JEWEL FERRIS WHEEL。
title《JEWEL FERRIS WHEEL。》
『恋はするものじゃなく落ちるものだ』
これは名言だ。
否、名言というより真理を突いている。
だってアタシはあの日あの夜、街中の宝石のように光るビルの間でゆっくり回る大きな赤い観覧車の中で、
恋をしたのではなく恋に
「落ちた」
のだから。
帰りの利用客で混雑するプラットホームに並びながら軒の向こうに見えるライトアップされた観覧車を見て、「きれ~」と何気なく呟いた言葉。
それに何の他意も無く提案してくれた。
「あれ、乗ったら多分全部見えるよ。どうする?乗る?また今度にしとく?」
「乗る!!!」
一瞬、何を言われているのか分からず沈黙した後、理解するといっぱいの嬉しさで即答した。
ただ、あそこから夜景を見たらたくさんの光が、きっと綺麗だろうなという予測にわくわくして。
楽しみで。
週末の大阪駅前は人通りが激しい。
背が大きいわけでも体格が特別立派なわけでもないアタシはなかなか前に進めずぶつかりまくっていると頭一つ分以上背の高い彼は見かねて「こっち。持っとき」と腕を差し出してくれた。
その手に掴まってビルの屋上の赤く光る観覧車を目指す。
「『六歳以下のお子様は保護者の方と…』」
屋上のガラス張りの観覧車に続くエントランスで奴は電光掲示板の文字を読み上げ首を傾げてアタシの頭にぽん、と手を置く。
「……アタシは六歳のお子様じゃあないわ!!(-□-;)あんたどんだけ目が悪いねん!!」(←大人気なくも本気で怒るあちき…思わずツッコミもひねり無くシンプルだよ…)
奴が吹き出すのを聞き地団駄を踏んで券を購入し係りの人に手渡す。係員はそれを微笑ましそうに見て「いってらっしゃいませ」と開いたガラスドアの向こうにそびえていた赤い観覧車のゴンドラを開けてくれた。
カシャン。
扉を閉めた音が妙に個室に響いて、
何だか少し驚いた。
ゆっくり、でも確実に観覧車のゴンドラは夜の街中へ上って行く。
「きれ…」
思わず言葉が途切れる。
それほどに、窓に映った景色は美しかった。
大阪駅も彼方に映る大阪城も阪急もその他全部の高く低いビルディングは全てオレンジだか白だか何かしら光を発していて渋滞気味の道路を走る車たちは軌跡を残しつつ流れていく。
ビルのヘリポートのマークが照らされていたり赤い字のコカコーラの看板は映像を写していたり、ミニチュアの玩具みたいだ。
たくさんの光がごちゃごちゃしていて、そう
「宝石箱をひっくり返したかのような」
景色。
にぎやかな宝石箱の中に放り込まれたみたいだ。
しばらく二人ともその光を瞳いっぱいに映していた。
ふと「何か(ゴンドラが)傾いてない?」と隣に座ってた奴が言って向かいに移動する。「そうかな?」アタシが一瞬遅れて
奴が移った側の方へ移動すると、
グラッ…
「あはは!!今、絶対傾いたって!!」
「けっ!!どうせアタシ重いもん!!(ーー;)」
「ああ、この辺がね?」
と奴はアタシの頬っぺたを摘まんだ。
きぃ~~~!!!!(-_-;)
コイツ一番アタシが気にしてるポイントをすかさず突いてきやがるな…イライラ…。。。。。
プチ殺意を覚えたあちきはにやりと笑っている奴の頬っぺたを無言でつねり上げる。
「いだだだだ!!」と悲鳴を上げてアタシの手を振り解き「このっ」と反撃で脇腹をくすぐられた。
ガンッ
「う…いた~~~~…(>_<)」
くすぐられたのに驚いて飛び上がり腰を座席で強かに打ったアタシ…本気で痛くて涙目。。。腰だか尾てい骨だかにモロに衝撃が…(@_@;)
しかし奴はアタシが痛がる様子に「あ~~ごめん!!」と焦っていたのでその様がいい気味だ。
(…なんでこんな狭いとこでストリートファイトを繰り広げてんだ…バカ二人…)
どたばた茶番劇(?)を終えるといつの間にかゴンドラは天辺まで来ていた。
暗い夜空とその下に広がる宝石の間に浮かぶ観覧車の一室。
自分が瞬く光に囲まれてこの場所に浮いているのが何だか不思議で静かにどこまでも連なるミニチュアが輝く夜景をアタシは眺めた。
どうしてこんな景色が存在するのか、
