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CUBE!  作者: しば
1/11

◆ 1


ある日突然、黒い四角が現れたんだ。

小さな小さな黒い正方形が。


図書委員くらいしかいない放課後の学校の図書室。そこであたし、遠野とおの 千里ちさとは本棚と向き合っていた。

時々ふいっと本が読みたくなるとここに来る。

そして目当ての本を見つけた、まではよかったのだが。

「ん〜〜っ…!」

(と、届かない…!)

取る時はすんなり取れたのに戻すのには踏み台に登ってすら身長が足りない。ぎゅうぎゅうに入っていた本を並べる為には両手を使わなければ入らないのだが片手を届かせるのに精一杯なのだ。

(あー、もう!こんな高いところまで本並べなくたっていいのに…。)

恨みがましげに一冊分空いた本棚を睨みつけ…あたしはふと、違和感に気がついた。

(なんだろ、あれ…染みかな。)

自然に出来た染みにしてはまるで墨汁をかけてしまったかのように真っ黒。

その上、きっちりとした正方形なのだ。

染みというよりも、むしろ穴のようにも見える。

まるで底なしのような。

まあ、穴があること自体大した問題ではない。

ここは歴史ある学校なのだ。

要は、ものすごく古い。

だから穴より今手の中にある戻せない本の方が重要な訳で。

(下の棚に置いとく?でも放置って片付ける人に迷惑だし…。あ、図書委員に頼む!っていないし!)

いつもなら誰かしら座っているはずの、今は無人のカウンターをみてげんなりするとあたしは再び脚立の上で背伸びした。

(もう一回!…できなかったら放置。)

後ろ向きな決心をして再び本を掲げたあたしはなにか違和感を感じた。

見るとあるのは“長方形”の穴。

(?広がった!?)

あたしはまじまじとそれを見つめた。

(さっきの正方形が二つ並んみたいな…)

と、その時。

パタリ

(!?)

あたしの目の前で長方形が正方形になった。

ちょうど、半分にたたまれていたものを開いたかのように。

(気のせいじゃない。今、絶対おっきくなった!)

あたしはぱちぱちと目を瞬いた。

もう一度、今度は眼を凝らして正方形になった四角を見つめる。

正方形は動かない。

ふっと目を逸らそうとした瞬間。

パタン

まるであたしの行動を待っていたかのようなタイミングで正方形が開いた。

正方形がもう一つ隣に出来て長方形になる。

そこからの四角の勢いは止まらない。

パタン パタン パタン パタン

正方形、長方形、正方形、長方形…

「えっ…えぇえ!?」

ガシャン…!

あっ、と思う間もなくあたしは驚きすぎて脚立から落ちた。

「いっ、つー…」

したたかに強打したお尻をさすりながら上を見上げたあたしは固まった。

それはもう、お尻の痛みを忘れるくらいに。

黒い四角はいつの間にか動きを止めていた。

その穴から、出てきたのだ。

足、腰、腕、頭…。

それは全身を出すと軽やかにストンと着地した。

目の前に。

そして少年は顔をあげてあたしを見るとにやりと笑った。

「こんにちは、このセカイの住人さん。」

その声を遠くで聞きながら私の頭は考えることを放棄した。


「ん…。」

ぼんやりとした視界が白い天井を移す。

(寝てたんだっけ?あたし…。朝にしては明るいし…。ああ、今日は休みの日だっけ?納得、納得…。)

「って今日水曜日じゃん!?遅刻!?」

ガバッと跳ね起きたあたしは、目の前が薄ピンクのカーテンで覆われていることにようやく気づいた。

「もしかして、保健室…?」

「ふーん。ホケンシツってんだ、この部屋ー。」

間延びした声が横のカーテンの向こう側から聞こえた。

どうやら隣のベットから話しているらしい。

(いやいや、保健室の場所くらい知っときなよ…ってかなんだと思ってここに来てんの。)

