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第3章 温泉満喫してるけど、なんでも奥には秘湯があるみたいです。

やあ、どうも俺です。

佐藤慶太郎、30歳独身、恋人いない歴生まれてから。

この度山中で事故りまして、宇宙人と名乗るちっさいおじさんにモルモットにされました。

で、惑星エニウェアって星に放り出されまして、紆余曲折あって神殿に顔出してたらモンスター退治をする羽目になりました。

”自分で首突っ込んだともいいます。”


――……――……――……――


うーん、いい朝だなぁ!

あ、おはようございます、長老さんの奥さん。

これから朝ごはんの支度ですか。

え、昨夜は随分飲んだみたいだけど、おかゆでいいかですって?

あ~、すいません、お願いします。

久しぶりの月見酒だったもので。

ふぁぁぁ~

オホホってそんなにおかしかったですかね、俺のあくび顔。

え、ようやく怪物がいなくなって、のんびりできます、ですか。

いえいえ、俺は唯温泉を楽しみに来ただけですって。

そういうことにしておきましょう、ありがとうございます、勇者様って。

いや、勇者ってそんな。

今はただの無職ですってば。

ああ、もう、参ったなぁ。


”珍しく人の役に立ったのですから、いいではありませんか。”


君、時々辛辣だね、副脳くん。


”それより用事を終えたのですから、神殿に戻りましょう。”


いや湯治場ってのは長く過ごしてこそ味があるんだよ。

そんな一日二日で帰るなんてもったいないじゃないか。

そういえばここ、火山の麓っぽいけど他にも温泉あるのかな。

地獄めぐりとか出来たりして。


”なんでそんなに喜んでるんですか。”


温泉巡りだよ、温泉巡り。

それも一泊二日の特急便じゃなくて心ゆくまで楽しめるんだ。

これは喜ぶでしょう、日本人なら。


”日本人に対する評価に偏りを感じます。”


――……――……――……――


ん-白粥が旨い!

いや~黒パンの素朴さもいいけど日本人は米ですな!

この艶々した奴にしょっぱい漬物がまた合うんだ。

もう俺ここの子になっちゃおうかな。

え、それじゃ一軒用意しますって。

え、家財道具の手配をしなきゃって。

あ、いや流石に職もないのにそういうこと頼んじゃったら……

いえ勇者様ですから村中でお世話しますって……

いやいやいや、流石にそんなニートはちょっと。

だいたい俺はなにか仕事してないと落ち着かない口でして。


”ほら変な冗談を言うから、ご老人がぬか喜びしちゃったじゃないですか。”


あ~はい、ごめんなさい。

久しぶりの温泉なのではしゃいじゃって。

え、この奥にも昔は温泉があったんですか?

ほうほう古代の石作りの遺跡で、天然湯のかけながし!


”ああ、ご老人、餌をあたえないでくださいってば。”


ちょっと副脳くん、うるさいから黙ってなさい。

ふんふん、あ、元は遺跡荒らしがそんなに行ってたんですか。

この村は遺跡探索のキャンプ地として栄えてたと。

それがいつの頃からか大きなトカゲが住み着いて、旅客が行かなくなったとねぇ、なるほど。

で、その温泉についてもう少し詳しく。

ほうほういくつもある。

ふんふん、でも古代の貴族の邸宅の風呂が一番しっかりしてて綺麗だと。

ほう、この屋敷くらいのスペースに大小20を超える温泉が!


”……あ、駄目だこりゃ。”


――……――……――……――


というわけでやって来ました山頂の遺跡。

パッと見あれですね、白大理石で作られた竹田城。


”マチュピチュとかもっとメジャーな例えがあるでしょう。”


しかたねーじゃん、俺外国に行ったことないもん。

一番長い休暇が、両親亡くなった時の忌引で2泊3日ですよ。

とにかく白い石が太陽にきらめいてすごく綺麗です。

庭園あとかな、緑も鮮やかで、大小様々な水面が!

あれ全部温泉かな、すげえぞ!

まるでトルコの「パムッカレ」温泉だ!


”誰が大理石でできた棚田のような温泉を想像できるんですか。”


温泉大好き日本人なら常識です。


”今すぐ日本人に謝りましょう。”


ウワァキレーすっげぇ!


”これまでにない興奮状態です、駄目だこりゃ。”


――……――……――……――


はい早速ごめんなさいよ。

お久しぶりの一番風呂を頂きますですよ。


”興奮のあまり日本語が不自由になってませんか?”


ええいこの素晴らしく肌触りの良いお湯の前では、正しい日本語など些細な問題じゃ。

フィーいい湯だなァ。

何このまとわりつくようで、サラサラ流れていくなめらかな感覚。

今までに体験したことがない快感ですよ!


”ホッホッホ、妾以外にここの良さが分かるものがいるとはのう。”


おや、副脳くんじゃありませんね。

どなたです?


”妾は妾じゃ。”


んーと、湯気でよく見えないな。

……あ、なんだろう、あのでっかくて綺麗な緑の石は。


”これ、しげしげと見るでない。

混浴の場とはいえ不躾じゃろうが。”


あ、さいですね。

…………ひょっとして、あなた人間じゃない?


”そうじゃ。

妾はそなたら定命の者が呼ぶところのドラゴン。

地熱に暖められ、つい20年ほど前に生まれたばかりの赤子じゃのう。”


そうでしたか、これは失礼を。


”……これ、なんとも思わぬのかや?”


