月を呑む
武 頼庵(藤谷 K介)さま主催「木枯らしの風景企画」参加作品になります。
乾いた風が吹き、紅葉が風に踊る。
凩、と言う程では無い。
それでも冷たく成りつつ在る、風。
そんな風が暑い夏の盛りを通り過ぎ、晩夏を越え、周囲の光景は青藍や翠から藤黄や紅へ衣替えさせていく。
黄昏は其の様な夏よりも時早く訪れ、夕闇は足早に駆け抜けていった。
直ぐに様相を現わす夜闇にゆっくりと姿を見せるのは十六夜の朧月。
所謂「中秋の名月」と呼ばれる月は昨夜のもの。
とは言え其れに対し、何等拘りがある訳もなし。
所詮は酒の肴に過ぎぬ催し物。
天頂に懸かる月とその輝き。
月に掛かる雲はまるで空を統べる王を護るかの様に揺れながらも、其の光を受け彩雲の如く煌めいている。
其れを受けているのは雲だけではない。
黄金の様な彩りを見せる薄は今時分に実らぬ稲穂の代わり。 代わりとは言え見る分には何の支障も在りはしない。
詰まり、酒の肴にするに問題等も在りはしないのだ。
春は花
夏時鳥
秋は月
冬雪さえて冷しかりけり
其う詠んだのは鎌倉時代の道元禅師か。
此の様な詩を残し、其れでいて自身は呑まずに悟りを開く等少々信じがたいが、其の様な逸話も今は精々が酒の肴か。
徳利を傾け、注ぐ先には真っ白な盃。
無色透明の、澄み切った清水に勝る程に透んだ清酒が、小さな器一杯に満ちた。
生まれたばかりの揺らめく水面に、揺れる金の月が浮かぶ。
ゆらゆらと、ゆらりゆらりと揺れる月はまるで嗤うかの様に、此方を見詰めている。
其う思ってしまう己が心が可笑しくて此方の手も震えてしまうのはやむを得まい事か。
ゆらゆらと揺れる月の嗤いは止まる事なく、振る振ると震える此方も止まらぬ有様で、益々月の嗤いは止まらずに延々と嗤い続ける悪循環。
落ち着かぬままの嗤う水月を、仕方なしに持ち上げるのは目の高さ。
十五夜と、差して変わらぬ満ちた月が其処には在る。
ゆらりゆるりと其処に在る。
金の月
浮かぶ盃
酒に満ち
紫雲棚引く
朧の月夜
水月に視線を合わせ一句詠む。
風流でも雅でも在りはしないが、まあ枕では在る。
何も考えず只呑むよりは旨かろう。
抄抄抄抄
其の時、乾いた風が吹き、紅葉が空を舞った。
冷たく成りつつ在る風。
其れは矢張り凩なのかと思い直す。
冷やす風。
木々を叩き傷めつけ、瑞々しい緑の葉を紅葉へ枯れ葉へと変えていく木枯らし。
葉が舞う。
紅葉が舞い踊る。
朧の晴れた、淡く月光の揺らめく世界で、黄金の椛が風に抱かれて演舞する。
金に、黒に、目紛しく乱舞する様子はまるで百面の如く。
心奪われそうな其の数瞬の舞台を視野に入れ、無意識に傾ける盃。
咽咽
刹那、視界に入ったのは十六夜と水月。
其れでも、風流でも雅でも無く、儂は只、月を呑む。