心の中で突っ込んでから、ふと何処かで聞いたことがあるような…と思いかえした。

「…割と最近だと思うんだよね…。」

「何が?」

「いや、だからその声…ってうわっ!」

あやうく、ベットから落ちるとこだった。

横を向いた瞬間、目の前にあの少年の顔があったからだ。

そして、あたしはベットから落ちれなかったことを後悔した。

ベットから落ちたら少しくらいこの怪しすぎる少年との間を取れたのに。

そいつは無造作にあたしに向かって手を伸ばした。

あたしの喉元に冷たいモノが押し付けられる。

「…っ…!?」

フードの少年はニヤリと笑った。

「俺、迷子なんだよねー。この建物の出口教えてくれる?」

あたしの喉元にナイフを突きつけたまま、そう少年は言い切った。


あたしは再び混乱の極みにいた。

図書館のような状況だったらとっくに気絶してただろう。

だが今はハッキリと感じ取れるナイフの冷気がそれをゆるしてはくれなかった。

「ねえ、聞いてる?」

少年の笑みが酷薄なように見える。

「…あ…。」

怖い。怖くて声が出ない…。

しかも追い詰められすぎて涙が出てきた。

一筋零れると、あとは止まらない。

「っ…うぇっ…ひっく…」

あたしが泣き出すと、少年は意外にも動揺した。

「え、泣くのー?泣かないでよ、これくらいで…。

頼んだだけじゃん、連れてってって。」

いや、あれ、頼んでないから、立派な脅しだから!

頭のすみっこで冷静につっこみながらなかなか止まらない涙を止めようとする。

なかなか止まらないで、悪戦苦闘していると、少年が心なしか心配そうに覗き込んできた。

顔は始終へらへらしているが。

「ちょっと、泣き止んだー?」

「…なんでナイフなんて持ってんの…?

バカじゃないの?…銃刀法違反よぅ…。」

自分でも質問の答えになってないなと思いつつ心に浮かんだことが次々と口から出て行く。

「銃刀法イハンってなにかわかんないけど。」

そういってから、少年は初めて困ったような顔を見せた。

「でも、出口教えてくれないと困るんだよね。

俺だってやることあるんだし。」

はぁー、と溜息をつく少年が、さっきのナイフを突きつけた人物とは違う人に見えて、あたしは少しだけ警戒を解いた。

あたしは改めて落ち着いて少年を見た。

なんか変わってる。それが第一印象。

年はたぶんあたしと同じくらい。

髪の毛はくせのある黒。着てる服も基本黒。

しかもなぜかかぶりっぱなしのフードは猫耳だ。首には一部分が、チカチカと光っている輪を着けてる。

ナイフ…とか危ない物を持ってる不審者だけどあたしが泣いている間にそれをどこかにしまってしまった。

あたしは思ったことを口に出して尋ねた。

「そういえばさ、天井から落ちてきたり、セカイとかなんとか言ったり、急にナイフだしたり…」

自分でもなんで1番最初に聞かなかったかな、と思いつつあたしは小さく首をかしげた。

「あなた、何者?」

「…俺は…」

少年が言おうとした時、少年はパッと振り向いた。

ガラガラガラ…

横スライド式のドアが開く音だ。

「うそ、松本じゃん…!」

あたしは小さく呟いて少年を見た。

(ちょっ…、こいつ不審者じゃん。)

あたしは少年に小声で話しかけた。

「ちょ、ちょっと、隠れなよ!」

「えー、なんでさ。」

「なんでもいいから!はやくっ!」

(もしこいつがいるのばれたら…!

こんな不審者、なんて言い訳すればいいのか分かんないし!)

慌てているあたしをよそに少年はニヤニヤ笑いながらこっちの様子を観察している。腹立つ。

あたしが一言文句をいう前にシャッとカーテンが引かれた。

あたしは咄嗟に目をつぶった。

(知らない、見てない、私はこんな人知らないんですよ、先生!)