何、一度同じ湯に浸かり会話した仲ではないですか。

互いに武器もなく裸の付き合いをした仲だ。

だったら俺たちは友だちになれますよ。


”なんと豪胆な。

赤子の妾とはいえ、その気になればそなたを肉片に変えるなどわけないぞよ?”


でもあなたはそうしなかった。


”むう。”


俺はドラゴンがどうだとかわかりませんけど、裸の付き合いをした仲の相手を無意味に怖がったりも、遠ざけたりもしませんよ。

そんなの楽しくないじゃないですか。


”ほほ、言うものじゃのう。”


――……――……――……――


そのドラゴンがケイタロウを襲わなかったのはまったくの気まぐれであった。

生まれてより20年、ときおり無作法なワーム共をのぞいては誰ひとりとして訪れぬ楽園を、汚すでもなく一人静かに湯を楽しむケイタロウを見て、好奇心が掻き立てられたのだ。

ドラゴンとは、生来超能力を使用できる特に進化した高等生物である。

当然ケイタロウの感情を見、虚偽や恐れなどがあれば即食い殺す気でいた。

だがこの小さな生物は、湯を楽しみ、己との会話を楽しみ、そこに一片の曇りもなかった。


”面白い。

これは面白い。”


人など己を恐れ騒がしいばかりの害獣と思っていたが、中にはこのようなものもいるのか。

初めての他者との会話を通じて、ドラゴン、『轟き叫ぶ翠き雷鳴』は人を大いに評価した。


”思えば人は、数少なき思考する生物。

己より小さな彼らが、己を恐れるのは当然のこと。

なれば今少し辛抱して会話してみれば面白いかもしれぬ。”


――……――……――……――


”ほほ、そなたはケイタロウと申すか。

異星より来たゆえ、このように豪胆なのか?”


いやいや俺は臆病者ですよ。

でもね、ただ温泉が好きで、大好きだから、それが同じように好きな人は、みんないい人だと思うことにしてるんです。


”なかなかに変わった考えよの。”


そう思います。


”ケイタロウ。”


なんでしょ?


”この屋の主が書を残しておる。

主は大層な道楽者で、国中の温泉地を旅したのじゃ。

そして残したというのが、それを評価した記録のようじゃ。

妾はさして興味がなかったが、そなたにとってはおもしろきものであろ?”


なんですと!?

それってすごいお宝ですよ!

全日本人が歓喜する文化財です!


”あんただけです。”


うるさいよ副脳くん。


”そなたにやる、持ってゆけ。”


え、いいんですか!?


”どうせ妾には小さすぎて役に立たぬでの。

あぁそうじゃ、もしそなたがその書に記された湯を巡ったならば、妾に聞かせてたもれ。”


そりゃもう、喜んで!


”ほほ、楽しみにしておる。

ああそうじゃそうじゃ、そなたこれから人の村に戻るのじゃろ。

妾が送ってやる。”


いいんですか!?

送迎付きの温泉旅館なんて初めてだぞ。


”送迎じゃないです。旅館でもないです。

と言うかドラゴンをバス扱いは失礼でしょ!”


ツッコミうるさいね、副脳くん。


――……――……――……――


ハイセ・クヴィレ村の村長、オイゲンは己の迂闊さをひどく後悔していた。

村をワームの脅威から救った黒衣の勇者をさらなる危地へと追いやってしまったがためである。

己がうっかりトカゲに占拠された山奥の遺跡のことを話したばかりに、あの義侠心溢れる若者は、ただ一人剣を取り旅立ってしまった。

温泉に入ってきますなどと下手な冗談で真意を隠し、決死の戦いに臨んでいったのだろう。

なんということだ、なんということだ。

彼はまだ己の半分も生きてはいまい。

それだというのに……

後悔を繰り返すオイゲンを何者かが遮る。

それは巨大な翡翠の塊のようであった。

巨大な翡翠は青空を飛び、貧しき村へとそっと舞い降りる。


”聞こえるか定命の者よ。

妾は山頂に住まう『轟き叫ぶ翠き雷鳴』。

今宵は妾の客人を送って参った。”


驚いて飛び出てきた村人を見渡し、『轟き叫ぶ翠き雷鳴』は言葉を継ぐ。


”妾はケイタロウ立ち会いのもと、汝らと約定を為す。

みだりに妾を騒がさぬ限り、山頂の湯を好きに使うが良い。

騒がず、汚さず、静かに湯を楽しむのであれば、妾は汝らに危害を加えぬ。”


村人たちが驚き恐れながらも、その言葉を理解し、この巨大な女帝に示す感謝の意を感じ取り、『轟き叫ぶ翠き雷鳴』は満足気に再び翼を広げるのだった。


――……――……――……――


”ではな、ケイタロウ。息災で過ごせよ。”


ありがとう、お嬢さん!

いやいや、やっぱり温泉は偉大ですね!

外国人とも分かり合える、素晴らしいですね。

ベッケラートに爪の垢でも煎じて飲ませたい。


”まだ恨んでいたんですか。

執念深いですね。”


焚刑にされそうになったんだぞ、忘れるかい!

わ、長老さんが涙と鼻水で顔グシャグシャにしながら抱きついてきた!?

わわ、村人総出で胴上げとかやめてくださいって、わぁ!?

4話完結予定の第3話です

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