魔法の虹。
title:《魔法の虹。》
「……現れるよ。うちらが大人になるぐらいに長い長い時間寝かせたら」
淡々とした瞳で魔女の子どもはアタシに調合した粉を薄いティッシュに包んで手渡した。
アタシはそれをクーピーの箱の鉛筆削りを収めるくぼみの底にたたんで仕舞った。
大人になるぐらい長い長い時間の向こうへ届くように。
「お部屋の乱れは心の乱れ★☆やり遂げましょう精魂込めて!!欲しがりません勝つまでは!!(←?)」
気合を入れてバンダナを頭に巻きハタキを構える。
台風一過の蒸し暑い快晴の日。
何の気まぐれか本日お部屋のお掃除を決行。
アタシのお部屋は決して汚くはないのだが
(決して!!汚れているなどという事実はございません!!あたくしはピュア&エレガントなレディですから!!!アフタヌーンティをエリザベス女王とご一緒する英国淑女(…などという事実もございません笑)はいつも清潔可憐にが大前提ですから!!!汚れたお部屋なんてあちきの大和撫子のイメージが崩壊するじゃないのさ…チッ…)
如何せんものが多い。
放っておくと机の上は書籍の海と化しベッドの回りには本の壁が築かれていく。
気が付くとアタシも相棒ファーファもそれらに溺れる有様で定期的に増殖した書物を整頓し屋根裏の秘密図書館に寄贈(笑)しなくては本に生き埋めにされる。
そういうわけで増え続ける蔵書の整理をしつつお部屋のお掃除なのです。
『本を読むわたし』
『図書館内乱』
『下妻物語』
『ストーリーテリング』
『螺旋階段のアリス』
『陽の子雨の子』
『ソウルドロップの幽体研究』
『ざらざら』
『図書館の神様』
………etc。。。。。。
大方三階の屋根裏に放り込み(おい)
今週だけでも増えに増えたご本たちを作家別に並べて置ける場所を部屋の内に探す。
本棚の上のグーフィーやマーク(由緒正しき日本産英国テディベア)が乗ってる棚に目星をつけた。
椅子の上にも一つ椅子を積んでそれでもやっとこ手が届くか届かないかという所なのだが、
グーフィーとマークを下ろし、手探りで棚の上に何も無いことを確かめた。
ぺたぺた探っていると何か四角いものがある。
「???」
片手でそれを掴んで持ち上げようとするが棚とくっついちゃってるみたいでなかなか取れない。
ぐわしっと掴みなおし「どっせーい!!!」と(淑女にあるまじき台詞)横綱並に引っ張ると、
「取れた…ってぎゃ~~~~!!!!」
どんがらがっしゃーん!!!
椅子のヴァランスを崩し派手な音を立てて床にまっさかさまなお約束。
(青痣…痛いし…やっぱり足に保険をかけたほうが良かったかしら…)
掴んでいたものの蓋が開いてばらばらと尻餅をついて半泣きのお顔に降り注いだ。
「が~~~~~!!痛いっちゅーねん!!だれじゃこんな所に置きくさったド阿呆は!!!!世界お茶漬け布教連合代表のアタシを亡き者にしようとするテロか?!テロなのか?破防法発動するぞ?自衛隊派遣しちゃうぞ?!!!!」
散々吼えてお尻を擦る。
床を見ると散らばっていたのは沢山のクーピーだった。
いろんな色のサクラクーピー。
クレヨンよりさらさらしていて色鉛筆より柔らかい書き心地の芯を固めたようなお絵かきの道具クーピーだ。
小学生の時によくこれで色を塗った。
『いちねんいちくみ』
アルミ(?)の箱の端っこにちゃんと組と氏名が書いてある。
懐かしいなぁ、と床に散らばったクーピーを拾って一本一本箱に収めていく。
黄色と緑のクーピーが異常に短く黒が一番長い。
(どんな絵を描いていたんだ…小学生のあちきよ…。。。ピーマンとお月様の絵か?芸術…??)
