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蔓草の鳥籠。


title:《蔓草の鳥籠。》







「………つ、か、れた……」




口から小さく喘ぐ様に零れ出た言葉。


自分の声とは信じがたいぐらいにか細く壊れやすいフォルムを持った音だった。


握っていたスーツの上着が手のひらから滑り落ちる。

アタシがたおやかな蔓と小さな黄色い花模様のベッドに沈み込んだのと同時に。

傾きかけた紅茶色の午後の日差しがやわやわアタシの肢体を照らした。





今日は新しいお仕事の面接。

えらく気に入られて4時間も話をして帰途についた。

仕事仲間になる上司はとてもいい人のよう(……しかしあだ名は「曲者」。さすが口先三寸がお仕事の営業さん)だし仕事もやりやすそう。

「ほぼ君に決まりですし是非一緒に仕事がしたい」と言ってもらえるのは大変嬉しい事なのだが……。

かなり唸って悩むアタシがいる。

仕事がやりやすいのはいい。遣り甲斐はあり責任も大きい。

だが休みが実質ほとんど無い。

一応日曜祝日は休みになっているのだが実情を聞くところによると日曜もサービス残業はザラ。

しかも就業時間以降上司はいつも仕事をしているらしく午前様。

もし働くならアタシと二人しかいない事務所でアタシ一人先に帰るわけにも行かない。

しかも金沢までの新人研修は仕方が無いが年三回全国どこかで全体会議という名の出張。

新人は出し物を強制的にやらされる。

ノルマもあるし営業成績が事務局別に出てかなり厳しい。



………あの……アタシ、パートに応募したんですが……???時給ですよ…?(-_-)



