今日も私は。
これは今では普通に行われているような
物語。
少女はただ、普通に生きたかった。
普通に愛されて、普通に遊んで、
普通に優しい父と母がいて。
普通に、日常を過ごしたかった。
少女には、どこにでもある、誰もが持っている筈の、そこにあるだけの「幸せ」が、
なかったのだ。
「 助けて。」
何度その言葉を叫んだだろう。
何度その言葉に願いを馳せただろう。
何度その言葉に、裏切られただろう。
身体に走る激痛。飛びそうになる意識。
激怒する母の声。
ああ、今日も私は、生きられるだろうか。
***************
「コレ」が始まったのは、私がもっと
幼い頃だった。
父と母が離婚して、母と二人きりの生活をおくっていた。
「かあさんっかあさんっみてみてっ!!!
じょうずにかけたよっ」
私は丁度お絵描きにはまっていて、なにかを
描くごとに母に見せていた。
母も私が絵を見せに行くと、決まってにこにこと笑いながら褒めてくれていた。
私はそれを、母が喜んでいると勘違いしたのだ。
母に笑っていて欲しくて、毎日、毎回絵を見せにいった。
そして、それは起こった。
母が仕事から帰って、私はいつも通り絵を見せにいった。
母に、笑って欲しくて。
今思えば、母はその日、特に疲れているように見えた。
だが、幼い頃の私は、そんな事に気づく筈が
なかった。
「かあさんおかえりっ!みてーっきょうもね
お絵描きしたのっ」
私は絵を母に見せびらかす様に拡げた。
「ほらーっ。これねぇ、かあさんっ!
かあさんとあむかいたんだよっ」
私はみてみてと母に絵を押し付けた。
「がんばったんだよっ!すごいでしょっ!
ね?かあさんのために」
バシンッ
「・・・え・・・」
突然走った左頬の痛みに、私は固まった。
何が起きたのか、わからなかったのだ。
「・・・どうして・・・っ」
母は呟きながら振り上げられた手を下ろす。
「かあ、さ」
「どうして少しくらい黙れないのっ!?
毎日毎日煩いのよっ!!!鬱陶しいっ!!!
毎回下手な絵を見せられて褒めてやる私の身にもなりなさいよっ!!!
褒められて嬉しいか知らないけど、いい加減ウザいのよっ!!!どうしてそんな事もわからないのっ!!!」
母は今まで溜め込んでいた事を全て吐き出した。
私はその日、母に叩かれたという事よりも、
もっと別の事で衝撃を受けた。
母は私の絵が見るのも嫌だという事。
私の事が本当は迷惑で仕方がなかった事。
そして、
喜んでくれていたと思っていた絵が、
母にとって鬱陶しい物になっていた事。
喜んで貰いたくて、ただ、笑って欲しくて
描いていた絵だった。
母にはいつも笑っていて欲しかったから、
自分の絵が母の喜びになるのならと、
頑張って描いていた絵だった。だけど、
全部、私の酷い勘違いだった。
次の日から、母は「我慢」する事をやめた。
腹がたった時、イライラしている時、
むしゃくしゃしている時、少しでもウザいと
感じた時、母は、容赦無く私をぶった。
蹴った。時には熱湯や、煙草を背中に当てられた。何度も何度も意識が飛びかけそうになる。それを、一生懸命耐える。
痛い、痛いよぉ・・・かあさん・・・っ。
幼い頃の私は、毎晩の様に枕を濡らしていた。かあさん、かあさんと、心の中で呼びながら。
***************
あれから何年かが経ち、私は小学生くらいに
なっていた。学校という場所には行っていない。
母が、行く事を許さなかった。金がないからと、服の下の「モノ」がばれてしまうと、
決して私を外へも出さなかった。
ジュワァァァァァァァァァァァァァッ!!!
「あ"ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
煙草が腕に押し付けられる。
肌が、皮が、煙草の火に侵されながら溶けていく。肉の焦げる臭いが、少しずつ拡がる。
「っぁ・・・っ!!!ぃ、たぃよぉ・・・っ」
「・・・煩いわね、もう少し静かに出来ないのっ!?」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりっ!!!
