地獄門扉を開くとき
思い付きました。一時間ぐらいでビャーッと書きました。
悪しき行いをした人間が誘われる国、『地獄』。
生物は枯れ空気は堕ち景色全てに邪が宿る。そんな地獄を護る門、『地獄門扉』。
この門は地獄への入り口である。そしてこれを管理する者こそが、一番の苦労人、『沙鬼守』であった。
ふと、思いついたぞ。この門一回開け放ってみようか。
私がこの門を任されてから幾度と無く開閉を繰り返してきた。だが、長時間開いていたことは無い。
・・・どうなるだろうか・・・
一人の沙鬼守の思い付きにより、『地獄門扉』は開け放たれた。
それは地獄全土に響き渡り、「今こそが脱出のチャンス!」とここぞとばかりに咎人が集まる。
ただ、この時点で咎人も沙鬼守も想像していなかった。あんなことが起こるなんて。
「おい!俺が先だ!!」
「待って!私は女よ!」
「女だって咎人だろうが!!」
「かまわん殺せ!!」
「俺が、先にぃぃぃ!!!」
私欲に塗れた咎人らは他の咎人を蹴落とし踏み潰し蹴落とされ踏み潰され、少しずつ『地獄門扉』に進軍していった。
その様子を門の外側から眺めていた沙鬼守は、
(・・・やってしまった感あるな)
後悔していた。
咎人の進軍はぐんぐんと『地獄門扉』に近づいている。
途切れることなく響くその怒声は足音と合わさって地獄を揺るがすほどだった。
すでに、その進軍に参加していない地獄の住人は一人たりとも居なかった。
所変わって地獄の大王、閻魔の部屋。
「閻魔様、『地獄門扉』が開け放たれています」
側近が窓から外を覗き、地獄の異変を報告する。が、焦った様子は無い。
閻魔も同様で、古びた椅子に座りながら、不敵な笑みを浮かべている。
「そろそろ、門を通過しようとするか?」
静かにうなずく側近を見て、ゆっくりと腰を上げる。
「ふむ・・・」
(今からでも閉めるべきだろうか)
沙鬼守は今尚後悔していた。
彼ら地獄の住民を統べる閻魔大王でさえこんな巨大ではないはずだ。
「よし、独断で開けたし閉めても問題ないか」
あまりにもあっさり沙鬼守は門を閉め始めた。だがすぐにその違和感に気付く。
(門が、閉まらない)
何度押しても門はびくともしない。いよいよ沙鬼守は自分がやってしまったことの重大さを思い知る。
地獄から人が出るのは普通、魂の転生によるものだけだ。
その場合、魂は『地獄門扉』とは別の門によって人間界へ送られる。つまり、この『地獄門扉』から人間が出てしまうと、不浄なままの魂が人間界に逆流することとなる。
そうなると人間界のバランスが崩れ、不浄な心は伝染し、地獄に来る人間が増え、閻魔でさえも手に負えなくなってしまう。
過去一度だけ、そういう例があり、沙鬼守はそれから置かれるようになった。
その沙鬼守が、門を開けた。
いよいよ、地獄は終わりかもしれない。
「大丈夫だろうか」
心配する素振りも見せず、閻魔は地獄の心配をする。本棚から書物を取り、席に戻る。
「心配は要らないと思います」
あくまで冷静に返答を重ねる側近。目線は依然地獄へ向いている。
そのころ沙鬼守は、
(さて、戒名戒名)
死ぬ準備を始めていた。
もうすぐそこまで迫ってきた進軍を止める術はもうない。
沙鬼守は進軍する道の中心に寝そべり、戒名を考えていた。
(あ~・・・考えときゃよかった。『貝』でいいや)
失態の大きさ、閻魔からの罰への怯えから、沙鬼守はすでに恐れという感情を失っていた。
『貝』という戒名を自分の隣に置き、肩肘ついて進軍を見守る。
(さぁおいで、俺はもう準備出来てるよ。生き返ると同時に罪を重ねな)
虚ろな目をしながら咎人の来世に傷をつけることしか考えていない。
そんな虚ろな目は、恐ろしい物を捉えることとなる。
「っしゃあああ!!!!」
「地獄とはもうおさらばだああああ!!!!」
「シャバの空気があぁぁぁぁぁ!!!」
「おうあうああああああ!!!!」
「ほあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うぅぅぁいぇあぁぁぁおおおおおおおぁぁぁぁぁぁ!!!!」
すでに言葉を喋っていない進軍の目と鼻の先には『地獄門扉』が。
「お、さ、きぃぃぃぃぃぃ!!!!」
その中でも一際足の速い咎人が進軍から飛び出し、『地獄門扉』を抜け・・・
(・・・?)