心の中で猛抗議してると松本先生の声がした。

「おー、具合はよくなったのか?」

「…へ?」

目を開けるといるのは松本だけ。

少年の姿は影形も見当たらなかった。

(消えたぁ!?)

あたしがきょろきょろとすると視界の隅に黒いのが引っかかった。

みるとさっきの少年がニヤニヤとこちらを見ていた。顔の位置的に、どうやらカーテンの影に隠れてしゃがんでるらしい。

(うわ、そんな覗いたら松本にバレる!)

挙動不審なあたしを松本は怪訝な顔をして私の顔を覗き込んだ。

「あー、今日は帰った方がいいんじゃないか?

急にぶっ倒れたなんて疲れてんだよ、お前。」

「へ?」

「図書館で倒れてたって聞いたぞ。」

「あ、それはそうですけど。」

どうやらまだ具合が悪いものと思われたらしい。

意外にも少年の存在にまだ気づいていない。

「あー、ほら、熱でも出たら困るだろ?

家帰って寝ろ。俺がカバン持ってきてやるよ。」

「あ、はい、ありがとうございます。」

あたしがお礼をいうと松本はベッドから離れた。

ガラガラ…

戸が閉められる音を聞いてほっと息をつく。

(あー、焦った…。…まあ、元凶はなんとも思ってない見たいだけど…。)

あたしが隣を見ると少年はこっちへ入ってきたところだった。

(あれ…?)

少年がカーテンをめくった時、裾からちらっと手が出た。それがあたしの目についた。

白い肌に痛々しくついてる傷。

まるでなにかが擦れたようなそれはよく見るとところどころ血が滲んでいた。

「あんた…怪我してるの?」

あたしに言われて少年は自分の腕を見た。

そうだねー、といいつつもその傷に特に興味がないようですぐに視線を外した。

「そうだねじゃないし!手当しないと!」

あたしがそう言うと少年のにやついた顔に怪訝そうな表情が混じった。

「えー、別にいいよー。」

「ダメに決まってんでしょ、ちょっとまってて!」

急に元気が出たあたしはベットから降りて勝手に保健室の棚をまさぐった。

「…絆創膏?じゃダメだよね、包帯っと…。」

「持ってきたぞー…って何してんだ?お前。」

あたしはパッと振り向いた。

松本の顔を見て気づく。

(…というかこれじゃ私、泥棒じゃん。)

「あー、えっとー、これはー…」

上手い言い訳が思いつかずにしどろもどろしていると松本は自分で勝手に状況を解釈して見せた。

「頭か?お前頭は打ってないぞ?ああ、でもお前頭打ったのかもな。今日、行動が変だぞ。」

「失礼な!私は頭なんて打ってません!」

ムキになって言い返すと松本は鞄を置いてこっちを見た。

「そうだな、じゃあなんでお前は包帯なんか出してんだ?」

(うわ、墓穴掘った。頭打ったことにしとけばよかったっ…!)

黙ったあたしに松本はますます疑わしげな顔をする。

(見ず知らずの不審者に巻く、なんて言えない…。)

その時、ふと思い出した。

ピコピコ動く猫耳フードを。

「猫です。」

「はぁ?」

「今日朝、猫が怪我してたんです。帰るときに怪我を見てあげようと心に決めてたんです。だから包帯貰ってもいいですか?少しでいいんで!」

パンッと両手を合わせて頼むと、松本は眉をしかめてガシガシと頭をかいた。

「しょうがないなぁ。本当は学校の備品だからダメだと思うが…」

ちょっとだけだぞ、と松本は言った。

「ありがとうございます!」

あたしは二個出していた包帯の一つから少しだけ切るふりをして…もう一つをまるまるポケットに押し込んだ。

こんくらいは必要なんだよね、ネコの治療。

その行為こそまるっきり泥棒であることにあたしは気づかなかった。


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