煙草を抉る様に押し付けられる。
「あ"、っぁぁぁっ痛い、痛いよぉ、かあさんっがあざんっ・・・っ」
想像を絶する痛みは、まだ小学生の私に耐えられる筈がなかった。
「ごめんなさいは?ごめんなさいはっ!?
いいとも言われてないのに喋ってごめんなさいはっ!?」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりっ!!!
「ぃ"、あ"ぁぁぁっごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ・・・!!!もうしませんもうしません・・・っ」
私は腕を庇いつつ、“ いつものように ”
土下座姿勢で母に謝った。
母は、私が謝るのを見届けると、すたすたと
歩いてソファーへと寝転がった。
私は終わったのかと、急な安心感に襲われ、
その場で崩れ落ちる様に、倒れた。
夢をみた。
父と母と私が楽しそうに笑っている夢。
しかしそれは、どんどん、どんどん遠ざかっていく。
まって・・・まってよ・・・っおいていかないで・・・っとうさんっかあさんっ
いやだ、いや、だぁ、いや・・・っいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
叫びながら眼を開く。
視界が思っていたよりも霞んでいた。
・・・泣いていたのだ。
腕がじゅくじゅくと痛む。
痛みに対しての涙なのか、それともさっきみた夢に対しての涙なのか、私には・・・わからなかった。
***************
一度だけ、もう一度だけ外へ出てみたかった。
もう一度だけ、思いきり外で遊びたかった。
今日は母の帰りは遅い。だから私は「外」へ、
足を踏み出した。どきどきしながら、びくびく怯えながら、私は外へ飛びたした。
前まで普通にあった空が、地面が、
キラキラしてみえた。風も、木も、土も、
全て私の中で輝きだした。
公園につき、一人の男の子を見つけた。
***************
私は、なるべくその男の子に近づかないように遊びだした。
だが、男の子は私を見つけるとずんずんと近づいてきた。そして、
「なんで一人なの?一緒にあそぼーよっ!」
満面の笑みで、そう言った。
そのキラキラした笑顔に、
私はつい「いいよ」と、言ってしまっていた。
暫くの時間が経った。
そろそろ帰らなければ。そう思って私は、
砂を払い、立ち上がる。
「もう帰らなきゃダメなの?」
男の子はそう言って私をみた。
「うん。そろそろ帰らなきゃ、かあさんに叱られちゃうんだ」
「そっかぁ。じゃあ、明日また会える?」
男の子は首をかしげながら聞いた。
私は、それは無理だよと言わなければならなかった。何故なら、今日は母の帰りが遅いとわかったから出てこれたのだ。いつもは何時に戻ってくるかも不明なのだ。
だから毎日出れるわけでもないし、なにより
勝手に外へ出たと知られれば、何をされるかわからない。
なのに、私は、
「・・・うんっまた明日ねっ」
そんな無理に等しい約束をして、家へと帰った。
家に帰ると、やはり母はいなかった。
よかったと、息を吐いた。
急いで着替え、服を箪笥の下に隠した。
泥で汚れていた為、見られると何をしていたのかがばれてしまうからだ。
がちゃりっ。
玄関の扉が開く音がした。
母が帰って来たのだ。ぎりぎり間に合ったと
安心した。
しかし、その安心はすぐに消えた。
「おかえりかあさ」
「お風呂は?」
「・・・え、」
「お風呂、沸かしてないの?」
「え、あ、その、」
「いつも沸かしとけって言ってるのに?」
「・・・っご、ごめん、なさ」
「来なさい、雨夢」
「ひ・・・っ」
「来なさいっ!!!」
ずるずる、ずるずると、私の髪を掴んで母は
私を引きずった。
ばんっ!!!
