い回したほどである。

 重耳の性格は胥臣も承知しており、こうなるであろうことは、わかっていた。故に、剣把に手をかけて叫んでいる重耳を、手慣れた口調で宥めていた。


「落ち着かれませ。郤缺に、主を害する意はございません」

「だまれ、胥臣よ。余が郤芮らの輩に、如何なる目にあわされたのか忘れたとは言わさぬぞ。その嫡子を推挙したいとは、よくも申せたものだ。何なら、郤缺の首の横に、お前の首を並べてやろうか」


 胥臣は、気にせずに話をつづけた。


「敬、というものは徳が集まったものであり、敬を実行できる人物とは、必ず有徳の人であり、徳を以て民を治めることが出来る人物です。どうか、私の言を聞いて、郤缺を擢登してください。臣が冀で見た郤缺とその細君は、互いが互いに、まるで賓客を遇するかのように接しておりました。臣の聞くところによりますと、門を出ては賓客を礼するように謹み、任務を承れば、祭祀を行うが如く、慎んで行うのを仁と言います」


 重耳の不思議なところは、髪が冠を衝くほどに嚇怒していたとしても、臣下の言葉が耳に届くところであった。胥臣の言を受けて、重耳の怒りは少し和らいだが、


「郤缺は、有能な人物なのかもしれん。しかし、その父には罪科がある。郤缺を擢登してよいのであろうか」


 と、吐き捨てるように言った。

 重耳は、胥臣の言を正しいと思う一方で、未だに、郤芮から受けた恐怖や戦慄を忘れることが出来ないのであろう。

 胥臣は答えて、


「嘗て、舜は罪を犯した(こん)を極刑に処しましたが、その子である禹を任官しました。管仲は嘗て斉の桓公の命を狙いましたが、遂には斉の宰相となって桓公を輔翼しました。『康誥(こうこく)』には、父が子を慈しまず、子が父を敬わず、兄が弟を愛さず、弟が兄に仕えずとも、その罪を互いに及ぼすことはない、とあります。また『詩』には、(かぶら)(だいこん)を採る際は、苦い下部は採らない。君子は葉の食べられる部分のみを採る、とあります。一部が悪いからといって、全部を棄てるのは愚者の行いです」


 舜とは、古代の聖帝であり、『康誥』、『詩』は周代に編纂された書物である。一人の人間を推挙するのに、これだけの熱意を見せた胥臣に打たれて、重耳は初めて、郤缺が謀叛人の嫡子という事実を忘れて、


――この男に、ここまで言わせる郤缺とは、如何なる人物であろうか。


 と、郤缺という一人の人間に興味を持った。

 文公は、胥臣が連れてきた郤缺を召して、密かに会うことを許した。


「私が、晋公に謁見するのか」


 胥臣に言われたときの郤缺の胸中は、複雑であった。

 妻子、族人のことを想えば、ここで仕官が叶うのであれば、それは慶賀すべきことであろう。しかし、一方で、父は間接的にではあるが、重耳に殺されたといって過言ではない。死んだ父のことを想うと、ここで仇敵に服従することは、不孝であるようにも感じる。


 ――媚びることはなく、あくまで、毅然と振る舞おう。


 命は惜しい。一族の立場も慮らねばならない。しかし、媚びるように許しを請うて、命脈を保つかわりに恥をさらすようなことは、あってはならないのである。

それは、野人に落ちてまで、敬や礼を失わなかった郤缺の意地であった。

 そう決めて、重耳の前に至ると、不思議と、先ほどまでの錯雑は霧散し、澄空をみたような爽涼な心地を得ることができた。


「ぬしが、郤氏の嫡子か」


 重耳は、平静を保って訊いた。


「いえ。父は既に故人ゆえ、今は私が郤氏の族長です」

「そうであったな。尊父は、何が因で亡くなられたのだ」


 重耳は、堂堂として、負い目を些かもみせない郤缺に対して、答えにくいことを訊いた。曖昧に言葉を濁したり、媚附(びふ)を見せるようであれば、斬り殺してやろう、とさえ考えている。


「今代の晋公を助勢していた秦の軍勢に殺されました」


 不遜な言ではあるが、郤缺からすれば、訊かれたことに対して、事実のみを端的に答えたに過ぎない。この期に及んで、重耳が諛言を求めるような君主であるならば、郤缺は、胥臣に連れられて晋都へ来たことを悔いるばかりである。胥臣の言う名君とは、罪人の子を前に、底意地の悪さを露呈して愉しむような君主のことではないと、郤缺は思いたかった。


「ならば、おぬしは、父の敗死をどう思う」

「哀哭すべきことであります。子にとって、父の死とは、そうでないならば、他に何があるでしょうか」

「そういった話をしているのでは、ない。郤芮は乱を起こしたために死ぬこととなったが、そこに、思うことはあるか、と訊いている」

「先ほど、申し上げたとおりです。思いまするに、晋公に戈矛を向けた父に間違いはなく、それを討った晋公にも、間違いはありません。晋公を弑さなければ、父はやはり死んでいたでしょうし、父を除かなければ、晋公は死んでいたのです。そして、双方に間違いがなくとも、一たび争いが起こり、互いに退けぬとあれば、敗れる者が出るのは必然の理であり、敗れたゆえに、彼の者は間違いであった、と判ずることは、正しくはありません」


 郤缺は、命運を天に委ねたつもりで、隠伏しているあいだに考えていた想いを、形にして吐き出した。

 道を外れていれば、裂空の威勢を誇っていようとも、いずれは亡びるという思想の強いこの時代には、郤缺の言は異色であっただろう。郤缺とて、天が無能であり、世のことはすべて威勢で決まる、と言っているわけではない。そういった思想を宿していれば、他者への敬意を持ち続けることは出来ない。ただ、互いに正道、という場合もあると言いたいだけであった。


 ――人の世は、錯綜している。


 正しい道を行くことは難しく、また、万人にとって正しい道というものを選ぶことは、さらに難しい。

 郤缺は、己の本意が重耳の心に届くよう、天に祈った。

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