◆◆◆ 1
「はよー。」
「…おはよう。」
朝起きるとクロはカーペットに寝っ転がっていた。
昨日のことがあってなんとなく顔を合わせづらい。
しかしクロは気にした様子もなくて、あたしは少しほっとした。
サー…
今更ながら音に気づき、カーテンを引く。
そういえば今日は雨だった。
「あー、今日雨降ってるんだー。行くのやめよっと。」
カーペットから外を見たのかクロがそんなことを言う。
「うん、そうだね…。」
探さないといけないのに、クロは探すのが目的なのに、あたしは心のどこかでホッとしていた。
「でさ。」
「え?」
クロが切り出す。
「俺、探すのはめんどくさいからやりたくないけど、このセカイには少し興味あるんだよね。」
そういえば…
確かにクロは昨日もずっと物珍しそうにきょろきょろしていた。
「外行きたいんだけど。」
「うん…わかった。」
確かに家に食べ物が何もないから必然的に外には行かなきゃいけない。
あたしは頷いた。
家から出た直後に問題は発生した。
「めんどくさいー。」
「だめ!」
「やだー。」
「だめです!」
(駄々こねるとか、子供か!)
あたしが押し付けているのはビニール傘。
どうやらクロは傘を差したことがないらしい。
胡散臭げに傘をみてまたクロが唸る。
「えー。」
「濡れたら風邪引くよ?…それに傘なんて持つだけだし。」
「…。」
「差さないんなら、いかない。」
(ふっ、これでどうだ!)
してやったりといった顔をしてクロを見上げると、クロはしぶしぶ傘に手を伸ばした。
「しょうがないなぁ。そこまでいうなら持ってあげるよ。」
(…なんか負けた気がするのはなんでだ。)
クロには口で勝てない。
「で、どこ行くのー?」
「えっと…スーパーかな。 」
というより、あたしの目的はそこしかない。
徒歩10分未満のスーパー。
もう少し歩けば着く。
「スーパー?なにそこ。楽しいのー?」
「別に楽しくないよ。でも、いろいろ売ってるの。
クロって細いのに結構食べるからもううちの食料尽きちゃったし。」
若干嫌味こめて言ってみると、それに気づいているのかいないのかクロはけらけら笑った。
「ああ、だから最初の食事よりビンボーだったのかー!」
居候のあんたが言うな!
心の中でつっこんで、あたしは傘を閉じた。
喋ってる間にスーパーに着いたから。
「へぇ、ここがスーパー?」
「うん。」
ふーん、といいながらクロはそのまま入って行こうとした…傘を差したまま。
「ちょ!まった!だめ!」
「なんでー?」
「傘はここに置いとくの!てか閉じて!」
「めんどくさー。」
ぶつぶつ言いながらもクロは傘を閉じた。
閉じ方は教えてないのにあたしのを見て分かったようだ。
あたしに倣って傘立てに傘を置くとクロはすっとスーパーに入った。
自動ドアには驚かなかったからあっちにもあるのかも、思う。
「ふーん、すごいねぇ。」
クロは心なしかいつもより目を輝かせてスーパーの中をみている。
(こうしてみてると子供みたいなのになぁ。)
こういうクロを見てると昨日のことが嘘みたいで。
まるで別人のようだ。
「なに食べたい?」
「好きなもの食べていいわけ?」
「うん、いいよ。」
あたしが頷くのを見てクロが考え込む。
「えー、じゃあー…これで。」
「シチュー?」
クロが楽しげに渡してきたのはシチューのルーが入ってる箱だった。
まあ、最近寒いし、結構作るの楽だし、問題ない。
「いいよ。じゃ、材料入れないと。」
あたしはジャガイモやら玉ねぎやらを入れながら聞いた。
「クロってシチュー食べたことあるの?」
否定の意味で首が振られる。
「ないよー。」
まあ、そうだよね。
予想通りっちゃ、予想通りだ。
日本じゃないんだし。
「クロ。」
「ん?」
「好きなもの、入れていいよ。」
「いいのー?」
クロって食べるの好きそうだし。
あたしはこっちを覗き込んだクロに頷いて…
ピッ、ピッ…
「10150円になりまーす。」
「…。」
(なにこれ、多っ!?)
たしかに好きなもの入れていいよって言ったけどさ…
あたしは三枚目のレジ袋を開きながら顔を引きつらせた。
(ってか持ってくの重いじゃん!)
と、最後のレジ袋を詰めてる間にクロが先に詰めた二つをひょいと持ち上げた。
「手伝ってくれるの?」
「まーね。」
そんな常識があるとは思ってなかった。
幾分失礼なことを考えながら二つもってスタスタといってしまうクロを急いで追いかける。
「じゃ、あたしが傘さすから…。」
そういって一つ不要になった傘を持ち、もう一本をさすもののクロを入れる至難の技だ。
なにせあたしより10cm程背が高いから腕が伸ばしっぱなしだ。
それに歩幅が、広い。
(…これ、めっちゃ疲れる…)
そんなことを思っていると突然あたしの肩とクロの肩がぶつかった。
(?)
隣を見るとかなり至近距離にクロの顔があって、反射的に顔を逸らす。
(ちっ、ちち近っ!近い!)
と、そこで何故ここまで近いのか気がついた。
ちらりと隣を見る。
肩が触れ合うほどにあたしに密着したクロは少し歩きづらそうに猫背になっていた。
歩調もさっきより全然楽だ。
(気、つかってくれたのかな…。)
クロは何も言わないけどさりげない気遣いにあたしはくすぐったい気持ちになった。
(クロ、ありが…)
心の中でお礼を言おうとしてあたしは目を細めた。
「クロ…。」
「んー?」
「…こっちむいてみ?」
「ん?」
(あんたはリスか!)
そう思うくらいに頬をもごもごさせるクロの口に入ってるのは棒付きチョコだろう。
ただ口から出ている棒が5本だってとこが異常。
「何も言わなかったんじゃなくて言えなかったんかい!」
あたしの突っ込みが傘の中に響いた。