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光と闇と死神と。




title:《光と闇と死神と。》









じりじりと右手だけが焼け付く。



「……焦げる……(-_-;)っつか溶けるっつーの!!あちきの雪よりも白く陶器よりも滑らかだと謳われた肌が…(誇大妄想)やはり保険はかけておくべきだった…」



正午の日差しに晒された白い腕は熱いというよりひりついて痛い。

アタシは腕を寝転がっている芝生に広がるクスノキの影にのろのろと引っ込めた。



夏至も間近な休日。

晴天夏日の県立図書館は賑やかだ。

青々と茂る緑から木漏れ日が揺れるセイヨウカエデの並木道は学生や近所に住むであろうおじさん、

少年達が行き交う。

埋蔵文化センターも美術館も敷地内に存在し、

池も保有する自然が身近に感じられるここは休日を過ごすのにもってこいの場所らしい。



図書館内の大理石のホールも二階の一般開架も読書を楽しみに来る人や借りに来る人々で溢れていた。平日は静粛で暗く、女性の銅像が厳かに立っている館内は今日は子供たちの笑い声が響く。

人が多く賑やかな休日は本たちも浮き立つのか書架の間はざわざわ落ち着かない。

でも決して嫌ではない気配が漂っていた。


本というのはそのひとつひとつが固有の世界を持っていて開けばたちまちその場所へアタシを招き入れる。

ロンドンの殺人現場から夜の社交界、中世ヨーロッパから江戸時代、ニューヨークからアフリカ、どこかに存在する王国までその世界は本の数だけあるのだ。

図書はその世界を有したまま封印されたように行儀よく規則正しく並べられている。

すべての表紙が別世界の入り口で彼らは淡々と表紙を開いて訪れる人を待ってる。



図書館は世界の羅列。



利用者はその世界を旅する事を許された者。

貸し出しカードという魔法のカードさえあれば無限の異世界を行き来出来る。

アタシは混んでいる書架を回り幾つかピンクの籠に入れた。


「さよならスナフキン」

「リトルバイリトル」

「にほんのかわいいおまもり」

「ケルト妖精学」

「地蔵入門」


あんだこのラインアップは?!(@_@;)

いやいや読みたかったものですよ全部。

の割には衝動買いした「強運の持ち主」と「蒼いみち」の方を先に開けてますが……積読大得意♪

(そんな得意技しか持ち合わせていない22歳…)



人が多いと本を探して借りるだけで体力を使う。

怒涛のような館内から抜け出してアタシは安息の地を求めて広場に来た。

ここは木のベンチがあり緑の芝生が絨毯の様に敷かれている。

テラコッタに植えられた様々な花や見ごろも終わるツツジが咲き誇っていた。

アタシはそんなピクニック連れで賑わう広場のクスノキの影で一休みしていた。

芝生の絨毯は思いのほか背中に柔らかい。

ごろごろ転がると綿のワンピースに青い葉がくっつく。

ジーパンやワンピースについた葉っぱをはたいてクスノキの根元に座りなおした。

風が通り抜けさわさわ揺れる木陰は気持ちが良い。

髪を僅かに持ち上げ優しく流していく。

幹にもたれて暗い影の中から見つめる光の芝生は眩しく、

七色の紙風船で遊ぶ親子やお弁当を広げている家族達の姿が妙に浮き上がって見え、

目が眩み思わず目を細めた。



風が吹く。



焼け付く光の世界と

アタシが沈む闇の影の世界。



アタシだけが初夏の陽射しの洗礼を避け対極の場所に存在している傍観者。

光のテリトリーからはみ出した1人だけ異質で孤独だ。

光と影の境界は明確で綺麗に断裁されている。

多分いつものアタシなら向こう側にいるだろう。

でも今日は引きずってる怠惰とメランコリックがいつものアタシの対極の闇に押し留める。



見上げるとアタシの頭上には茂る葉の深い暗い緑とその向こうに底の無い空の蒼さが広がっていた。

蒼い空には白い半月が顔を出している。

真昼の月。

何だか不思議だった。

今日は対極のものがそれぞれ正反対の場所に混在している。

世界が正反対で構成されていることがいやに意識される日だ。


青い空に月。


光の真ん中に広がる木陰。


影に潜む陽気なアタシ。


陰陽の対極図に表される世界観はあながち間違いでは無いのかもしれないなどと散漫に考える。

クスノキが作り出す木陰から、

楽しそうな笑い声が響いている太陽の保護下にある光景を眺め、手持ち無沙汰に砂時計をいじった。

この砂時計は祖母のキッチンに置いてあったのをパクっ……いや譲り受けたものだ。(-_-)