「…あれ?」
全部クーピーは収め終わったが付属している鉛筆削りの四角いくぼみに鉛筆削りは見当たらずかわりにティッシュが詰め込まれていた。
人差し指と親指でそっと摘まむとそれはきちんと小さく折りたたまれていてその下から四つ折りにされた紙片が出てきた。
『たくさんねかしてからいつかのはれの日にあけること』
平仮名で、でも習字のお手本のようなきちんとした字でそう書かれていた。
まるで説明書のように。
「これ…さおちゃんの『魔法の粉』だ…」
さおちゃん。
彼女とは小学一年二年と同じクラスだった。
肌が少し黒くておかっぱで睫毛が長く彫が深い。
それだけでも何だかエキゾチックで子どもなのに無闇にはしゃがず落ち着いていた。
今思うととても綺麗な子だ。
神秘的な色気があっていつも大人が子どもを見るような目でアタシたちを見ていたように思う。小さなクレオパトラみたい。
口元を歪めて斜に構えて笑うしぐさが印象的だった。
頭が良くてソロバンが得意でお洒落で。
それからまるっきり子どもを体現していて頭の悪いアタシには少し意地悪だった。
そのさおちゃんが言ったのだ。
アタシの隣の席で図工の時間でクーピーで絵を書いている時に。
「魔法なんて簡単なもんよ」
何の話をしていて彼女がそう答えたのか忘れたがさおちゃんはクーピーでお絵かき帖に色を塗りながら顔も上げず事も無げに言った。
アタシはお絵かきの手をとめた。
「私のお母さん魔女だから」
何でもないように告げられたその言葉にアタシは多分ぽかんとしたのだろうと思う。
むしろ鼻で笑いそうな側にいるようなさおちゃんからそんな言葉が出るのに面食らった。
彼女は馬鹿にされたと思って少し眉毛を寄せて「やっぱりいいわ」と話を中断させた。
だが謝り倒すと彼女は渋々といった感じで色々教えてくれた。
『魔女になるには入り口を開いて向こうへ行き洗礼を受けなくてはならない』
『土曜日の晩に道は開かれる』
『魔法にもたくさんの種類がある』
『魔法は毒にも薬にもなる』
まるでそれが当たり前のような口調で不思議な知識を教えてくれた。
『じゃあ魔法見せて』とせがんだアタシにさおちゃんは鬱陶しそうに『どうせアンタ忘れるでしょ』と鼻で笑った。
それでも食い下がると、溜息をついて自分のクーピーを鉛筆削りで削り始めた。
赤、青、黄色、紫、ピンク緑…。
色とりどりのクーピーを削っていく。
色によって削る長さを調節してその粉をティッシュに集めた。
それに桃の香りの匂い玉を入れてそれから紙石鹸の小さな箱をポケットから取り出して白い粉を加えてティッシュを折りたたんだ。
「……現れるよ。うちらが大人になるぐらいに長い長い時間寝かせたら」
淡々とした瞳で魔女の子どもはアタシに調合した粉が包まれた薄いティッシュを手渡した。
『現れるって何が?』
『…魔法がだよ』
口元を歪めて彼女はそう笑った。
アタシはそれをクーピーの箱の鉛筆削りを収めるくぼみの底にたたんで仕舞っったのだ。
魔女の子どもが書いてくれた説明書と一緒に。
いつかその魔法が現れることを期待して大人になるぐらい長い長い時間の向こうへ届くように。
「丁度、台風過ぎて晴れの日だし?」
魔法の粉が包まれたティッシュを手のひらに乗せてベランダにでる。
外は蒸し暑くて久しぶりに太陽が照り付けていて風が強い。
雲が凄いスピードで流れていく。
アタシはバンダナを外し髪を風に自由にして
ゆっくりティッシュを開けた。
ふわりと桃の香りと綺麗な光の粉が舞い上がった。
赤。
青。
黄色。
緑。
紫。
橙。
桃色。
風に乗って七色よりもっと多くの光の粉が空に広がる。
色とりどりの虹が夏の終りの青空に輝いた。
その粉ひと粒ひと粒がまちまちにラメのように光って眩しい。
「極彩色の虹…たくさんねかせた甲斐があったのか…」
額に手を翳して魔法の虹が体現した青空を見上げる。
意地悪な魔女が仕掛けた魔法は言葉通りに現れた。
『ほらね』と口元を歪めて笑うさおちゃんの顔が思い浮ぶ。
小さい時はこんな不思議な事がたくさんあった。
子どもは大人より世界が横に広くて不思議なものも並列して存在させる。
アタシは幼少時から割りとよく分からぬものにまみれているみたいだな。
それも日常の範囲内にあったのか。
虹を見上げて苦笑した。
虹はどんどん薄くなって空気に溶けていく。
一瞬の花火みたいな幻だった。
思い出ってそういうものかもしれない。
この魔法みたいにひとつひとつ大切に包まれていて開けるとぱっと鮮やかに広がる。
苦いものも辛いものも甘いものもみんなみんな。
寝かせれば寝かすほど鮮やかな色彩になるのだ。
「over the rainbow?」
虹のかなたにあるものはきっといつもの青空だ。
でもそれでいい。
それがいい。
魔法の虹が包まれていたティッシュを大切にたたみ直して『説明書』と一緒に鉛筆削りのくぼみに仕舞った。
クーピーを棚の上に戻す。
「やれやれ本は別のとこに置こうかいね(-_-)」
棚のうえに蔵書を並べることを潔く諦める。
魔女っ子さおちゃんの思い出(何だかアニメみたいだな)の場としてそのままにしておこう★☆
(そしてそれを口実に結局棚の上は整理されず…)
彼女は、今でも土曜の晩に魔女の集会への道を開いているのだろうか?
きっとそれは誰も知らない。
2×××年/9月19日/台風一過の空にかかる虹を横目に。