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貴婦人のオルゴール。









title:《貴婦人のオルゴール。》
















音が。




水の波紋が広がっていくように体中を満たしていく。

萎れていた植物が雨の雫を吸収するかの如くその音は全身に染み渡っていった。




























寒い寒い夜だ。

その分、空気は澄んでいて星々はその空気に磨かれたように艶々していた。

空には風も音も無く上下左右はたまた東西南北、際限の無い濃紺は微動だにしない。

今日の夜空は湖面みたく小指で僅かに触れただけでも大きく漣が立つぐらいにとても繊細に思える。

繊細に、緻密に「静」が作り上げられた夜空。

広大というより最早悠久ともいえる手の届かなさに少し恐れるがその恐ろしさは水面下に隠されていた。

人間の手に負えない雄大な存在は手を伸ばせばその濃紺が迫ってくる錯覚を見せる。


濃紺の湖面に飲み込まれるのではないかという懸念。


底に行き着くことが無いのではないかという終りが見えない怖さを孕みいつもなら綺麗な中にその気配ががちらちら窺えるのに、このやけに静かで穏やかな表情は不思議だった。


虫の声も聞こえない。

でも平和でゆったりとした夜という空間。

そんな冬の訪れの夜の帳の下にアタシはいた。




ネルのパジャマの隙間から凍る空気が忍び寄る。

丸いフォルムの木の軋むベッドの上でグースの羽を集めた驚くほど軽い布団にくるまっていた。


アタシの手の中には心地よい振動を伝えるのは小さな箱。


胡桃の根材独特の美しい滑らかな焦げ茶の箱には柔らかな白と深い赤の薔薇が交差する印。

それが夜にまろやかに旋律を紡ぎだす。

パッヘルベルのカノン。


金の精巧なシリンダーが回り72もある弁を弾いていく。

豊かな和音が楽しげで安心できる降下旋律を奏でていく。



繰り返し繰り返し。



瞳を閉じるとオルゴールが編み上げた細やかで深い音の絨毯にそっと包まれる。


滋味深く温かなその旋律は横たえている体内の奥に優しく響き渡った。





暗い夜空に浮かぶ星が、

まるでオルゴールから生れた旋律の音符に信号を返すみたいにチカリチカリと合図した。



…あぁそうか。



オルゴールが回ってるからこんなに今日は穏やかな空なんだ。

お行儀良く静かに聞き耳を立てている。

空が聴いたオルゴールの音色は空の天幕の下で生きているもの達にも当然空を媒介に自然と伝えられるだろう。


悠久の空も幾千の星も木の根元で眠るサバンナのライオンもオーロラを見つめる南極の皇帝ペンギンも世界中、

生き物も空間もみんなみんな耳を傾けている。


この小さな箱に。



音の絨毯はアタシだけじゃなく皆をも優しく包んでいる。



冷たく澄んで冴え冴えとした星が瞬く夜、



世界の片隅でたおやかに不思議なオルゴールが響いていた。






























ここ2、3日の冷え込みにより登場し、一躍家族のアイドルとなったコタツちゃん…★☆(∪ω∪)に足を突っ込んでのんびりのびのびハーゲンダッツのラムレーズンを頬張る夕方。

どこかで石焼いもの車の高い音が聞こえていた。


車道の向こう側の銀杏の木がまっ黄色に色付いているのが格子枠のある窓から見える。

もうこの綺麗な黄金に染まる葉っぱも見納めだな、と頬杖をついて眺めていた時だった。




ぴんぽーん。。。。。




とチャイムが鳴った。

誰ぞな??と行儀悪くスプーンを咥えたままインターフォンの

テレビ画面のスイッチを入れると、


白と青のしましまの制服を着た日に焼けたセールスドライヴァーが人のいい笑みを浮かべていた。



『こんにちわ~佐川です~』



はいよ~(-ω-)と玄関を開けると馴染みの飛脚のおっちゃんが両手で荷物を掲げていた。


「あらら…お嬢さんですか…」


「??(・ω・?)」


「いや代引きなんですわ」


「ソウデスカ~えーとお幾ら…(請求書を見る)」



一十百千万十万…………。。。。(-_-)


?????



「……い~~~???(@◇@;)…」



問うようにおっちゃんの顔をみるとプロの配達員は素晴らしスマイルを返してくれた。

もう一度請求書を確認して



「えっ…んっ…いぃ~~~!!!????」



今度こそ悲惨な驚きを声にした。

あまりの現実離れした請求金額に思わず目を白黒させる23歳。

普段の代引きの金額とあまりにも桁が違い吉本新喜劇の内場くんのネタを素で披露する始末。

しかも宛名はアタシの名前。

このおっちゃんがにこやかに請求する金額は夢か幻か…?

お昼に食べたキノコのスパゲティにハウスの陰謀で(ハウスのスパゲティソースだった)幻覚キノコでも入ってたのか…?抗議するべきかしら??…お客様相談室…??っつーか飛脚の赤いふんどしは触れると幸運を持ってきてくれる都市伝説があるはずなのに…しかも「配達員のお尻をさわるといい」というふざけた噂まであったらしいのに…爽やかなセールスドライバーが運んできたのは幸運どころかとんだ悪夢じゃねーか…???!!!!