三分計りの小さな砂時計。


それを手のひらに乗せて光の世界へ少し腕を出す。


今日は正反対のものが対極にあるその輪郭が目立つ日。


本来光の中にいるアタシがここに座っているなら、

本来「ここ」にいる「やつ」はどこにいるのか。



「………」



アタシは興味本位で光の外に出した砂時計をゆっくりとひっくり返した。


同時にぐわん、と世界が反転した感覚。


光の世界が迫ってきて、遊んでいる子どもたちの声が反響する。

立ちくらみのように目の前が白黒で収縮しその鮮烈さに顰めた。

そうして目の前で光の世界は再構成される。

アタシはそれを闇の中から呆然と見ていた。

出来上がった光の世界は何も変わらなかった。相変わらず子供たちは芝生を走り回り、お弁当を食べ終えた家族たちは思い思いにくつろいでいてアタシはそれを眺めてる。

ただ、少し違うのは、

眼前のクスノキの影と光の境界に淡い陽炎が立っていた。


暗い中から明るいところを見すぎたせいで目が疲れただけかもしれない、と納得させようとしたがそれはみるみる空間に浮かぶ黒い染みとなって広がった。




そこに「いた」のはのどかな休日にはそぐわない黒いいでたちの人型。




やはり光とは正反対の性質のモノ。陽の下のそれは広場から浮いて見えた。


ぼろぼろの白いTシャツ。

薄汚れて穴が開き糸が出ているダメージジーンズからは右膝が見える。

手には大きな鎌がきつい陽射しを反射して銀に光る。

しかも裸足、だ。

黒い暗幕のような布を金糸の髪から被り身体に纏っていた。


「よう」


彼は薄い唇を片方上げてにぃっと笑う。

アタシは暗闇で目を丸くした。


「…死神だ……」


「ご挨拶だな~」


台詞とは反対に楽しそうに彼は蒼い空の下のその場に胡坐をかいてアタシと目線を合わせた。

彼と会うのは実は初めてじゃない。

過去に何度か遭遇している。

……恐ろしく綺麗でその綺麗さは確実に人間ではありえない事を示唆していたがなかなかどうしてふざけた兄ちゃんだ。

「俺見て不細工になるのはやめてくれない?」とけたけた笑うがこんな人外に馴れ馴れしくされても嬉しくないわい(@_@;)



「何で死神がそこにいるんだよ…太陽の下の黒マントは似合わん。微妙に爽やかで似合わん(ーー゛)」


「何でって…お前が『そっち』にいるからだろ。だから俺はここに現れざるをえない」


死神は当然のことを聞くな、と言わんばかりに唇を尖らせる。




………今日は正反対のものが正反対の場所に現れる日、アタシの「反対」はコイツか…?まあ顔の造作のレベルで言ったら見事に反対だろうよ!!!十人並み代表だかんなアタシは!!くそ!!<(`^´)>





「………死神だもんなー。。。」


アタシは影の中で同じように胡坐をかいて溜息をついた。

それに死神は無表情で説明し出した。

「……何度も言ってるが死神という訳じゃない。死というのは生と同義語だ。生きているその瞬間瞬間全ては死に近づいている。死への現在進行形だからな。ただお前の『反対』だというのならそれは間違いではないのかもしれない。いうなれば俺はお前の内側だ。外界からは悟ることのできない存在。闇から光は見つけられても光の中から闇の底を見透かすことは難しい」



