触れられない温度差。
title:《触れられない温度差。》
雨を車が跳ね上げる音で目が覚めた。
星の出ていない暁。
道路が近いアタシの部屋は暗い雨の朝未きの時間でもトラックの走行音や振動が伝わる。
目がじんじんする。
間抜けにもスタンドを点けっぱなしで眠りこけ、
その阿呆面を白熱灯の容赦ない光が長時間さんさんと照らしていたらしい。
顔暑いし。
肌ひりつくし。(-_-)
明らかお肌に悪い…
万年お子様自負してても肉体年齢もう角曲がっちゃってるのよ!!手遅れよ?!
余計乾燥しちゃうじゃないさ!
あちきのバカン…(@_@;)
喉が渇いて張り付きそうだ。
積み上げた本の間からミネラルウォーターの水色のボトルを発掘し水をひとくち含む。
「痛えーし…」
寝相がウルトラ悪いアタシは眠ると肩や腰が固まって痛くなる。
首を回しながら白いキャミソールの上にパーカーを羽織って起き出し、
フローリングにぺたりと座り込んだ。
ベランダに続く大窓のガラスに凭れる。
裸足が冷たいがかまいやしない。
柵を越えるときに落としたファーファを拾い上げ抱き込んで
(つーか羽交い絞めの勢いだぞおい)片膝を立てて座りなおす。
雨の静かな音がする。
部屋の中にまで雨の粒子が入り込んだかのようで地べたから見上げる空間は密やかだった。
ぼんやりと雨の音を聞き気配を目に映す。
密やかや静かは決して無音ではない。
寧ろその「静か」「密やか」という圧倒的に閉鎖された性質で他のものの気配や存在の上をいき、
その音で紛らわせたり身のうちに籠もらせたりする。
雨は強かだ。
アタシ1人だけが起き出して存在している暁の世界を禁忌とでもするかのように隠し、
雨はしめやかに降り続く。
片隅の一室の白いフローリングの上、怠惰に世界を見てる捻くれた天邪鬼娘は膝にファーファを乗せて窓に身体の向きを変えた。
窓に額と手のひらを貼り付けて外を眺める。
外のベランダは水溜まりみたいになっていた。
薄桃色のハナミズキは色を濃くして嬉しそうだが、
折角の休日も今日は一日雨に閉じ込められるな(-_-)
朝と夜のどちらでもなくどちらの性質も含んだ不思議な時間帯は、
世界が「ぶれる」感じがする。
歪みが浮かび上がって別の場所との境界が曖昧になる。
しかも加えて今日は全てを一緒くたに身のうちに抱き込んでしまう雨の日、だ。
アタシはおでこと手のひらをガラスにくっつけたままじっと視界を虚ろにぼやかした。
意識も一緒に広く浅く。
部屋の空気が雨の粒子で密になって
雨の音だけが聞こえていた。
暫くそうやってじっとガラスに映った自分を見ていると
煙った朝の光と雨が見せた幻か水滴だらけのガラスの中の自分の姿が砂が落ちるみたいにさらさらとゆっくり変化していく。
限りなく透明のガラスの向こう側に誰かいた。
向こう側からアタシと合わせる様に額をくっつけて。
手を貼り付けて。
単にアタシの姿が映っているのかもしれないし
別の誰かかもしれない。
世界を広く捉えるためにアタシと同じように目を虚ろにして胡坐を掻いてガラスに微かに映っている。
眼前の向こう側の瞳はアタシよりも強くて蒼く、滑らかな肌と鎖骨で肩幅が広い気がした。
ふ、と蒼みを帯びた瞳が穏やかに和らいだ。
アタシも苦笑する。
お互い額と手を硝子越しに合わせて微笑んだ。
同じだ。
この「遊び」を知っていて世界から少し浮いているアタシたち。
彼とアタシは同じポジションにいる。
同胞だ。
法則を少し越えている「遊び」をしているアタシと彼を雨が世界から隠してくれている。
違うのは、隔てているのは時間かもしれないし次元かもしれないし生死、かもしれない。
彼の居る世界とアタシが存在する世界はきっと「温度」が違うのだろう。
同じように存在しても世界の温度がアタシの所より上か下か、決して混ざり合わない場所の向こう側。
お互いが平行して在る世界。
温度の違う生き物は決して同じところには住めないのだ。
アタシの前に現れているひとは不思議な時間帯や全てを内包する雨の作用で屈折し、
硝子に映りこんだ幻だ。
向こうにとってもそれは同じ。
その「温度差」を埋めることは決して出来ない。
それでも硝子を挟んで合わせている額や手のひらが温かい…と
相手の体温が感じられるように錯覚する。
それが少し泣きたくなる。
手と額をガラスから離せばたちまち彼は消え失せるだろう。
何時までもこうはしていられない。
所詮はお互い実体などないのだ。
手を、離さなければならない。
「ごめん」と言おうとして思いとどまり歯を見せて笑ってやる。
するとさすが向こう側の「アタシ」。
したり顔で意地悪く笑って了承した。
額と手をしっかり合わせてゆっくり目を瞑る。
小さな声で「じゃあな」と言ってガラスから離れた。
次に目を開けたときにはガラスの向こう側はいつもの雨の景色だった。
静かな雨の音が響く。
こういう世界を使った「遊び」は割りと簡単に出来る。
時間帯や場所などの条件が揃い、そしてもう一つ。
覚醒していない頭であること。
言い換えると現実の枠を決めない頭であること。
現実を生きている時、普通では在りえない事や見えないものの存在は無いものとして脳は処理する。
それは当たり前で自己防衛の人間の機能。
その原則を少し外してやればいい。
寝起きや就寝中は頭が少し柔らかく世界の視界が広くなる。
アタシは物のはずみで一度原則から外れたことがあるから人より事象を受け入れやすいというだけのことだ。
つーか、冷たい地べたに座ってたからあちきのプリティーキュートなお尻が(黙れ)冷たくなっちゃったじゃないか…(-_-)
世界の宝の損失だっつーの!!!(意味不明)
ファーファを引っつかんでベッドに舞い戻る。
子どもはまだ夢の国でお菓子の家を噛み砕いてる時間だもんな。
お子様代表のアタシが就寝しないでどーする!!!
「世界ニヒリストお子様連盟の代表として寝るぞファーファよ」
白いクマと並んで羽根布団に包まりスタンドを消した。
今頃「アイツ」も二度寝している頃だろう。
静かな雨の音を聞いて。
2×××年/05月19日/静かな雨の降る暁時。