◆◆◆◆ 1
あたしはゆっくり目を開いた。
目だけ動かして辺りを見回す。
場所は昨日と同じ。
どうやらいつの間にかあたしは寝てたらしい。
体に毛布がかけられている。
あたしは寄りかかっていた頭を上げた。
(ん…?寄りかかる?何に?)
ぼんやりと思い、隣を見てあたしはあげそうになった声を慌てて抑えた。
(寝てる…。)
昨日そのまま寝たのなら、もちろん隣にクロもいるわけで。
起こさないように、そのまま動きを止める。
(…そういえば、寝顔見たのも、寝るところを見たのも初めてだ…。)
脱力しているクロはいつもより幼く見えた。
静かに寝ているクロを見て、あたしはもう一度決心を固めた。
(怖がってなんかいられない。絶対、カラタチを見つけなきゃ。)
と、目の前で寝息を立てていたはずの口がいきなり動いた。
「人の寝顔みてそんなに楽しいのー?」
瞼がパッチリと開き、寝ぼけた様子もなくクロがあたしを楽しげに見つめた。
「お、起きてたの!?」
「起きてないよー。でもその慌て具合からすると見てたってことだね。」
にやにやするクロの言葉を聞いてあたしの顔に熱が集まる。
(鎌かけ!?もしかしてまた墓穴!?)
「ち、ちち違うし!見てないし!」
あたしは慌てて手を振り払うと、棚を見に行った。
朝ごはんの間、クロにからかわれ続けたのはいうまでもない。
夜の間降り続いていたらしい雨はもう止んでいて。
あたしのスニーカーが水たまりの水を跳ね上げる。
足はおととい探した駅前に向かっていた。
初めて会ったところだから何か手がかりが残ってるかもしれない、そう思ったからだ。
あたしは少しだけ緊張していた。
(本当にいたら、どうしよう…。
また前みたいに殺し合いになっちゃうのかな…。)
そんなことを考えているあいだにクロが立ち止まったとこまで来ていた。
(ここから走ったんだよね…。)
思わず足を止める。
と、不意に裾が引っ張られた。
(…?)
クロが裾を掴んでいる。
そしてそのままスタスタと歩き始めた。
「ちょっと…」
「だいじょーぶ。」
クロは前を向いたまま、言った。
(もしかしてあたしが緊張してるのに気づいて…?)
「…うん。」
あたしはお礼を込めて頷いた。
路地裏は人一人いなかった。
「んー。特に何も落ちてないしー。」
見渡したクロが言った。
「そうだね…。」
「こんなとこでなにしてるの?」
不意に聞きなれない声がしてあたしは飛び上がりそうになった。
見ると、ここはどこかの店の裏口らしく扉から女の人が出てきたところだった。
女の人の顔は険しく、あたしは一応謝った。
「すいません!えっと、道に迷っちゃって…。」
「ああ、そうなの。」
女の人の顔が穏やかになる。
「ついこの前、ここに通り魔が出てね。ちょっとピリピリしてて…。」
そこまでいって女の人は顔をしかめた。
「でもあなたみたいな女の子、危ないわ。
こんな暗いとこじゃなくてもっと大通りに行きなさい。」
ただ心配してくれたらしい。
あたしはその気遣いにお礼を言って元来た道を戻った。クロも隣についてくる。
「どうする?」
「…。俺さー。」
「うん。」
「腹減ったー。」
(なに言い出すかと思ったら…)
あたしはやれやれと頭を振って駅前の時計台を指差した。
「んー…じゃあ、お昼ごはん買ってくるからあそこで待ってて。あそこなら見つけやすいし。」
言ってからあたしはそちらとは反対側に一人歩き出した。
(えっと…立ちながらでも食べれるモノがいいよね。
おにぎりとかー、サンドイッチとか…
とりあえずコンビニ?)
と、そこまで考えて、あたしに緊張が走った。
みたことあるようなロングコート。
(あれって…カラタチ?)
その人物はどんどん歩いていく。
(見失っちゃダメだ。
あたしじゃ、無理かもしれないけどカラタチがどこに行くかくらい見ておかないと…)
と、不意にカラタチが人混みに紛れた。
(見失っちゃう!)
あたしは焦って、カラタチが見えなくなったところへ急いだ。
「どこっ…!?」
「ここだよ。」
そう近くで聞こえたと思った瞬間、今まで味わったことがない程の衝撃がお腹に来た。
ふっ、と気が遠くなる。
「まさかあんたが追って来るなんてなぁ?
ま、せいぜいうまく使わせてもらうけど。」
最後にそんな、男の声が聞こえた気がした。