沙鬼守の目の前に転がっているのは、球体。
ガラスのように光を反射するも、それは光を透過してはいない。
その正体を、沙鬼守は知っていた。
「・・・魂だ」
沙鬼守はそれを拾い、何を思ったか門の内側に投げ返した。
すると門を抜けた瞬間に先ほどの咎人が現れ、
「ぃぃ」
再び門の外へ飛び出そうとし、球体になった。
そして気付くと、球体は沙鬼守の足下を埋め尽くしていた。
「これ・・・まさか咎人の魂?」
沙鬼守は足下に転がる無数の球体を確認して、確信した。
『地獄門扉』は、出ようとすると強制的に魂に還元させる力があるのだと。
「正常に作動しましたね」
側近は『地獄門扉』から無数の球体が流れ出るのを確認し、報告した。
「じゃ、そいつら全部人間界に送ってくれ」
閻魔は書物に目を通しながら指示をする。
「はい」
側近が指を鳴らすと、窓の外に無数のカラスが現れ、球体の方へ飛んでいった。
閻魔は依然書物に目を通しながら、にんまりと笑った。
「今回は、豊作だぞ。人間」
時は数百年前、地獄はとある失態を犯した。
それは、地獄からの大量脱獄。それにより人間界には不浄の魂が流入し、数年後、その魂らが成人する頃、人間界の犯罪件数は以前までの数百倍となった。
大混乱に陥った人間は、地獄との交渉を試みた。
当時人間は世界を違える力を持つものがおり、地獄との意思疎通が可能な者も数名いた。
それらの交渉により、とある条約が締結された。
『穢れ貯蔵条約』。これは人間界の穢れた魂を地獄に貯蔵する代わりに、ある一定期間でその魂を人間界に還元するというもの。
この条約において、当初責任者の間で人間界のメリットが取り沙汰された。数ヶ月の会談により纏まったメリットは、
必要悪の存在、恐怖による良民の統制、規範弛緩の防止。
これらの効果を示し、この条約はほぼ妥結という形で結ばれた。
これにより人間界は必要以上の犯罪が起こる時期が地獄からの魂の放流以外に無くなり、全盛期よりも平和な世界となった。
しかし、これを面白がったのが、閻魔だった。
閻魔は、ここ数十年魂の放流を停止してきた。それにより人間界の犯罪件数は減るものの、意識は緩み、軽犯罪による被害はなんと、世界の被害額トップ3までになってしまった。
そんな状態になっても尚、閻魔は魂を溜め続け、遂に今日、魂を放流することに決めたのだ。
方法は簡単、咎人を強制的に魂に還元する機能を持つ『地獄門扉』に咎人全員を通らせればいい。
閻魔の力を持ってすれば、咎人全員に暗示をかけることなど、沙鬼守に『地獄門扉』を開かせる暗示をかけることなど、赤子の手を捻るよりも簡単だった。
結果、全ての咎人は魂となり、それはカラスによって人間界に放られた。
(あれは、側近のカラス・・・)
先ほどまであった魂の海はカラスにより綺麗さっぱり持っていかれた。
突然に起こったことに沙鬼守は頭が追いついていなかった。
「何が、起きたんだ・・・」
沙鬼守は試しに門を押してみると、今度はすぐ閉まった。
今回の『地獄門扉』による魂の放流は終わりを告げた。
余談ではあるが、数年後、人間界は多数の悪意により滅んだ。
「地獄も暇になる・・・」
悠々としていた閻魔だったが、このとき閻魔は気付くべきだった。
人間界が滅んだのに人間の魂が地獄に一つたりとも来ていないことに。
数百年後、機能を失った地獄は形骸化し、やがて滅んだ。
残るは、人間界という魂の放流場所を失った『天国』のみ。
滅ぶのも、時間の問題だ・・・
如何でしたか?
地獄が滅んでれば無条件で天国ですかね。
少なくとも俺が行く頃にはユートピアではなさそうです...