表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/47

第20話



 五日。


 組合が提示した期限は、短かった。


 短いが、絶望的ではない。


 それが逆に厄介だった。


 無理難題ではない。


 だが、確実に負荷をかける。


 時間を削り、余裕を奪い、焦らせる。


 王都商業組合は、そうやって相手を潰していく。


 ロイドは朝から帳簿を睨みながら、大きく息を吐いた。


「……目が痛ぇ」


「休めばいい」


 ミラが淡々と言う。


「休んだら終わる」


「終わらない」


「お前は簡単に言うなぁ……」


 ロイドは額を押さえた。


 販売記録。


 買い取り記録。


 材料仕入れ。


 加工数。


 不良率。


 組合提出用の概要。


 セドが整理した内容を、ロイドが店側の形式に合わせて書き直している。


 慣れていない。


 当然だ。


 今まで、ここまで細かく記録を作る店ではなかった。


「……商会って、もっとこう」


 ロイドがぼやく。


「どんぶり勘定で何とかなるもんじゃねぇのか」


「潰れる商会はそう」


 ミラが即答した。


「生き残るところは数字を見る」


「お前、たまに商人みたいなこと言うよな」


「数字を見ない職人は、材料費で死ぬ」


「……否定できねぇ」


 ガルドが低く言った。


 彼もまた、紙束を前にしていた。


 組合時代の加工証明。


 過去の工房記録。


 登録削除通知。


 嫌な紙ばかりだ。


「クソったれ……」


 ぼそりと呟く。


「見たくもねぇ」


「必要」


 ミラが言う。


「分かってる」


「でも見たくない」


「それも分かる」


 ガルドが少しだけ顔を上げた。


「……お前、たまに優しいよな」


「必要だから」


「セドみたいなこと言うな」


 ロイドが吹き出した。


 その時。


 店の奥からセドが出てくる。


 紙束を抱えていた。


「ロイドさん」


「何だ」


「提出用の概要をまとめました」


「早ぇな」


「まだ下書きです」


「それでも早ぇよ」


 ロイドが紙を受け取る。


 目を通す。


 そして、数秒後。


「……お前、本当に何者だ」


「セドです」


「そういう意味じゃねぇ」


 ロイドは紙を見返す。


 綺麗だ。


 簡潔で。


 必要項目が整理されている。


 しかも、組合側に突かれそうな箇所には、先回りして補足が入っている。


「お前、昔どっかの商会いたか?」


「いません」


「役人?」


「違います」


「じゃあ何でこんな慣れてんだ」


 セドは少しだけ考えた。


「必要だったので」


「……」


 ロイドが天井を仰いだ。


「便利だな、その言葉」


「便利ではありません」


「いや便利だろ。何でも通るじゃねぇか」


「通りません」


「通ってるんだよなぁ……」


 ガルドが苦笑する。


 ミラは横から紙を覗き込んでいた。


「ここ、材料比率違う」


 セドが即座に見る。


「どこですか」


「この数値。昨日変更した」


「……失礼しました」


 セドはすぐに書き直した。


 ロイドが目を細める。


「すぐ認めるんだな」


「間違いは修正します」


「普通、言い訳しねぇ?」


「必要ありません」


「本当に徹底してんな……」


 ロイドは苦笑した。


 だが、その空気は悪くない。


 忙しい。


 面倒だ。


 組合も厄介だ。


 それでも。


 今、この店は止まっていない。


 前へ進んでいる。


「セド」


 ガルドが低く呼ぶ。


「何でしょう」


「昨日の組合のやつ、あれで終わりじゃねぇぞ」


「分かっています」


「絶対また来る」


「はい」


「次はもっと踏み込んでくる」


「でしょうね」


 セドは淡々と答える。


「だから、先に整えます」


「整うか?」


「整えます」


 即答だった。


 ガルドが鼻で笑う。


「お前、本当に折れねぇな」


「折れる暇がありません」


「それ、笑うところか?」


「事実です」


 ロイドが小さく笑った。


「でもまぁ、嫌いじゃねぇよ。そういうの」


 セドは少しだけ目を向ける。


 ロイドは肩をすくめた。


「昔の俺なら、組合来た時点で諦めてた」


「……」


「面倒だからな。でかいところに睨まれたら終わりだって思ってた」


 ロイドは帳簿を閉じる。


「でも、お前ら見てるとよ」


 一拍。


「まだやれる気がする」


 店の空気が少しだけ静かになる。


 ガルドが視線を逸らした。


 ミラは無言だったが、手は止まっている。


 セドはロイドを見ていた。


「……そうですか」


「何だよ、その反応」


「いえ」


「もっとこう、嬉しそうにしろ」


「難しい要求です」


「お前ほんと感情薄いな!」


「そんなことはありません」


「いや薄いだろ」


「必要なら出します」


「感情を必要性で出すな」


 ロイドが笑う。


 少しだけ、空気が軽くなった。


 


 その頃。


 王城。


 ルイスは書庫ではなく、廊下を歩いていた。


 向かう先は、管理棟。


 王城の備品、廃棄、払い下げを扱う部署だ。


 もちろん、直接聞きに行くつもりではない。


 そんなことをすれば目立つ。


 今のルイスは、“何もしていない第二王子”でいる必要がある。


 だから、目的は別に見せる。


「……緊張するな」


 小さく呟く。


 すると、足元の影が揺れた。


 ノクスの気配。


 ――逃げる?


「逃げない」


 ルイスは苦笑した。


「でも、得意じゃないんだよ。こういうの」


 ――剣より?


