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メロディー・ドロップ  作者: ショコラ*
番外編Short Story
8/9

サンセットビーチ


番外編SS『サンセットビーチ』

Thema:海(サンセット)



「ビーチの方行こうよ」


 そう優に誘われて、ホテルでぼんやりと海を眺めていた私は、ラフな格好で部屋を出た。

 サラリとしたロンTに、ショートパンツ。

 足元には、昨日優がやたらと「似合う」と推してきた大ぶりのビジューが付いたヒールサンダルを履いて。


「日が暮れても、風が気持ち良いねー」

「うん」


 優は淡い茶色の髪を風にそよがせながら、相変わらずの笑顔でこちらを振り返ってくる。

 細められた切れ長の目も、薄い唇も。

 まるで、気まぐれな猫そのもののように見えた。

 挑発的なのに、甘えた……みたいな色を帯びた瞳。

 気に入らないものには、決して懐かない。

 その飄々とした背中を見て、一体今まで何人の女の子が憧れを抱いてきたんだか。

 すらりとした細身でも、私より少なくとも15cmは高い身長に、しなやかに纏った綺麗な筋肉。

 淡い色のジーンズにTシャツというシンプルな出で立ちでも、かなり人目を引く容姿。

 それは国内でも、ワイキキの街でも変わらないようだった。


「玲奈先輩、やっぱそのサンダル超似合うね」

「そうかな」

「そのほっそい長い脚! マジたまんねぇ……」

「バカ」


 ばしっと軽く腕を叩けば、悪戯っぽい笑みを浮かべる優。


「ホントこの世界で、先輩ほど俺好みの美女はいないと思う」

「それはどうも」

「中身もクールでツンデレとか。ちょっと可愛い過ぎるよねー」

「黙って」


 軽い口調で平然とふざけた事を言う優に顔をしかめれば、何がおかしいのか楽しそうに肩を揺らす。

 そっぽを向けば、優は黙って私の肩を抱き寄せてきた。


「先輩、大スキ。ナンパされないように、俺から離れないでね」

「……」


 よくもまぁ、照れもせずにこんな事を言えると思う。

 気まずさに顔を逸らしながらも、こういう適当なテンションで愛を囁く辺りも、私には丁度良い相手なんだろうなと思った。

 私はあんまり、素直じゃない方だから。


「うーわ、すっげ綺麗」

「……本当」


 しばらくカラカウア通りを進んでいくと、不意に優が感嘆の声を上げた。

 つられて見てみれば、ビーチ奥に見える海面はすべてオレンジ色に染まっている。

 サンセットを眺めに来たのか、ビーチにはそれなりに人が集まっていた。


「俺たちも行こ」


 優は私の手を掴むと、プロムナードを外れてビーチの方へと向かっていく。

 比較的人のいない場所へとたどり着くと、優はふわりと微笑んだ。


「座ろっか。先輩、砂の上は嫌?」

「別にいいよ」


 ちょっと高くなっている場所に並んで腰を下ろせば、少し遠くから人のざわめきが聞こえてくるものの、聴覚のほとんどは寄せては返す波の音に支配される。

 キラキラと光る海面よりちょっと高い位置には、まだ眩しい明りを放っているオレンジ色の太陽が浮かんでいた。


「あと何分もしないうちに沈みそうだね」

「うん」

「ホント一面オレンジ。先輩も、夕陽色だ」


 無邪気に笑う優が、私を振り返る。

 そう言う優の顔も、オレンジと影だけで構成されていて。

 その造形美も相まって、まるで芸術品みたいだなとぼんやり思った。

 日焼けが嫌だから、ハワイに来てからもビーチにはほとんど近付いていない。

 だから、こんな海の近くで腰を落ち着けるのは初めてだった。

 サンダルを脱いで横に置き、素足でサラリとした砂浜を撫でる。

 随分昔以来感じていなかった感触に、懐かしさと解放感を覚えた。


「……先輩」

「んー」

「何かそれ、超エロイんだけど」

「……は?」

「グラビアショットみたいだよ。サンセットビーチで、砂に塗れる美脚……」

「何そのマニアックな設定」


 あまりのバカっぽさに呆れて笑えば、優も朗らかに笑った。


「ね、先輩」

「何?」

「キスしていー?」


 許可を求めてきたくせに、返事をする前に優の顔がアップになった。

 ゆっくりと触れた唇は、押し付けられたまま制止する。

 数秒間触れ合ったままの唇は一度離れ、もう一度触れ合って。

 それを2、3度繰り返した後、優はようやく離れていった。


「……ここ、外」

「誰も見てないよ。みんな、自分たちの幸せしか見えてない」


 囁くようにそう言われて周りを見渡せば、カップルは自分のパートナーだけを目に映し……その他の人たちも、徐々に海に飲み込まれていくオレンジ色の光を見つめている。

 肉眼で見られるようになった太陽は、無限に広がる海に溶けていくように見えた。


「綺麗……」


 どこまでも真っ青に、眩い白い光を放っている日中の海は、私には鮮やか過ぎる。

 オレンジ色に輝く今の海の方が、私は好きだと思った。


「ロマンチックだねー。先輩、また俺の事が好きになっちゃうね」

「何それ、マインドコントロール?」

「バレたか」


 クスリと笑いながら、砂に着いていた私の手の甲に、自分の手を重ねてくる優。

 ほとんど丸い形を潜めてしまった太陽を眺めながら、私は身を委ねるように隣の肩に頭を預けた。

 静かに沈んで行った太陽。

 姿が消えても尚、オレンジ色に染まったままの空。

 それを見ながら、遠くの人々は皆手を叩いて喜んでいる。

 夕陽が沈んだことに感動し、感謝出来る人たちは嫌いじゃないと思った。

 今日一日が幸せだったと顧みる事が出来た日なんて、今までの人生で一体何日あっただろう。

 ……きっと、ほとんど無かった気がする。

 あったとしても――こんな風に穏やかな気持ちでいられる日なんて、きっと無かった。


「寒くない? 先輩」


 ゆっくりと抱き寄せられ、触れ合う素肌の体温が心地良い。

 私を甘やかすような声に、腕の温かさに。

 私はそっとすり寄って、目を閉じた。


「……あっためて」


 これからも、ずっと。

 こんな一日の終わりを迎えられますように……

 波の音を聞きながら、私は小さく祈った。



fin.

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