「ぃた・・・っ」
壁に放り出された。
治っていない傷が圧迫されて思わず顔を歪める。
「そこで待ってなさい」
母は私を残してリビングへと向かった。
そして、戻ってきた。
母の手にあったのは、ポットだった。
嫌な予感しかしない。
ばしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
高熱の水が、私の前を覆う。
「・・・っあ、あ、ぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!あつい、あづいっ、
痛い痛い痛いっあづいっあづいよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
おそらく百度くらいであろうお湯が、私の身体を蝕む。完治していない傷にお湯がが入り込んでいき、激痛を産む。
「痛い痛い痛い痛いっぃたいよぉぉ・・・っ
あ"ぁっ、痛いぃたいよぉっ・・・っ!!!」
私は叫んだ。
「痛い痛い痛いっ痛いよぉ、っ・・・っ
助けて、があざん、助けっ助けてっがあざんっ誰か助けてっ・・・っ痛いよぉ痛いっ・・・助けてっ・・・っ」
誰もいない。ここには、私と母以外誰もいない。なんとなくわかっていた事なのに、助けて助けてとお願いだからと、
私は声を枯らしながら言い続けた。
涙が、止まらなかった。
・・・私の意識は、途切れた。
眼を覚ますと、そこは布団の上だった。
身体中が激痛に侵されていて痛い。
悲鳴をあげそうだった。
時刻は深夜を回っている。
家の窓から見る空は、色を無くして灰色に塗り潰されたかのように汚く感じた。
一瞬眼が焼けてしまったのではないかと心配した。
水が飲みたくなって、立ち上がろうとする。
「ゔ・・・っ」
しかしそれは身体の極度の痛みにより動きを
停止させる。
あまりの痛さに倒れそうになる。
じゅくじゅく、ずきずきと傷が痛む。
身体には不器用に包帯が巻かれている。
母が気まぐれに巻いたのだろうか。
なんだか身体が熱いような気がする。
きっと傷口から発熱を起こしているのだろう。
視界がぼやける。息が荒くなる。
「・・・はぁ、うっぐ・・・っ」
もう一度立ち上がろうと身体を動かす。
母がいない事を今更ながらに確かめて、
ゆっくりと寝室を出る。
リビングに着く。
冷蔵庫から水を取り出そうとした。
だが、
「ーーーっーーっーーーーっ」
私は、止まった。
・・・ああ、またか。
冷蔵庫から水を取り出そうとして、止まった。
もう一つの障子の部屋から、母の声が聞こえたのだ。
ぱあん、ぱあん、ぱあぁぁぁんっ。
肉と肉の接触する音が響く。
それはもうリズミカルに。何度も、何度も。
障子に映し出される月の光に照らされて出来た二つの重なり合っている影は、獣が貪り喰らっているようにしか見えない。
気持ちが悪い。
私はあまりの気持ち悪さに、トイレへ向かった。
「ふっ、ぐぅ・・・っうぇ・・・っ」
吐き気が収まらない。
しかしなにも食べていない、なにも飲んでいない、なにも与えられていない私の身体は、
唾液と胃液を吐き出すのが精一杯だった。
母は父と離婚し、数年くらいたってから、
こうやって誰かれ構わず男の人と身体を重ねた。
まるで慰めて欲しいと言っているように。
そうやって自分の身体を自分で壊していくのだ。
自分の身体の快楽と快感を覚えた母は、
それを毎晩行うようになった。
私は、隣でそれが終わるまでじっと耐える。
こうして私の一日はおわる。
***************
そうして、次の日。
私は、母の帰りが遅いと知り、また外へと
飛びたした。
あの公園へ向かう。
男の子がいると信じて。
ろくな体力もないくせに、走る。
早く会いたくて。
早くあのキラキラした笑顔が見たくて。
私は公園へ急いだ。
***************
「あっやっときてくれたっ」
男の子はそういうと、私に近づいた。
「待ってたんだっ早く遊ぼうよっ」
男の子は私の手を引いた。
私は、何故かとてもどきどきした。
ブランコに乗りながら、話をした。
男の子はどうやら私と同じ歳だった。
小学校という場所に行っていて、今は夏休みという長い休みなのだそうだ。
「僕と同い歳?じゃあ、一緒の五年生だねっ」
男の子はキラキラと笑った。
