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砂漠のばら。




title:《砂漠のばら。》







「……ダメだな。中が腐ってる。外側は綺麗なのに」




陽の高い正午、

真ん中にナイフを入れた桃を前に呟いた。

白い皿に転がった薄紅の皮の果肉は外見に違い傷んでいた。


「お~う残念…お腹はすっかりぴっちぴちピーチ☆スタンバイエブリディ(?)OKの気分だったのに(-_-)」


と諦めてゴミ箱に放る。




たったそれだけの出来事だったのに。

昼間自分の言った台詞が頭から離れない。



『中が腐ってる。外側は綺麗なのに』

『中が腐ってる。外側は綺麗なのに』

『中が腐ってる。外側は綺麗なのに』



暗い部屋のベッドで何度も寝返りを打つ。

その度にリフレインされる言葉。

見えない罠にでも嵌ったかのように。

思わず出た舌打ちを静かな夜は密かに笑い飛ばす。

夢うつつの薄目に映ったカーテンを引き忘れた窓に掛かる月は

白かった。



妙に蒸し暑く寝苦しい。



アタシはその呪いの言葉を引き摺ったまま眠りに落ちて行った。



























































寒い。

冷たい。


そんな感覚だけがぼんやり辛うじて働くぐらいで半分眠っていた。

行き着いた先は闇の底。

完全な闇、無欠の静寂。

何も形あるものは見えず自分の呼吸の音もしない。

それどころか自分さえ本当に存在しているのか疑わしい。

底に沈んだ意識の欠片はそのまま「存在」を放棄して完全な闇に溶けようとする。


漆黒の中、途切れそうになる感覚のままでいるとオレンジの丸い灯りがたわんで揺れてゆっくり近づいてきた。


しゃらん、

しゃらん


と鳴る硝子みたいな繊細で涼やかな音を伴って。



音の響きも光も段々大きくなる。


それはアタシの前でぴたりと止まった。


光がゆらりと掲げられアタシを照らし出すと同時に向こうの正体も浮かび上がる。

アタシを見下ろしていたのはぼろぼろの白いTシャツに破れたジーンズ姿の死神。

金糸の髪が光を反射して輝いていた。

いつも最高に小汚く凄絶に綺麗な死神は「見つけた」と言わんばかりに薄く微笑んだ。

たまに出会う彼は今日は銀の大きな鎌の他に揺らぐ紺色の炎のランプも手にしていた。

アタシの前に死神が屈むと涼やかな音が鳴った。

その音は死神の持つ大鎌の刃の根元から伸びている鎖が擦れる音だった。

鎖の先はアタシの足首に繋がっている。

アタシの足首には鉄の枷が嵌められそれと死神の持つ大鎌とは鎖で繋がっていた。

彼はそれを辿ってアタシを迎えにきたようだ。

黙したまま丸まって座り込んだアタシを立たせ、

自分の持っていた幌のついた濃紺の硝子ランプをアタシの右手に握らせた。

そして小さく可笑しそうに笑って空いた手を伸ばしアタシの左手を掴む。

そのまま手を繋いで暗闇を歩き出した。



闇がアタシの持つランプの光から逃げていく。



恐れ慄き道を開ける闇の間を鎖の音を響かせて進む。





「出口だ」




死神の声が耳元で聞こえた。


途端、視界を覆っていた暗闇がばさりと音を立てて翻った。

背中には黒いマントを纏った死神がいた。

アタシが出てきた所は死神のマントの内側だった。

あの闇と死神のマントがどう繋がっているのかは謎だが聞いてもどうせ答えをはぐらかすだけだ。

謎は謎のままにしておく。

かわりに胡乱な目を向けた。



「……おいコラ。美少女誘拐略取(←?)の疑いで逮捕するぞこの似非死神が(ーー゛)」



「夜の歪みから見つけてやったのに相変わらず冷たいなっ……って死神じゃないって何度言ったら分かってくれるんだこの物覚えのセンスが壊滅的な言霊使いが」



「「………」」(お互い呆れてる)



