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メロディー・ドロップ  作者: ショコラ*
番外編Short Story
5/9

あなたに捧ぐ歌


番外編SS『あなたに捧ぐ歌』

Side:優



 ゆっくりと弓を引きながら、バイオリン越しに、玲奈先輩を見た。

 ピアノを弾いている時の先輩からは、いつもの強気で意地っ張りな雰囲気は剥がれ落ちていて、とても柔らかな空気を纏っている。

 元々顔立ちが整っている人だから、時々見惚れてしまうくらいだ。

 じっと何かに集中するのはあんまり得意じゃない俺だけど、そこに先輩が絡むのなら別。

 先輩はどんなに見ていても見飽きないし、先輩とこうして呼吸を合わせるのは酷く心地良い。


「……まあまあ、かな」


 そう呟いた先輩を見つめながら、最後の音の余韻に酔いしれつつ、俺はそっと弓を弦から離した。


「先輩覚えるの早いねー。その楽譜もらったの、3日前だよ。ずっと練習してたの?」

「……別に、ヒマだったし」

「ぶっ」


 玲奈先輩は、本当に天然でツンデレだと思う。

 俺だって、先輩のことをいつも見てるんだ。

 本当は……こうして早く合わせたくて一生懸命ピアノに向かっていたことを、俺はちゃんと知っている。


「先輩、今日はもう帰るよね?」

「え? うん」

「ちょっとデートしていこうよ」

「……は?」

「ちょこーっとだけ、回り道しながら帰ろ?」


 俺がにっこりと微笑めば、戸惑ったように俯く先輩。

 先輩は甘えたり弱みを見せたりするのが苦手で、こういう時、どうしたらいいのかわからない……って顔をする。

 かなり男と付き合ったことはあるはずなのに、実は純情で。

 そんな不器用な先輩だから、俺は守ってあげたいって思うんだ。


「じゃ、行きましょー」

「え……ちょっと、手!」


 音楽準備室のロッカーにバイオリンをしまって(ちゃんと先生に許可もらってるよ)、先輩の綺麗な指を掴んだ。

 白くて指が長くて華奢で、すごく女の人っぽい手。

 校内では派手なギャルだと認識されている先輩だけれど、よくよく見てみれば、本当に可憐な人なんだよね。

 ……まぁ、俺だけが知ってれば充分なんだけど。


「ねぇ……ねぇ、ユウってば!」

「んー?」

「まだ学校……」

「見られてもいいじゃん。俺らが付き合ってるのなんて、皆知ってるよー?」

「……」


 ちょっと前までは、「藤岡」って苗字を呼ばれるだけでも、嬉しかったけど。

 今では正真正銘、俺たちは恋人同士で。

 最近ようやく、先輩も観念して「優」って呼んでくれるようになった。

 先輩も俺もかなりモテるから、確かに一緒にいるだけで目立つし、きっと呼び名を変えるなんて恥ずかしかったんだろうなぁ。

 それでも「お願い」って言った直後から、そっぽを向きつつも「優」と呼び始めてくれた先輩は可愛かった。

 ホント、純情女子だよ。

 その超ミニスカートとつり目メイクから見たら、詐欺だと思う。

 ……あれ、イイ意味の場合は詐欺って言わないか。


「ていうか先輩」

「……何」

「ほんと、もう少しだけ……あとほんのちょっとでいいから、スカート長く出来ない?」

「いや……だから切っちゃったんだって」

「新しいスカート買ってあげるから、もう少し長いバージョンで切り直してよー」

「えー、面倒臭い……」


 もう諦めたのか、俺と指先を絡め合ったままの状態で、玲奈先輩はふっと笑う。

 その笑顔はスゴイ可愛いけど……俺的には、全然笑い事じゃないんですが。


「先輩ちょー可愛いから、俺心配」

「アンタも大概カッコイイから、誰も手ぇ出してきたりしないでしょ」

「え? 今カッコイイって言ってくれた?!」

「……い、一般論として、ってことだからね!」


 相変わらず素直じゃないけど、耳まで赤いから本音はバレバレだ。

 ぐいっと手を引っ張れば、華奢な先輩は簡単によろける。

 俺の方によろけたその腰を引き寄せて、そっと前髪辺りにキスをした。


「な、な……っ!」

「先輩可愛いんだもーん」

「うるさいよ! バカ!」


 ばしっと腕を叩いてくるけど、全然痛くない。……ほんとはちょっと痛いけど。

 先輩は“合わせる”恋はお手の物らしいけど、“本気”の恋は本当に初級者だ。

 嬉しい時は、大抵悪態をついたり抵抗したりするんだから。


「……」


 学年が違うから、一度ちょっと離れて靴を履き替える。

 ローファーに足を突っ込んで昇降口に向かえば、既に玲奈先輩は柱に寄り掛かって、先輩をオレンジ色に染めている夕陽を眺めていた。

 ……本当、冗談みたいに綺麗な人。


「先輩」

「あ、優――」


 その儚げな雰囲気に感化されて、思わず先輩をきつく抱き締めた。

 ここがまだ昇降口だとか。

 先輩が照れ屋だとか。

 そういう事を一度忘れてでも、抱き締めたかったんだ。


「……優?」

「先輩、好きだよ」

「……」

「大好き」


 信じられないくらい綺麗な先輩だけれど……本当はその心の方が断然綺麗なんだって、俺はちゃんと知っているから。


「……バカ」

「ハイ、玲奈先輩バカなんで、俺」

「何それ……」



 意地っ張りな言葉を言う度に、先輩が俯いて後悔してるのも、ちゃんとわかっているから。

 先輩が素直になれない分は、俺が真っ直ぐに伝えてあげる。

 先輩のピアノに対して、いつも俺が弓を引いて応えるように――先輩へ伝える言葉は、先輩のための歌。


「大好きだよ、先輩」


 あなただけに、捧ぐ歌――



fin.

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