「どこの小学校なの?」
と聞かれ、
「 学校はいってないよ。」
と、素直に応えてしまった。
驚かれた。
どうして、と問われ、かあさんが行くなって
いうんだ。とは流石に言えず、
お金がないんだぁ、とだけ応えた。
それから、男の子はたくさんの話をしてくれた。
学校での出来事や、男の子の家の母親や父親の事、それは私の知らない事なかりで、
聞くのが惜しいくらいに胸がどきどきした。
凄く、楽しかった。
夢のような時間だった。
だが、もう時間だ。
「もう、帰るね」
私は、男の子にそういうと、男の子が
「じゃあ、僕も帰る。途中まで一緒に帰ろうっ」
そういって、私の手をとった。
男の子の手は、ほんわかと暖かかった。
「あったかい、ね」
思わず口に出してしまった。
「ん?なにが?」
「えっと、その・・・」
「うん?」
「手、が・・・あったかい、なって」
私は自分で顔の体温が一気に上がったのを感じた。男の子は、ほんわかと笑って
「そうかなぁ?そんなことはじめていわれたっ」
と、照れた。
「あ、そういえば」
男の子は思い出したように言った。
「きみ、名前は?」
「え・・・?」
「だから、名前だよっ」
「・・・?」
「名前、なんていうの?」
そういえば、どちらとも名前を言ってなかった。それほど遊ぶのが楽しかったという事だろう。お互いを呼ぶ時、「あなた」「きみ」
と呼び合ってあたのだ。
「え、えっと、あ、えっと、」
「うん?」
「あ、雨夢・・・」
「あむちゃん?」
「う、うん。」
「そっかっいい名前だねっ」
男の子はにこっとほがらかに笑った。
「あなたは・・・?」
「ん?」
「あなたの、名前」
「あ、ごめんごめんっいてなかったねっ
僕はね、ゆう。優しいって漢字の優だよっ」
優は申し訳なさそうに言った。
「優?」
私はもう一度確かめるように呼んだ。
「なあに?」
彼は、優は、優しい笑顔で応えた。
「あ、明日も、あえる・・・?」
私は、無理な事を自分で言ってしまった。
「もちろんっ!またあの公園で待ってるねっ」
優はそういうと、再びキラキラとした笑顔で
笑った。
私は、嬉しい気持ちと、悲しい気持ちで、
なんだか涙が出そうだった。
***************
がちゃり。
ゆっくりと扉を開ける。
そして、そっと閉める。
足下を見ると、母の靴はなかった。
帰ってきていないようだった。
急いで前と同じように服を着替え、今度は
忘れる事なく風呂に湯をいれた。
「よかった・・・」
ふぅ、とため息をついた。
前のようにまたポットの湯をかけられでもしたら、今度こそ死んでしまう。
私は、母が帰ってくるまで、寝室で眠る事にした。
疲れていたのか、思いのほか眠れそうだった。
寝ようと布団に潜り混んだ瞬間、
がちゃっ!
乱暴に部屋のドアが開けられた。
私は飛び起きた。
ドアの方を見ると、そこには母が立っていた。
・・・怖い。今日はなにをされるのだろうか。
「おかえり、なさい、かあさん。お風呂、
すぐに溜まると思うから、今から入っても、大丈夫だよ」
私は、恐怖を隠しながら母を促すように言った。
「・・・・・・」
「かあ、さん・・・?」
母がいっこうに動くそぶりを見せない。
「どうか、したの・・・?」
私は、なにをされるかわからないのに、母に近づこうとした。すると、
「・・・雨夢」
母は私の名を呼んだ。
その声は恐ろしい程低く、一度も聞いたことのない声だった。
背筋が、凍った。
「 ・・・来なさい 」
母はぎろりと私を睨むと、リビングの方へと向かった。
私は言われた通りにリビングへと向かおうとする。
だが、足がすくむ。・・・怖い。
あんな母は初めてだ。いつもよりも酷い事を
されるかもしれない。
しかし、今行かなければそれ以上の事をされるかもしれない。
だから、私は、震える足を無理矢理動かして、リビングへと向かう。
ああ、今日も私は、生きられるだろうか。
続く。
お読みいただきありがとうございました。
後編の方はゆっくり書いていくつもりです。
拙い文章で読みにくかったと思われます。
申し訳ありません。
始めてこの様な話を書いたため、どのような
表現してよいかわからず、不自然なところも
あったと思われます。
そういうところも、どうかご指摘などあれば
お願いいたします。
では、後編か、また違う作品で。