こいつは自分を死神ではないと言い張る。

それが正しいにしろ黒マントに大鎌に鎖などというデスノートでも避けて通るような(デスノート一巻しか呼んだことないけど)明らかな死神コスプレで現れる以上、

呼ばれることを期待している恥ずかしがり屋だとしか受け取れない。

デュークを見習えあのギョロ目を。

あれ位捻った死神ルックで登場してみさらせと助言をしてやりたいがそこまでする義理も無いのであえて「死神さん☆」と呼んでいる。



アタシの眼下に広がっていたのは砂漠だった。



無限に広がる夜の砂の王国。

生き物が棲めない不毛の世界。



異常に青白い月が砂のひだに陰影を与えている。

それが地平線まで続きひっそりと静まり返っている。

青白く染まった砂の世界は粛々としていた。

空には圧倒されるぐらいの星々。

何の意図も介さない自然の造形は空恐ろしくなるぐらい綺麗で雄大すぎた。


それを死神と二人で見下ろす。



乾いた風が吹いた。



「元気そうだな」



死神は砂漠に目を向けたまま無表情で言った。



「元気だよ」



答えたアタシに一瞥くれてまた砂に視線を戻した。



「元気そうだ。そう見える。だけど『外側は綺麗なのに中が腐ってる』ことがあるのはお前も知ってるはずだ」



「………」



淡々とした言葉にアタシは目を眇めたが死神は気にする素振りは無く続ける。



「生態系が確立した湖が突然一夜で植物も生えない死の場所と化した。一片の植物の欠片も無く一滴の水でさえも、もはや存在しない。水も命も何も無い。あるのは殺伐と荒涼だけだ」



死神は厳しい目を向けた。

きつい風に髪の毛は流され砂は舞い上がったが死神の言葉は余すところ無くしっかりと耳に届く。



「ここはお前と共に歩み育った世界だ。自分を映す鏡のような場所。生れ落ちた瞬間から同じく存在し生き続けている。『外』の影響は『内』も等しく受けるのが道理。悪くすれば柔らかい内側の方が傷んでくる。 お前の内側は、……この有様だ」



アタシの内側は、




全てが干からびた砂漠。




これほどまでに状況に似つかわしいとは自分のイマジネーションが乏しすぎていっそ笑える。


しゃがんで掴むと砂は冷たくさらさらというよりするするした感触で下に落ち砂地の一部に戻る。




「自分を映す鏡か。砂漠とは確かにこれほど的確な状態も無いなあ」



感慨深げに言ったアタシを死神は月光に青白く晒された顔で眺めた。




「その内にアタシはこの砂漠に一滴の涙をも落とせなくなるかもしれない。乾ききって涙も出なくなる。……そういう病気だ」



死神は無言でいたが涙が出なくなるということがどういうことか分かっているらしい。

眼球に傷がついたり病気になったりという厄介な弊害は最もだ。


それに、


泣くという行為は浄化作用。

怒りでも悲しみでも喜びでも涙が出るのは自分の感情の発露で溜まった澱のような思いや押さえきれない痛さや弾けそうな嬉しさの興奮を適度に流してくれる。



人が持つ優しい癒やしと浄化の手段。



それが使えなくなるということは色んなものが溜まっていく一方だという事。

殊に多くのものに当てられやすい体質のアタシとしては身体の解毒作用が無くなるのも同じ。



死神は目を細めて首を傾げた。




「…別にお前滅多に泣かないじゃん。か弱い乙女と言うわけでは無かろうに(-_-)」



「ド阿呆!!!このイカレ死神が!!!泣かないのと泣けないのでは意味が違うわ!!!言うに事欠いてそれか?!しかもこの世界のか弱き乙女☆守ってあげたくなる婦女子代表のアタシを根底から否定する発言は世界中のあちきの王子様を敵に回したと思え!!」