死神は淡々と話す。



以前、いずれはやってくる死というものに多大な恐れを抱いて強張った幼いアタシを諭したのと同じ調子で。

彼はあの時「むやみに怖がる事ではない。死は自分の内側から来るんだ」といった。

穏やかに内側の扉が開かれて今まで「生」だけだった自身の中の「部屋が広くなる」。

扉を開けて部屋同士が交わったときに境界から解放されることなんだと。

しかし「生きている」アタシたちは外からでしかそれが見えないから偏った印象しか持ち得ないのだと。

言っている事がよく分からないと答えたアタシに彼は「焦らなくてもその時が来たら分かる。楽しみは取っておけ」と優しく笑った。


今でもよく分からないがそれでいいのだと思っている。



アタシはふと思って訊いてみた。


「つーかさ、死神」


「……だから死神じゃないって」


「(↑無視)死神はアタシが時々遭遇する不思議なのと少し違う。あんたは『喋る』な。他はどれもそういうことはないのに」


そうなのだ。

アタシが見たり感じたりする奇異な出来事でもこいつの存在は特別だ。

一番不思議な事は会話ができる事。

問えば答えが返ってくる。




死神は一度ゆっくり瞬きをして動きを止めた。


「………それは俺が完璧にお前の内側から作られているからだ。お前がやっている『世界を使った遊び』で垣間見れる連中とは決定的に違う所がある」


「あ?どこがさ」


訊いたアタシに彼は薄く笑って持っていた鎌を掲げて見せた。刃の根元に黒光りする頑丈な鎖がはめられていた。さっきは気が付かなかったがそれは意外にもにも長く続き、たわんで揺れる鎖の先を辿ると、芝生を掠り、白い足首に行き着いた。


白い足首には枷が嵌められ鎖は死神の持つ大鎌と繋がっている。





「……?」




理解するのに時間がかかったが、分かるとそれに戦慄した。




枷の嵌められた足首。



それは、

紛れも無いアタシの足首だ。



アタシと死神は繋がっている。

「内側」とはそういうことだ。

内側が有れば外側があり面は違っても繋がっているのが事実。



だけど世界を使った遊びで垣間見れる生き物や事象は歪みを探してそこから覗くだけで瞬間的に重なる事はあっても交わる事は決してない。

世界の原則的にそれはできないのだ。だから繋がりを持つ事はできない。



「俺がお前の内側なら、お前は俺の内側だ。そういうことだよ。表裏一体は当たり前だろう?」



死神の声は心地よく鼓膜を叩く。


アタシとコイツは繋がっている。


「内側」「外側」


昼が夜に繋がっているように。

生と死が繋がっているように。


それと同じ事なのか。


アタシは自分の鎖が繋がった足首を見た。

鎖は触れると随分と重い感触で冷たい。ぴたりと指に吸い付くような質感。

アタシの内側。

アタシの制御範囲。


なら、


「……どうせ繋がれるなら赤い糸にしてくれ」


不遜に笑って鎖をつついてやった。

途端に鎖は色を変える。

鮮やかで明るい赤い毛糸に。

こういうのは要は自身の気合だ。

イメージを決定する司令塔はアタシ自身。

その気になれば自由にある程度変えられる。




「……『見方』を覚えたな。大した性格になったもんだな」



死神は苦笑した。



「伊達に22年生きていないだろ」


「……そういう技ばっか達者になっていくなお前」


「確かに社会の役には全くたたないけどね」


「喜べ。役に立つ能力しか持っちゃいけない法律はない」


彼は不似合いな光の中で肩を竦め空を見上げた。


「時間だな」


ぽい、と砂が落ちきりそうな砂時計を投げて寄越し、

アタシの頭に手のひらを置いてそれを支えにして立ち上がった。

アタシは反動で芝生に沈みこむ。


「じゃあな。言霊使い」


耳元で軽く挨拶を囁いて彼はアタシの頭から手を退け後ろへ歩いていく。

文句を言おうと死神が歩いていったクスノキの幹を振り返ると既に姿は無かった。


「……三分だけなんてウルトラマンかよアンタは(-_-)」


小さな呟きは太陽の下でボール遊びをする子どものはしゃぎ声に消されてどこにも届かなかった。




徐々に雲が出て太陽の光が遮られてきた。



影と光の境界が徐々に曖昧になっていく。

彼が言った「時間だ」とはこのことか。

正反対の輪郭が浮き出るときの終わりが来たのだ。


余韻を消し去るかのように風が一陣吹き抜けた。

奴の気配も彼方へ流れ葉が揺れる音が響く。


奴はふとした時に現れて初めから無かったかのように姿をくらます。

不思議な現象のような存在だ。


また忘れた頃に出会えるだろう。



アタシも芝生の絨毯に立ち上がった。


そして一歩、光の世界に踏み出す。



奴はクスノキよりももっと向こう側にある闇の底へ。

アタシは光が射すセイヨウカエデの並木道の方角へ。



「まぁ、どこにいても繋がってるんだけどね。地球も丸いんだから(?)どっかで擦れ違うだろ」




アタシは砂時計を手のひらに握り締めたまま歩き出した。







死神と繋がる枷を嵌めたその足で軽やかに。











2×××年/6月7日/焦げ付く陽射しと沈む闇の狭間で。




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