あなたに捧ぐ歌
番外編SS『あなたに捧ぐ歌』
Side:優
ゆっくりと弓を引きながら、バイオリン越しに、玲奈先輩を見た。
ピアノを弾いている時の先輩からは、いつもの強気で意地っ張りな雰囲気は剥がれ落ちていて、とても柔らかな空気を纏っている。
元々顔立ちが整っている人だから、時々見惚れてしまうくらいだ。
じっと何かに集中するのはあんまり得意じゃない俺だけど、そこに先輩が絡むのなら別。
先輩はどんなに見ていても見飽きないし、先輩とこうして呼吸を合わせるのは酷く心地良い。
「……まあまあ、かな」
そう呟いた先輩を見つめながら、最後の音の余韻に酔いしれつつ、俺はそっと弓を弦から離した。
「先輩覚えるの早いねー。その楽譜もらったの、3日前だよ。ずっと練習してたの?」
「……別に、ヒマだったし」
「ぶっ」
玲奈先輩は、本当に天然でツンデレだと思う。
俺だって、先輩のことをいつも見てるんだ。
本当は……こうして早く合わせたくて一生懸命ピアノに向かっていたことを、俺はちゃんと知っている。
「先輩、今日はもう帰るよね?」
「え? うん」
「ちょっとデートしていこうよ」
「……は?」
「ちょこーっとだけ、回り道しながら帰ろ?」
俺がにっこりと微笑めば、戸惑ったように俯く先輩。
先輩は甘えたり弱みを見せたりするのが苦手で、こういう時、どうしたらいいのかわからない……って顔をする。
かなり男と付き合ったことはあるはずなのに、実は純情で。
そんな不器用な先輩だから、俺は守ってあげたいって思うんだ。
「じゃ、行きましょー」
「え……ちょっと、手!」
音楽準備室のロッカーにバイオリンをしまって(ちゃんと先生に許可もらってるよ)、先輩の綺麗な指を掴んだ。
白くて指が長くて華奢で、すごく女の人っぽい手。
校内では派手なギャルだと認識されている先輩だけれど、よくよく見てみれば、本当に可憐な人なんだよね。
……まぁ、俺だけが知ってれば充分なんだけど。
「ねぇ……ねぇ、優ってば!」
「んー?」
「まだ学校……」
「見られてもいいじゃん。俺らが付き合ってるのなんて、皆知ってるよー?」
「……」
ちょっと前までは、「藤岡」って苗字を呼ばれるだけでも、嬉しかったけど。
今では正真正銘、俺たちは恋人同士で。
最近ようやく、先輩も観念して「優」って呼んでくれるようになった。
先輩も俺もかなりモテるから、確かに一緒にいるだけで目立つし、きっと呼び名を変えるなんて恥ずかしかったんだろうなぁ。
それでも「お願い」って言った直後から、そっぽを向きつつも「優」と呼び始めてくれた先輩は可愛かった。
ホント、純情女子だよ。
その超ミニスカートとつり目メイクから見たら、詐欺だと思う。
……あれ、イイ意味の場合は詐欺って言わないか。
「ていうか先輩」
「……何」
「ほんと、もう少しだけ……あとほんのちょっとでいいから、スカート長く出来ない?」
「いや……だから切っちゃったんだって」
「新しいスカート買ってあげるから、もう少し長いバージョンで切り直してよー」
「えー、面倒臭い……」
もう諦めたのか、俺と指先を絡め合ったままの状態で、玲奈先輩はふっと笑う。
その笑顔はスゴイ可愛いけど……俺的には、全然笑い事じゃないんですが。
「先輩ちょー可愛いから、俺心配」
「アンタも大概カッコイイから、誰も手ぇ出してきたりしないでしょ」
「え? 今カッコイイって言ってくれた?!」
「……い、一般論として、ってことだからね!」
相変わらず素直じゃないけど、耳まで赤いから本音はバレバレだ。
ぐいっと手を引っ張れば、華奢な先輩は簡単によろける。
俺の方によろけたその腰を引き寄せて、そっと前髪辺りにキスをした。
「な、な……っ!」
「先輩可愛いんだもーん」
「うるさいよ! バカ!」
ばしっと腕を叩いてくるけど、全然痛くない。……ほんとはちょっと痛いけど。
先輩は“合わせる”恋はお手の物らしいけど、“本気”の恋は本当に初級者だ。
嬉しい時は、大抵悪態をついたり抵抗したりするんだから。
「……」
学年が違うから、一度ちょっと離れて靴を履き替える。
ローファーに足を突っ込んで昇降口に向かえば、既に玲奈先輩は柱に寄り掛かって、先輩をオレンジ色に染めている夕陽を眺めていた。
……本当、冗談みたいに綺麗な人。
「先輩」
「あ、優――」
その儚げな雰囲気に感化されて、思わず先輩をきつく抱き締めた。
ここがまだ昇降口だとか。
先輩が照れ屋だとか。
そういう事を一度忘れてでも、抱き締めたかったんだ。
「……優?」
「先輩、好きだよ」
「……」
「大好き」
信じられないくらい綺麗な先輩だけれど……本当はその心の方が断然綺麗なんだって、俺はちゃんと知っているから。
「……バカ」
「ハイ、玲奈先輩バカなんで、俺」
「何それ……」
意地っ張りな言葉を言う度に、先輩が俯いて後悔してるのも、ちゃんとわかっているから。
先輩が素直になれない分は、俺が真っ直ぐに伝えてあげる。
先輩のピアノに対して、いつも俺が弓を引いて応えるように――先輩へ伝える言葉は、先輩のための歌。
「大好きだよ、先輩」
あなただけに、捧ぐ歌――
fin.