「………スミマセンでした」



真夜中の砂漠の天辺で怒る言霊使いと平に頭を下げる死神の図。

永遠に続くような砂丘を真ん中に、なんて矮小な二人組みなんだろうと思うが根がお笑いなもんでこれは避けられない展開なのかもしれないと溜息をつく。



会話が途切れた。

風が雲を流して満天の星の姿を隠さない。

見上げた空は相変わらず圧倒されるような星の数だ。






「泣けなく、なったらどうすればいい?」




思いの他、静謐な夜に切実にアタシの声は響いた。

死神は隣に立って乾いた風に羽織った外套をはためかせたままで答えはない。

誰も答えてくれない。



代わりに死神は何かをアタシの足元に落とした。

手のひらに乗る小さなカタマリ。

この砂と同じ色の花の形の結晶。



「『砂漠の薔薇』だ。砂嵐が過ぎ去った後に時々不思議と現れたりする地中の花」



「知ってる。石膏や重晶石の結晶でしょう?」



小さなカタマリは手の上でコロンと転がった。

少し楽しくなって、死神を見上げて思わず笑う。




「砂漠にも生れるものがあるじゃないか。掘ったらその内この砂漠から石油が出るかもよ?」



「……かもな。この先ここがどうなるかはまだ分からない」



死神はアタシの言葉を馬鹿馬鹿しく思ったのか肩を竦めた。

でも瞳を伏せて作り物のような睫毛を月光に透かして案外悪くない顔で静かに笑った。



「え~石油が出たらどうしよう☆豪邸プールつき!!メイドつき!!イケメン執事つき!!」




願望丸出しの台詞を吐いてアタシは砂地に寝転がる。

「馬鹿言ってないでもう眠れ」と死神は仰向けて星と対峙しているアタシの瞳の上に手を乗せてその視界を遮った。



「これは夢じゃないのか?」



冷やりとする死神の手を瞼に感じながら素朴な疑問を問うと、



「夢だ。夢という事にしておけ」



随分といい加減な答えが返ってきた。




「夢という事にしておかなければお前のいる場所が今より住みにくいものになるからな」




最後に聞いたのは死神のそんな苦笑交じりの台詞だった。

確か。(うろ覚えかよ)








朝、まだ日が昇って間もない頃に目が覚めた。

アタシが目覚めた場所は紛れも無くスヌーピーのヌイグルミがあって「しろくまちゃんのぱんけーき」の絵本が飾ってある自分の部屋で間違っても夜でも砂丘でも無かった。


ただ床にお見舞いで貰った赤い薔薇の花びらが一枚落ちていた。

それを無言で拾い上げる。




夢というものは本当に不思議だ。



夢でしか会えない人夢でしかいけない場所。


そんなものが無数に存在するのはアタシの中で真実でどれもが軽んじられるものではない。

人はたくさんの世界を同時に生きている。










『中が腐ってる。外側は綺麗なのに』



この呪いの言葉は解けた、ハズだった。




あれ、何だか頭痛い…ていうか歯が…痛い……???(-_-?)

寝起き一番の鈍い頭で左頬の異変を感じ取る。

その後駆け込んだ歯医者さんで、


「あ~これ、この歯外側綺麗に見えるけど内側相当酷いね!!神経、死んでるんじゃない?」


「えっ?!あっあの…頭痛もするんですけど…関係ありますか?」


「多分そこの死んでる歯が腐ってきてその影響で頭痛がするんと違うかな」


と言われ恐れおののくアタシに「はいじゃあ処置します~」と無情にも宣告。

にっげぇ麻酔を三本打たれるわ、ぐりぐりがりがりごりごり歯を削られ神経を根こそぎ抜かれて血みどろ状態。

仮歯を詰められて二時間何も食べられず。

おまけに麻酔が切れたらもんどりうつぐらいの痛さで痛み止めも効きやしない。

歯茎は内出血で未だに疼く左上の歯。

来週もそのまた次の週も歯医者ライフは続く続く……。(>_<)

うえ~~~ん!!!!!




これ…??これの事なの死神さん…???(@_@;)

お言葉どおり中は腐っていました…。。。。。

しっかり呪われていた言霊使いなのでした。



………ってこんなオチかよ!!!!


いてーよ!!!歯!!!!(良家の子女にあるまじき発言)






2×××年/8月25日/夢の中の砂漠のばらを握りしめて。







































祖母は私と同じ持病があった。

自分の免疫が正常な細胞や組織を過剰に攻撃して起こる自己免疫疾患のひとつで、

唾液や涙が出なくなったり多臓器が炎症を起こす地味に辛い病気だ。

口の中は唾液に守られていてそれが減れば虫歯も増える。

今は良い薬が出来て楽になったが、当時祖母も悩まされていたらしい。

持病が原因で仕事も一度退職している。

そんなとこも私と似ていた。

私は今空き家になっていた祖母の家で静養中だ。

精神と身体を休めるためにひとりここにいる。

だからこんな真っ昼間から納戸にあった祖母の日記を引っ張り出してきて読み耽ることができる。




「…私の内側も、砂漠なんやろか…死神さん…」



小さく問いかけると金髪碧眼の意地悪な死神の小さな笑い声が耳元とで聞こえた気がした。


『死神さん』の話はよく幼い頃に祖母に聞いていた。

祖母は時々『彼女にしか見えない人々』の話をしてくれた。

その中でも童話やお伽話の中の登場人物、というより親戚の兄ちゃんぐらいの一番の気安さで語られていたのが死神の彼だ。


これからどんどん祖母の不思議な知り合いがこの日記の中に出てくるのだろうか。

だとしたら私には祖母の『知り合い』で会いたい人がたくさんいる。



近所の神社のお洒落なお狐様や人間が好きな変わり者の海の神様のワダツミ、その恋人の天真爛漫な椿の姫君…

みんなみんな祖母に話に出てきた人外だ。



それから、そうこの家の納戸に住んでいるという『境界の守人』……。








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