スペシャリスト
前書き:これより先の番外編SSは、本サイトの10万打記念企画の際に書いた、ハワイが舞台の話となっております。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
番外編SS『スペシャリスト』
Thema:成田空港
「玲奈先輩、一本ちょうだい」
スカイライナーに乗って、窓からぼんやりと夜景を眺めていたら、不意に声を掛けられた。
隣に座って微笑んでいるのは、一つ年下の彼氏である優。
私はポッキーを取り出すと、ハイと差し出した。
……ら、優は私の手ごと掴んで自分の方へ向けさせ、口を開く。
「……」
「ありがと」
してやったり、みたいな顔をしながらにこりと笑う彼に、私は一つため息をついた。
今更、優のベタな行動に驚いたりはしない。
「先輩とこれからずっと二人きりなんて、夢みたいだな」
「二人っきりじゃないけどね」
「……あぁ、今俺の中では完全に二人きり設定だったのにー」
後ろの座席に並んでいるはずの従兄と親友カップルの事を言えば、優は顔をしかめて拗ねる。
……そう、今回従兄である要の両親からの勧めで、彼とその彼女はハワイ旅行に同行することになったのだ。
そこまでは、何の不思議も無い話だったんだけど……
その彼女と私が親友だと知った要の両親は、私もぜひと誘ってきて。
人数的に半端だから、彼氏さんもどうぞだなんて……自分の親戚ながら、金持ちというのは羽振りが良いと思う。
かくして私は優と、初旅行に行く事となった。
「夜だとやっぱり、結構空いてるなぁ」
「平日だしね」
「あー、超楽しみ」
「ちょっと」
よっぽど嬉しいのか、優は猫のように私の肩に頭を凭せ掛けてくる。
さらりと柔らかい髪が首筋に触れ、ちょっとくすぐったい。
「先輩、いっぱい思い出作ろ」
優はそう言いながら、私の右手に自分の左手を絡めてきて、ぎゅうっと握った。
私たちの膝の前には、大きなスーツケースが二つ。
……あぁ、ホントにこれからしばらくは優と一緒なんだな。
どうしても性格上、素直に感情を顔に出したり出来ないけれど……私だって、本当はかなり楽しみにしていた。
優の隣は、すごくホッとする。
何かと気を張りがちな私だけれど、優はそんな私の扱いに慣れているし……意地っ張りな所も込みで好きでいてくれるから。
「先輩」
「ん?」
「俺から離れちゃダメだよ、すぐナンパされそう」
「……されないって」
「無自覚!」
「いや、それを言うなら優の方が――」
「俺は、先輩にベッタリくっついてる予定だから大丈夫」
「……」
「……ふ、照れた?」
一瞬身体を離して顔を覗き込まれ、私は思わず窓の方に視線を逸らした。
少しだけ、頬が熱い。
しばらくすると車内に到着アナウンスが流れ、ゆっくりと速度が落ちていく音が響き渡る。
手荷物を纏めて立ち上がると、先に通路に出ていた優が振り返り、私の姿を確認してから歩き出した。
後ろから賑やかな親友カップルの声を聞きつつ、私たちもゆっくりと空港へ向かって進んで行く。
ガラガラと響くスーツケースの音も、ここではそれ程珍しくは無い。
「先輩、気を付けて」
「ありがと」
エスカレーターに乗る際、スーツケースをぐっと持ち上げようとすれば、既に乗っていた優が先に掴んでひょいと乗せてくれた。
持てない重さではないものの、さすがに一週間分に近い荷物が入ったスーツケースは結構重い。
ぱっと見細身の優だけれど、こういう何気ない時にやっぱり男なんだよなーと感心してしまう。
最も優は元ヤンだし、実はかなり筋肉質なんだけどね。
初めてその筋肉を目の当たりにした時なんか、詐欺だと思ったくらいだ。
……まぁ、良い意味でだけど。
チェックインをしに、出発ロビーへと真っ直ぐに向かう。
海外へ行くのは二度目だけれど、ここに来るとようやく空港に来たんだなぁ……と実感する。
列に並びながら、優にならってパスポートを取り出した。
「先輩、飛行機乗るまでちょっと時間あるね」
「うん」
「お店見て回ろ。あとデッキ行きたい」
「いいけど、何すんの?」
「先輩と、出発前の記念撮影」
「……ふっ」
終始ご機嫌な優がまるで子どもみたいで、私は思わず笑ってしまった。
そんな私につられて、優も笑い出す。
「だって初旅行でハワイだよ? ハネムーンみたいじゃん」
「うん、まぁね」
「ハネムーンは違う所がいい? それともまたハワイにする?」
「……気が早い」
バシッと腕を叩いても、優はにこにこしていた。
「先輩、写真撮りまくろうね」
「任せる」
「うん、先輩の写真集作る勢いで撮るから」
「……」
まだ、日本を出てすらいないけれど。
優の笑顔を見ながら、きっとこの旅行は良いものになるだろうな……という予感がした。
だって、君は。
いつだって私を喜ばせる、スペシャリストだから。
fin.