◆◆ 2
駅前は土曜日だからか平日の様にスーツのサラリーマンが行き来するのではなく、私服の人で賑わっていた。
人がたくさんいるからいる可能性もあるが、逆に一人一人見て行くのは大変そうだ。
あたしはクロを見上げた。
「どう、いる?」
「うーん…あ、あれ美味しそー。」
…前言撤回。
(こいつ絶対探してない!)
しかし、あたしがみてもクロから得た僅かな情報に当てはまる人はいない。
「ここじゃ、ないのかなぁ…。」
「まあ、ここら辺にはもう居ないって可能性もあるし、それに」
言葉が途切れ、横を見るとクロがいない。
少し行きすぎてしまったあたしは振り返る。
「クロ…?」
クロは立ち止まったまま見つめていた。
人けがないからか昼間でも暗い。
「どうしたの…?」
「血。」
血…?
「血の匂いがする。」
「!」
この先から…?
「あっ、ちょ、クロ!」
どこいくのよ…
クロの足は速くて、気を緩めたら置いていかれそうだ。
も、疲れた…。
まだ少ししか走ってないのに足が痛い。
しかし、クロをほおっておくわけにはいかない。
あたしは夢中で、走った。
と、角を曲がった瞬間、立ち止まっていたクロに軽くぶつかった。
「ちょっ、急に止まらないで…。
あたしは口を閉じた。
あちらから吹いてきた風から匂いがする。
錆びた鉄の匂い。血の、匂い。
(…怖い。)
こんなに血の匂いをハッキリ感じたことはない。
あたしはそっと、クロの背中から出た。
そこに立っていたのは長身の男だった。
5月にしては少し長めのコートをはおっている。
どこにでもいそうな普通の男だ。
「よく来たなぁ。」
男は低く、楽しげに言った。
男の顔を見て、あたしは背筋が震えた。
普通だと思っていた顔の中で目が、目だけがギラギラと光っている。
「わざわざ、場所教えてくれたのー?
匂いなんか振りまいて、さ。」
クロは気にした風もなく言った。
ちらり、と横から覗き込んでもにやにやしたままでいつもと様子は変わらない。
男はククッと笑った。
「あんたは俺の期待通りだな」
(期待…?)
クロも意味が分からないようで首を傾げる。
「?なにが期待通りかしれないけど、大人しくしててよ。」
そういったクロがいつのまにか手に持っていたものをみてあたしは固まった。
刃渡り20センチくらいのナイフ。
あたしがみたものより長くて、ギラギラしてて、生々しい。
あたしはそっとクロに話しかけた。
「…あの人が、探してる人だよね。」
「え、うん。そうだよー。」
なんの気負いもなくクロが答える。
まだきいてなかった。
その人をなんで探してるのか。
見つけて、どうするのか。
あたしの心が本能的に聞きたくない、と叫ぶ。
でも、口は勝手にクロに問いかけていた。
「…その人を見つけたら、どうするの?」
「なにって…殺す。」
クロはへらりと笑ったまま言い切った。
殺すということは命を奪うということだ。
違うセカイからきた奴だから、そういうことがいえるのかな…。
頭の隅でぼんやりと思った。
「そうこなくっちゃなぁ。」
男の楽しげな笑い声が遠くに聞こえた。
どこかテレビの画面越しに起きてることみたいだ。
目の前で、男とは反対にクロの表情がすっと消える。
ーみたくない
そしてそのまま、クロはナイフを構えた。
あっちも何か出している。ナイフより少し長い。
鉈みたいな、刃物。
ーやめてよ
すっ、と脚をしなやかに曲げて戦闘態勢に入る。
「さあさあさあ、やろうぜ!」
男の声を合図にクロが動いた…
ーいやだっ!
「…クロッ。」
思わず絞り出したあたしの小さな声に、意外にもクロは振り向いた。
クロごしに見えた男の顔が歪む。
「…ちっ。」
舌打ちをして男が影に消える。
「あ、逃げたー。」
いつも通りの間延びした声でクロがいう。
「…ごめん。」
二人きりの路地に、あたしの小さな謝罪と、どこか遠くで鳴っている救急車のサイレンだけが響いていた。
その日はどうやって帰ったか覚えてない。
気がついたら家で、おなかすいたと騒ぐクロに適当に食べてもらってあたしはシャワーだけ浴びた。
食欲なんかでない。
反対にクロはいつも通りだった。
へらへらと笑い、いつも通り食欲旺盛であたしがシャワーから出て来た時は貸している布団でごろごろしていた。
いつもなら文句を言うところだけど今は何も言う気になれない。
あたしは布団がわりの毛布に包まるとなんとなくクロを見た。
「…ねぇ。」
「ん?」
深緑の瞳がこちらを見据える。
あたしは少し心の中で躊躇いながら聞いた。
「なんでクロは…そんなこと簡単に言えるの?…その、殺すとか…。」
うーん、と唸ってクロが布団の上に寝っ転がった。
「どうでもいいんだよねー実際。誰が生きようが誰が死のうが。……だって。」
最後の言葉は小さすぎて聞こえなかった。
「この人探しだってさ、これだって暇だからなんとなくやってるだけ。」
「…っ。」
あたしの顔は多分強張ってたと思う。
いつもへらへらしているだけのクロが少し眉を潜めた。
「…あのさ」
「お、おやすみ!」
クロはあたしの顔を見て何かいいたげに口を開いたがあたしは遮るようにいって布団を被った。
ただ現実から目をそらしただけ。
逃げただけ。
でもこれ以上聞いたら、あたし本当にクロのことがよくわからなくなる。
あたしはすごくそれがいやだった。