一瞬にして大混乱を極める脳内劇場。

あまりに思考が右往左往して思わず眩暈で後ろによろけた。



「ほほほほ」


「はははは」



息も絶え絶えに力なく笑い合うエキセントリック乙女とセールスドライバーのプロ。

平静を装い「少々お待ちくださいね」と微笑んで請求書片手に奥に猛ダッシュで引っ込み錯乱(?)のあまり叫んだ。


「ちょっっ…おか~さ~ん!!!!ひきゃっ…飛脚が!!飛脚が盛大な無理難題を言う!!制服の白と青で爽やかさを演出しているくせにこの万年金欠病という不治の病のアタシに止めを刺すかのごとくの無茶な要求を!!!!」(いやセールスドライバーに罪は無かろうよ…)


「お黙りなさい(佐川さんに聞こえてるでしょ!!)」

悲壮な声で宅配会社を『飛脚』呼ばわりする失礼な娘を母上は流石の貫禄で沈黙させ玄関へ荷物の応対に出て行った。


そして、数分後、荷物を引き取ってでんっとコタツの上に置いた。




「貴方によ」




母上は当たり前のように荷物を指差すがアタシとしては頭の中は疑問符だらけだ。

(そらそうやろ(-_-))

どこの足長おじさんからの贈り物かしら????(いや足長おじさんは代引きにはせんわな…)

ダンボールの上面に貼られた伝票の宛名はうちの住所でアタシの名前。

送り主は、


「オルゴールサロン……『ルヴィーブル』…?何だこのファーブルみたいな名前…」



コタツの前で正座して首を傾げていると

「それ、お父さんからだって。大切にしなさいよ~開けてみたら?」と促された。

足長おじさんは親父だったのか…。(@_@;)

意外だなという心持ちで簡素なダンボールを開けると出てきたのは白地に金と茶の音符模様の包装紙にオレンジのリボンがかかった箱。

遠慮なくリボンを紐解くとその中から姿を現したのはアタシが今まで見た事のないぐらい優美なオルゴールだった。


胡桃の根材独特の深く濃い焦げ茶の木の箱は艶やかに光って顔が映りこむほどだ。

上蓋は縁が可愛らしくクリーム色でパイピングされて中央には柔らかな白と深い赤の薔薇が交差する象眼の印。

全て木で模様も嵌めこまれているがその白と赤の華奢な薔薇は胡桃の根の色合いの真ん中で大理石のように内側から淡く輝いている。

蓋を開けると精巧な金色のシリンダーと細やかで手入れの行き届いた指先のような弁が収められていた。


アタシはそれに呆けた顔で見惚れた。


箱の質感はとても滑らかで磨かれた肌のよう。

濃い茶色の胡桃の根は木材独特の模様が現れていて、

渦を巻いたかのような木の節のようなそれが結い上げた髪の形を連想させる。

薔薇の深い赤は頬と唇の色。

薔薇の真珠のような白は纏っているドレス。





まるで、中世ヨーロッパの貴婦人、のような佇まいのオルゴール。


とても優雅で凛として。


きっと磨かれたキメの細かい陶磁器のような肌をしてシフォンの真珠色のドレスを身につけ結い上げた髪には薔薇の細工を飾っている。


冷たく澄んだ夜気が頬を柔らかく上気させ、

彼女が上気したピンクの頬で微笑んで首を傾げるたびにアイリスの香りがふわりと広がるのだ。


夜の舞踏会の綺麗な花、貴婦人。






「……(´ω`)★☆」



そんな上品なオルゴールを正座してうっとり眺めているのは貴婦人とはまったく対極の位置にいるような十人並みの容貌の口の減らない小汚いお子様…。。。。

全く月とっぽん。

金貨と小石。

貴族と農民。(←しかも一揆とか率先して起こしそうなたくましい系と推測される)


あちきの場合「貴婦人」という形容より「理不尽」という形容…。(意味不明)

残念…ぱたり。。。。m(__)m




気を取り直しそんなこんなでたくましい系の農民娘はさっそく取扱説明書を熟読。。。


『手作りの世界最高級オルゴールとして有名なスイスリュージュ社のオルゴールです。素晴らしい音色と独特の精巧な手工芸による作品をお楽しみください。』



「∑スイス?!この貴婦人はスイスからいらっしゃったの?!(@_@;)まぁまぁ遠いところを…ようこそ☆★エキゾチックジャパン最大の湖があるこんな辺境の地のむさ苦しい屋敷へ…」



そんな独り言を言いながら貴婦人のオルゴールを抱えていそいそと階段を上る。

足取りは軽く吹き抜けにトン、トンと子気味いい足音が響いた。


「よいしょっと」


両腕の中にオルゴールを抱え込んでいるので肩で自室の扉を押す。

開いた掃き出し窓から吹き込む風に落ち着いたモーヴピンクのカーテンが揺れていた。

陽の射すベッド脇のレース編みのマットの上へ、薔薇の貴婦人を下ろした。



オルゴールは夕日に深く輝いて静かに座っている。






そして、




陽が沈み濃紺の湖面のような空が広がる深夜、

アタシは黒く闇色に艶めくオルゴールの金の螺子を回す。


カチリ、カチリと広い廊下に靴音が響くように螺子を限界まで回す。




レース編みの上にゆっくり下ろしてやると貴婦人は夜にそっと歌い出した。

肌に寄り添うように優しい感触の音。

グースの羽の布団に包まってアタシはそれを聴いていた。

アタシの頭上に広がる空も星もみんな安らかにオルゴールに聴き入ってる。



オルゴールが編み上げるパッヘルベルのカノンの旋律は繰り返し繰り返し、回を重ねるごとにゆっくりになり優しく響いていく。



ふわり、


と誰かの白魚のような温かい手が頭を撫でる。



薔薇色の頬と唇の真珠のドレスを纏った貴婦人が慈愛に満ちた表情で微笑んでいた。



アタシはそれに微笑み返す。






いつの間にかアタシは眠りに落ちていた。











2×××年/11月28日/誕生日月にて





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