………溜息が出た。

余裕がなくなるとアタシは夢を見る事ができなくなる。

空想も想像も白昼夢も全て亡くして現実に終始すればいずれ、


壊れる。



アタシは「現実」を生きている時間が人より少ない。

側からはぼぉっとしているように見えるらしいがそんな時アタシは別の場所で別のものを見て別の世界に存在している。

それは逃避なのかもしれないし、

現実を見つめなおす為の作業かもしれない。


だが物心ついたときからそうだった。

この「現実」を足掛かりにして違う空気や温度の場所へ飛んでいってしまう。

飛ぶというよりすっぽりとはまってしまう、といった方が感覚として近いのかもしれない。

別の場所の歪みの扉を知らない内にくぐり抜けその場所に浸ってしまう。



自分の足場が定まっていないのだ。

世界の間をふらふら漂ってる。


生きてきた年数は20そこそこだが多少自分のことについては見えてきた。


これはもう性質だ。


もしくは生まれながらに背負っているものなのかもしれない。

宿命とでも呼ぼうか。


ひとつの現実に固執して踏ん張っていると息苦しくなる。

まだ制服を着ていた少女の頃、

自分の視界をこの「現実」でいっぱいにするのを試みた事があるがその反動は大きかった。



覚醒時間が短くなるのだ。


無理をしたストレスや疲弊を癒すかのようにこんこんと眠り続ける。

眠り姫さながらただ静かにずっと。



ずっとずっと。









その時、現実世界から抜け出したアタシは「彼ら」の中にいた。


彼らは蔓のような植物でアタシの周りを取り囲みアタシを中心においたままどんどん編みあがっていく。

その鳥籠みたいな空間はアタシを守るためのシェルターだ。

植物の柔らかい黄緑の蔓が幾重にも折り重なった明るくたおやかな場所は、

外界からの干渉をやんわりとでも確実に遮断してアタシに必要な安らぎと癒しだけを与える場所。

しなやかな蔓の鳥籠の中に横になり光射すそのドームのような天上を仰ぎ見た。


蔓は呼吸するみたいな感覚で淡く輝く。

アタシは安心して目を閉じた。

頬をくっつけると彼らの息遣いが聞こえる気がした。


このものは何処から来たのだろう。

癒すだけのための場所を作り中にいるアタシを全てのものから守る彼ら。

人間が人間であるように動物が動物であるように

彼らはこういう習性性質を持った生き物なのかもしれない。

守り癒すことが使命の存在。

もともと植物というものにはそういう力がある。

というより人間に対してそういう効果があるといった方が正しいのかもしれない。

葉や花に触れその色やつぼみを瞳に映すだけで心が和む。

癒される理由は植物が酸素を排出するからだとか色々あるだろうがアタシは植物は始まりだからだと思う。

そして終わりだからだ。


食物連鎖の。

この世界の鎖の始まりと終わり。

これから続き伸び行く連鎖の鎖の一番根底で生命を漲らせている性質と全てが土に返りその終わりの静かな安息の性質を直接吸い上げる植物。

両方持っていてそれが人間に安らぎと力の充足を与える気がする。


そう考えると始まりと終わりは繋がっていてそして両方必要なのだとよく分かる。


あの頃、

蔓の鳥籠に抱かれて制服少女のアタシはゆっくり時間をかけて自らの精神の綻びを癒したのだ。




それからもうそうい性質の人間なのだと諦めた。

全て込みでそれはアタシなのだと。

個性の一つにむりくり入れちまえって事で。

つーか、個性ということにしておけと(-_-)




だからアタシは「言霊使い」なのだ。




世界の間をいったり来たりするアタシは居場所を定められない。

それゆえ自分自身今何処にいるのか混乱し、現実と想像の境界に悩む事態に陥る事もあるがそれを避けるために言霊の力に頼った。

言葉というのは不思議な力を持っていて不確かなものを確かなものにする。

アタシの頭の中だけからしか覗けない世界を言葉で記すことで形を与えこの現実にくくり付けることができる。

言葉の具現化はすごい。

形ができれば輪郭がはっきりし線引きができるのだ。

そしてもう「彼らは」ここに存在する。

この日記の中に。

今までは曖昧模糊としていた自分のポジションが明確になり、

自分が現実も別の世界も両方垣間見れるまぁ役得な宿命を持った者だと、そういう人間なのだと開き直ることが出来る。


だから書かずには、打たずには、そして別の世界を垣間見れずにはいられない。

それはアタシにとって空気を吸って吐くような心臓が脈打つような生命維持活動と等しい。



忙殺され現実に足枷をはめられると、そのままこの世界という檻の中でゆっくり死んでいくのだろう。

徐々に毒を含んで動けなくなるのも同じ。

空気が少しずつ薄くなっていくのと同じ。


アタシは現実での生活能力は低いお子様だな笑。




…………何にせよ少し疲れているみたいだ。

蔓と小さな黄色い花模様のベッドの上で無気力に瞬く。


「まだ、場所をくれる?」


昔のように。

彼らは守ってくれるのだろうか。


アタシは陽の当たる布団の上に小さく手を翳した。

それが合図のように、

蔓と小さな黄色い花模様が徐々に陰影を伴って浮き出てくる。

彼らは静かに動き出しアタシの周りを取り囲み始めた。



それに思わず小さく微笑む。

彼らは、優しい生き物だ。




暁にも似た夕焼けの陽を織り込んで黄金の鳥籠が編みあがっていく。


中心にアタシを抱き込んで。

懐かしく安息できるアタシの揺り籠。


少しの間でいい。

今だけでいい。




もう制服じゃないアタシはゆっくり瞼を閉じて揺り籠で眠った。







2×××年/5月29日/柔らかい緑の加護に包まれて。


























意外、だ。


日記の中には私の知らない祖母がいた。

随分と「お行儀の良い」言葉遣いに落ち着きのない言動。

若い時とはいえ、私の知っている楚々として優雅で何でも出来る祖母のこととは思えない。

アタシは思わず日記に向かって笑い出してしまった。


でも確かに祖母は「I miss you baby You`re my shinin`days~♪」とよく口ずさんでいたし、

人魚の話は「人魚の親子は南の海で楽しく暮らしました」というエンディングで子どものころから聞かされていたし、

若い時に職を転々とし、色々楽しんでいたとも聞いていた。



「ふらふらしてる言霊使い………お祖母ちゃんも私と一緒じゃん」


私の呟きは蝉の鳴き声の間に消えた。

私は座った日本間続きの縁側から空を仰ぐ。

夏雲に羊雲が混ざった空が庭に建つキウイ棚の蔓の隙間から見えた。


私はしばらく夏の終わりの空を見上げてから視線を日記に戻した。





















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