◆◆◆◆ 3
瞬きすら出来ないような銀の応酬。
カラタチが振り下ろす鉈がクロの前髪をかする。
と、それに動じた様子もないクロがどこから取り出したのかナイフを投げる。
どちらも刃が短いからか、刃同士を重ね合わせることは少ない。
ー避けるか
ー切られるか
クロの腕にさっと鉈がかする。
それを避けたクロをカラタチが苛立たしそうに見た。
「お前、俺との戦いに集中してないなぁ?」
カラタチの視線があたしに向けられる。
「こいつのことが気になるのかぁ。」
ピクリと反応したクロに肯定ととったのかカラタチが顔を顰める。
そしておもむろにナイフを拾った。
最初にクロが投げたナイフだ。
「戦いに不要な未練は俺が消してやらぁ。」
そういってカラタチはあたしに向かってナイフを投げた。
縛られてるから動けない。
あたしは咄嗟に目をつぶった。
「…っ!」
しかしいくら待っても痛みは無い。
あたしはそろそろと目を開けた。
目に映ったのは、見慣れた足と、黒々と落ちている数滴の血。
「ク…ロ…。」
声が上手く出ない。
クロの背中にはあたしに投げられたナイフが刺さっている。
なのにクロはあたしの前でいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「だいじょーぶ。」
さっと近づいて囁くようにいうと、クロは素早く縄を切った。
へたり込むあたしをそのままにクロはカラタチに話しかけた。
「あんたって多分俺と似てんだよね。
人って呆気なくしんじゃう。だから人の生き死になんて一々気にしても始まらないし、実際今までどうでもいいと思ってたし。…でもさぁ、俺はやっとわかったんだよねー。」
クロはちらりと振り向いた。
深緑の瞳を少し細めて、クロは微笑んだ。
カラタチでなくあたしに向けられる言葉。
「俺もあんたが死んだら悲しくなる。
俺、チサのことが好きみたいだから。」
「!」
クロは何も言えないあたしからカラタチに視線を移した。顔から笑みが消える。
「だから、チサに手出しはさせない。」
けっ、とカラタチは顔を歪めた。
「はっ、何を言い出すかと思えば…くだらない。
あんたは期待外れだったかもなぁ。」
「本当に期待外れかどうか…試してみれば?」
クロが腕を振り上げる。
さっと投げたナイフをカラタチが避け…一本が足を掠めた。
見えない程素早く、クロは二本投げていたらしい。
カラタチは驚いた顔をして、すぐに声をあげて笑った。
「前言撤回だ。おまえはやっぱり面白いぜぇ!」
再び始まる激しい切り合い。
でもさっきと違うのはクロの動きだった。
少し鈍い。それに息も荒い。
出血も止まってないだろう。
だから、押されてる…?
このままじゃ、死んじゃうかもしれない。
(何かないの…?)
あたしは辺りを見渡した。
ダンボール…誰かが潰して捨てた空き缶…あたしが縛られてた縄…
ゴミしかない。
空き缶を手に取り…
あたしは一つだけ思いついた。
正直、あんまりいい考えとは言えない。
(でも…)
あたしは空き缶を持って立ち上がった。
(やるしかないんだ。)
激しく戦ってる二人にそろりと近づいて動きを見る。
(ここ、かな。)
そしてあたしはしゃがむとコンクリートの床に空き缶を思いっきり滑らした。…カラタチの足元に。
カラタチの足が僅かに床に突如あらわれた潰れた缶を踏む。
少しだけ、体が揺らぐ。
クロはそれを見逃さなかった。
そのまま足をかけ引き倒しカラタチに馬乗りになるとナイフを突きつける。
「はっ、終わりだな。」
クロの言葉にカラタチが笑った。
「俺にトドメを刺さなくていいのか?
俺よりお前が倒れるのが先かもしれねぇよ?」
クロは荒い息の下、その言葉に動揺せずににやりと笑った。
「いや、あんたが先に終わるよ。」
バンッ、ガシャン!
(何…!?)
あたしは音のした方向を見た。
ドアが蹴倒されたようで床に叩きつけられている。
入ってきたのは青年だった。
派手な色のヘッドホンに黄色の髪。
(それよりあの軍服…あれは!)
蹴り飛ばした青年はあたしたちに目を向けると、誰かに話しかけるように入り口に振り向いた。
「やっぱりここっスよ!
やべぇ、俺の勘。まじやっべ!」
「…黙れ。」
「…すいませんっス…。」
「カラタチ、おとなしくするですぅ!
ここは第8地区隊が包囲してるですぅ!」
「イツキさん…ツグミちゃんっ…!」
次々現れた見覚えのある顔にあたしは泣きそうになった。
ちっ…
カラタチが大きく舌打ちする。
(よかった…来てくれた…!)
あたしが気を緩め、ほっとした次の瞬間、クロの身体が傾いた。
「っ!」
カラタチがそれを逃さず、クロを振り落とす。
あたしはクロに駆け寄った。
「クロッ…!」
「俺にもまだ運があったかぁ…!」
カラタチはあたしとクロに構うことなく落ちていた鉈を拾い上げイツキさんに切りかかった。
キィィ……ン
高い音が一つだけした。
「あぁ…あ。」
カラタチが呆然としている。
それもそのはずだ。
イツキさんが無造作に構えた日本刀に鉈を折られていたのだから。
「馬鹿じゃないのー…?
あんたが勝てるくらいそいつが弱かったら、俺が脱獄してるって、の…。」
クロが上半身を起こしながら笑った。
ジャキ…
「大人しくしてくださいって言ってるじゃないですかぁ。もし次抵抗するのであれば脳天ぶち抜きますよぅ?」
こてん、と首をかしげるツグミちゃんの前でカラタチはへなへなとその場に座り込んだ。
「…副隊長、怖すぎッス…。」
黄色のヘッドホンの青年が顔を引きつらせた。
「もったいぶってないで…早く…捕縛しちゃえば…?」
クロははぁ、はぁと苦しそうにしている。
「大丈夫!?クロッ!」
「だいじょ、ぶ…。」
あたしに目を向けたクロは笑うと…その場に横倒しになった。