どうしてアタシが今ここにいるのか、
時々そんなふうに自分のいる場所とか自分の今まで生きてきた時間みたいなものが頭から吹っ飛んで真っ白な状態になる。
そして食い入るようにそこにあるものを見つめるのだ。
その全てを写し取るというかのように。
利かん気がきかない子どもが頑固に欲しいものを見定め、貪欲に集めるかのように。
アタシは素晴らしいものは全てを吸収したがる。
「おいで」
じっと夢中で外に見入っていたアタシは不意に持ち上げられた。
本当に軽々と。
そして膝の上に降ろされる。
「ここにいて」
耳元で囁かれる掠れたその複雑な笑いを含んだ声にアタシは身動きが出来なかった。
身体が、強張ってしまって。
振り返って奴の顔を見上げる事も眉を顰める事も出来ずにただ真っ直ぐ景色を見つめ続ける事しか。
観覧車はクリスマスのイルミネーションを施した街にゆっくり降り始めていた。
「あったか…」
とん、とアタシの肩に彼の頭の重さが加わった。
それだけ。
それだけなのに。
彼が額を置いた肩が熱くてアタシの足元が揺らいだ。
きゅうぅと胸が締め付けられてスローで身体が落ちていくみたいな、感覚。
体の芯から桜のような淡い蜜に浸さて甘く痺れている感覚。
桜のきらきらした蜜に足を絡め取られ、その中に浸されてゆっくり沈んで溺れていくような感じだ。
考えてみれば、そんなクセの無い甘い痺れを抱いた落下感はずっとしていた。
出会うはずの無い場所で初めて出会った瞬間も、
悪ガキみたいなこの人がふとした時に見せる大人びた笑みを見つけた時も、
人ごみから何気なく守ってくれた時も、
彼の凍りつくような手に触れた時も。
それは突然何の前触れもなく花嵐のようにやってきてアタシを溺れさせていく。
きっと、アタシはその蜜のプールに溺れただけ恋に「落ち」ていたのだ。
何度でも何度でも知らない内にこの人に恋に落とされていた。
今、この瞬間も。
アタシは一面の夜景の方に顔を向けたまま言葉が紡げない。
この言霊を使う事を属性としてる「アタシ」の言葉が、封じられている。
やんわりとした、でも問答無用の強い力で。
『髪さらっさらやな』
アタシの頭に手を伸ばした奴は撫でながら小さく感嘆した。
『うん。でもハゲそうで怖い』
やっとの事で冷静を装って返事を返す。
『今はいい薬が…リアップあるし☆』
『そこは嘘でもフォローしろよ!!「大丈夫だよ」ぐらい言え!!(@□@;)』
馬鹿馬鹿しい会話を秘め事のように囁く。
『あ、これピアスの痕?…閉じてるな』
アタシの耳たぶにふわりと触れて彼は訊いた。
『そう。病気になってから体質的にもうピアスはできなくなったよ。リンパ腺腫れちゃうから』
『そう?』
『うん。ひだりみみ…聴力も落ちてるし。多分右も引き摺られてく。悪く、なってく』
自分の声が硝子一枚隔てた夜空に硬く響いた。
それを聞いているのは夜空と宝石箱のような夜景と、
野生のチーターみたいな彼だけだ。
独白のように夜空に突き刺したアタシの言葉を聞くと彼はアタシの髪をぐいっと後ろに引いた。
反動で彼に胸にもたれる格好になる。
『治る。治るよ』
当たり前のように何の屈託も無くでも深い響きで彼は言った。
唇を噛み締める。
何でこんなに泣きそうなのだろうか。
自分の冷静な予測に落ち込んだからか、それとも奴の温かい声にほだされたからか。
(寧ろ奴の言葉に呪われた感が満載なのだが(笑))
もういいよ。
治んなくて。
君の優しい「治るよ」の言葉が聞けるなら。
ひだりみみぐらい、
神様にくれてやるよ。
彼に頭を持たせかけたまま胸の内は少し混乱気味で、
でもそう密かに呟いた。
とても寒く、でもだからこそ街中のイルミネーションが夜空に映える日。
アタシは大きな赤い観覧車の小さな一室で、夜景に見守られながら泣きたいぐらいにそう思ったんだ。
クリスマスソングが楽しげに流れている。
「トフィーナッツラテをお待ちのお客様」と呼ばれて店員さんから黄色いランプのしたでラテを受け取って二階席へ。
弾力があるソファの、ガラス張りの窓から外が迫ってくる席に上着を脱いで勢い良く座った。
