プロローグ
暗い、暗い街並みの中。1人の青年がトボトボと歩いている。その顔はまるで世界の終わりを迎えたかのように真っ青だった。
「はぁ………くそっ、どうしてこうなるんだ。」
ボソボソ声で愚痴を溢す。時々すれ違う人達が怪訝そうに見つめてきているのもお構い無しで、苛立ちが抑えられずぽろぽろと怒りの言葉が次から次へと出ていく。
「俺だって…………俺だって頑張ったんだ。何もしてこなかった訳じゃない。なのにあのクソ親共が………」
彼が憤る理由は、家を追い出されたからだった。勉強はしていたもののどうしても苦手で、努力虚しく受験に落ちてしまったのだ。勉強はしていたのになぜ彼が追い出されたのか?それは兄の存在だった。
彼の兄は俗に言う『優等生』だった。『成績優秀』、『スポーツ万能』、マンガやアニメでよく見るような完璧超人。両親はそんな兄を誇りに思っていて、出来損ないの俺をいつも邪険に扱ってきていたのだ。
「受験に失敗して、落ち込んでるところに追い打ちをかけるように罵ってきたから、言い返したらこれだよ……」
あいつらからしたら、家に置いて育ててやってるだけでも感謝して欲しいくらいらしい。そんなの親としての当然の責務じゃないのか。とにかく、もうこれ以上は面倒見てやらんと荷物もそのままに追い出されてしまった、というのが今の現状だった。
「金もほとんど持ってないし、泊まれるようなツテも無いし……どーすっかなー……」
そんな風にブツブツと考え込んでいたその時、遠くからなにやら言い争う声が聞こえてくる。声の方を見据えると、女の人が1人と男が1人。
「やめて下さい……!離してっ!」
「へへ………へへへへへ………いいだろ……?き、君の事がずっと好きだったんだ。僕の家の前をいつも通って、チラチラ僕の部屋をの、覗いてたじゃないか……」
見たところ痴話喧嘩…ではないらしい。途切れ途切れの会話の内容から察するに、あの男は厄介なストーカーと言ったところだろうか。小太りで背は低く、上下黒い服のザ・不審者。周囲に人は青年とその2人以外には見当たらない。見過ごすわけにもいかず、声をかける。
「おいおい、詳しいことは知らんがそこら辺にしとけよ。お姉さん嫌がってるぞ?」
彼が声をかけると、男の肩がビクンと震え、どす黒い目でこちらを見据えてくる。
「─────なんだ、お前。」
口元が震えている。邪魔をされた怒りなのか、はたまた急に現れた第三者の存在に恐れているのか。何はともあれこのまま大人しく引き下がってもらおうと、続けて口を開く。
「ただの通りすがりだよ。あんた達がどういう関係かは知らんが、話が少し聞こえててな、いったんその人から離れようぜ、な?」
女の人の方をチラリと見る。怯えきっている様子で、拳をギュッと握りしめ、ガタガタと震えている。
「お、お前………僕の恋の、じゃ、邪魔をするのか。」
どうやらこいつの口元が震えている理由なは前者のようだ。その目からは激しい憤怒が感じ取れる。だがここで怖気付いては彼女がどうなるかわからない。
「邪魔とかじゃなくてよ、1回落ち着こうぜ。」
そう声をかけた時だった。男がおもむろに走り出し、ポケットから取り出した何かを彼に向けて突き刺した。
「え?」
なんだか腹が熱い。その温かいなにかは俺の腹から足を伝っていく。一番熱いところに手を触れると、肌が真っ赤に染め上げられていた。
「あっ……………がっ…………」
まさかだった。確かにストーカーになるような奴が、まともな訳はないのだが、いきなりナイフで刺してくるだなんて。そんなこと全くもって想定しないなかった彼は、避けることも叶わず、傷から伝わる熱と痛みに悶え苦しんでいた。
「お前もォ!!!!!僕をば、ば、バカにするんだろ!?!?皆そうだ…皆そうなんだよォ!!!!ふざけんな、ふざけんなぁ!!!」
男がそう言って再びの彼の方へと向かってくる。今度は脇腹に刃が突き刺さる。足に力が入らなくなり、その場に倒れ込む。視界もどんどん暗くなっていく。息も絶え絶えの中、声を振り絞って一言だけ。
「逃…………げ……………」
そこまで口にして瞼を閉じた。
無が広がる。
意識もなく、光もなく、ただ暗闇だけ。
するとそこに一筋の光が。存在など感じられないが、それでも腕を必死に伸ばして、光を掴もうとする。
そしてその光が視界を覆っていき──────
大きな泣き声が聞こえる。眩しい。ぼやけてよく見えない視界に見えたのは。
俺を抱える、1人の女だった。