「剣の方がまだ単純」


 人と話す。


 探る。


 悟られないように聞く。


 そちらの方が難しい。


 ルイスは軽く息を吐き、管理棟へ入った。


 中は静かだった。


 紙の音。


 羽ペンの音。


 足音。


 王城らしい、整った空気。


「……失礼します」


 受付にいた中年の男が顔を上げる。


 そして、慌てて立ち上がった。


「る、ルイス殿下!?」


「そんな驚かなくても」


「い、いえ! どういったご用件で!?」


 ルイスは困ったように笑う。


「少し、王城の備品管理について興味があって」


「備品管理、ですか?」


「うん。兄上に、王族として城の流れを知っておけって言われて」


 嘘ではない。


 アレクシス第一王子は、実際によくそういうことを言う。


 男は一瞬で納得した顔になった。


「あ、なるほど……!」


「迷惑だった?」


「い、いえ! 光栄です!」


 分かりやすい。


 ルイスは内心で少しだけ安堵した。


 これならいける。


「普段、どんなものを管理してるのか見てもいい?」


「もちろんです!」


 男はすぐに資料を持ってきた。


 備品一覧。


 魔石消費記録。


 払い下げ処理。


 廃棄申請。


 ルイスは表向き穏やかに眺めながら、必要な箇所を探していく。


「……へぇ」


 紙をめくる。


「廃棄って結構多いんだね」


「ええ。魔石は特に消耗品ですので」


「全部捨てるの?」


「いえ。一部は再利用、一部は払い下げ、一部は処理場行きです」


 来た。


 ルイスは表情を変えない。


「払い下げって、どこに?」


「登録商会ですね。王都指定の」


「へぇ……」


「価値の低いものはまとめて流しますので」


「安い?」


「かなり」


 男が苦笑する。


「手間がかかりますから。使えるものを選別するだけでも大変ですし」


 ルイスの頭の中で、線が繋がる。


 やはり。


 王城から出る流れがある。


 しかも、価値が低いと思われている。


「……面白いね」


「え?」


「いや、城の中だけで全部回してると思ってたから」


「そんなことはありません。外の商会がいないと、王城も回りませんので」


 ルイスは頷いた。


 その言葉は、妙に印象に残った。


 王城だけでは回らない。


 外が必要。


 人が必要。


 流れが必要。


 それはきっと、王も同じだ。


「殿下?」


「あ、ごめん。ちょっと考え事」


「いえ!」


 男は慌てる。


 ルイスは笑って誤魔化した。


「払い下げ先って、決まってるの?」


「はい。組合経由で登録された商会が担当します」


 そこで、ルイスの思考が止まる。


 組合。


 やはりそこに繋がる。


「……なるほど」


 簡単にはいかない。


 王城から出る流れも、組合が握っている。


 つまり、セドたちが今ぶつかっている相手は、想像以上に広い。


 ルイスは静かに息を吐いた。


「ありがとう。勉強になった」


「い、いえ! またいつでも!」


 ルイスは軽く手を振り、管理棟を後にした。


 廊下を歩く。


 静かに。


 考えながら。


「……組合、か」


 小さく呟く。


 想像以上に根が深い。


 材料。


 流通。


 登録。


 払い下げ。


 全部に絡んでいる。


「簡単じゃないな」


 ――だから面白い。


 ノクスの声。


 ルイスは苦笑した。


「面白いって言うには、胃が痛いよ」


 ――でも、やめない。


「うん」


 ルイスは窓の外を見る。


 遠くに王都が見える。


 そのどこかで、今もセドたちが動いている。


「……繋げないと」


 組合を真正面から壊すのは無理だ。


 今はまだ。


 なら、細い流れを作る。


 拾われないものを拾う。


 組合が価値なしと切り捨てた場所から、繋げる。


 それが今の自分たちの戦い方だ。


 ルイスは静かに拳を握った。


 派手な力はない。


 王としての権力もまだない。


 それでも。


 少しずつ、道は見え始めている。


 


 夜。


 ロイドの店。


 作業場の灯りはまだ消えていなかった。


「……で」


 ロイドが紙を見ながら言う。


「この払い下げっての、使えねぇのか?」


 セドの手が止まる。


「何故その話を?」


「王城の廃棄品、組合通して流れてるんだろ」


「……」


「なら、その流れに割り込めれば材料増える」


 ガルドが低く笑った。


「店主にしては頭回ってんな」


「うるせぇ」


 ロイドは顔をしかめる。


「俺だって考える時は考える」


「珍しい」


「ミラ、お前まで言うな」


 セドは静かに考えていた。


 王城払い下げ。


 確かに魅力的だ。


 だが、組合管理。


 今の自分たちでは、簡単には触れられない。


「可能性はあります」


 セドが言う。


「ただし、現時点では難しい」


「理由は?」


「登録商会の格が足りません」


「格、ねぇ……」


「王城払い下げは信用が必要です。今の私たちは、新規の小規模販売店でしかありません」


 ロイドが舌打ちする。


「結局そこか」


「ですが」


 セドは静かに続けた。


「流れ自体は把握する価値があります」


「……狙うのか?」


「いずれ」


 短い言葉。


 だが、そこに迷いはなかった。


 ロイドが少し笑う。


「ほんと、お前止まらねぇな」


「止まれば終わりますので」


「便利な言葉だなぁ……」


 ロイドは苦笑した。


 そして、作業場の灯りを見る。


 小さな灯り。


 だが、確かにそこにある。


 組合が来ても。


 圧をかけられても。


 まだ消えていない。


 なら。


 まだ、進める。


 ロイドは静かに息を吐いた。


「……よし」


 一拍。


「明日もやるぞ」


 ミラが頷く。


「うん」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「最初からそのつもりだ」


 セドは静かに紙を閉じた。


「では、次の準備を」


 小さな灯りは、まだ弱い。


 だが。


 確実に広がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