開いたばかりのスターバックスはまだほの寒くでもコーヒーの香りと音は充満していた。
お客さんは仕事前のサラリーマン、OLなどでまばらだ。
寒いのでマフラーはつけたまま。
深々と身体を沈み込ませて足を組み甘いラテをひとくち啜った。
窓からは朝の光と特有のきらきらした空気が見える。
見下ろせるところにあるガーデンショップの店員がポインセチアを並べていた。
思い返していると全部、夢みたいだ。
こうして朝の光の中全然別の場所でコーヒーを啜っていると。
一緒にいた時間が、蜜に溺れていた時が、薄らいでいく。
一緒に見た夜景も。
赤い観覧車も。
奴の体温も。
しなやかな指先も。
代わりに残されたのはほのかに甘いけれど苦い空虚感。
傷跡に優しく沁みるみたいな痛さ。
あれから、一度だけ会って。
その時、何も言わず後ろから抱きすくめられた。
向こうが何だか消えてしまうものをしっかり掴んでいるみたいにアタシを離さないのでアタシも何も言えなかった。
別に好きだと言われたわけでも、
付き合っているわけでもなく。
そういう話は実は一切していない。
アタシと彼は少し似ている。
多分根底に流れているものが。
ただ発露の仕方が、向いているベクトルが少し違うのだ。
初めて会った日に何故か手を繋いでいたから今更、言葉にすることを二人とも少し恐れている。
「年内はこれで会えるの最後」
そう言っていた。
遠い、実家へ帰るらしい。
電話番号しらない。
突っ込んだ事はあまりお互い離さない。
会ったらバカ兄弟みたいに騒ぐアタシ達。
連絡をとったりメールをしたりが多分お互い苦手だ。
だから、もしかするとこのまま彼の姿は幻となるのかもしれない。
アタシは奴に一体どう思われているのか。
野生の猫科のどうぶつみたいで悪戯小僧がそのまま大きくなったみたいで飄々としていてでも予定外の行動に出ても絶対にアタシをがっかりさせない、時に目を見張るほど優しい大人な表情をするあいつに。
男心って分かんない。
「ってか、人の心掻き乱すだけ掻き乱しといてのんびり実家帰ってんじゃねーよ!!(ー□ー)!!何か残して行けよ!!『付き合おう』とかさ『好きです』とかさ、言葉足んねーよ!!それともこれは奴の策略なのか?!そうなのか?!」
片目を瞑って何か企んでいる奴の顔が浮かんでくる。
思わず、だん、と持っていたラテを叩きつけるようにテーブルに置くあちき…。
クリスマスの清々しい早朝に現れた不審人物に近くの席に座っていた眼鏡のイケメン☆サラリーマンはびくっと飛び上がった。
策略ならまんまとはまっちゃってるよ…くそ…。。。
誰か男心の分かる方教えてくださいよ本当にもう…(泣)
何考えてるんだか!!!(切実)
ぎりぎり歯軋りをするアタシを横目にサラリーマンはそそくさと速やかに席を移動していく。
でもそんな甘苦い痛みを抱えたまま過ごすこの時間がそんなに悪く思えないのはどうしてだろう。
何だかしてやられた感があって悔しいのは確かだけど。
次はいつ会えるのだろう。
メールはあるのだろうか。
何だか半分諦めてもいるが。
全くアタシをここまでヤキモキさせるのはあの男ぐらいだよ!!
外は快晴で今日のお天気具合が良好なのを暗示していた。
ホワイトクリスマスにはならないらしい。
アタシは心から、深々と溜息をついた。
そんな聖なる夜に、
一通のメールが入った。
ベッドで雑誌を広げていたアタシはシェルピンクの携帯電話をとってメールを開ける。
『メリークリスマス、です』
「…ふ、『です』ってなんだよ!!『です』って(笑)」
思わず吹き出す。
『煙突がないけんプレゼントは屋根の上に置いといた。(←つまり上れという事だよ!!)あげる方も必死だから貰う方も命掛けてくだされ』という面倒臭がりの猫科のどうぶつみたいなサンタさんからのメール。
まだ、始まったばかりだ。
色々と。
しおり代わりにしている観覧車の搭乗券の半券を摘み上げると笑いがこみ上げてくる。
それを読みかけの雑誌に挟んだ。
そしてアタシはその夜ピンクの携帯電話を抱えて少しくすぐったいような幸せなような心持ちで眠りについたのだ。