龍
ドラゴンと人間とは、昔、不可分だった。
だが数百年前、ドラゴンの長が人間によって殺されて以来、互いに争うようになってしまった。
時は流れ、人間に届かないようなところにあるドラゴンの営巣地は、人間にとって寄りつかないところとなっていた。
そのため、昔はつながっていた街道が、営巣地を回避するようにして作り直されたために、獣道と大差ないような状況になっていた。
俺は、そんな中、連れの女性と一緒に旅をしていた。
彼女は、親とはぐれてしまったらしく、出会った時には体中傷だらけだった。
その時には7歳と言っていたから、今は16歳になるだろう。
そんな彼女と一緒に行っている俺は、町から町へと流れて品物の売買をして生計を立てていた。
主には、ある町で買った物品を、別の町へ売りに出かけるといったものだった。
だが、物だけにとどまらず、時には手紙も託されることもあった。
そんな俺たちが、今いる場所は、500年前まで主要街道として地図にも載せられていた"イスレール街道"という道だった。
すぐそばにはドラゴンの営巣地があるために、忌避されるようになってしまったため、誰も通らなくなってしまったのだ。
だが、この道は、最短経路で次の町へ続いているため、危険を冒して使う人もわずかにいる。
俺たちもそんなことで、この道を使っていた。
馬車でゆっくりと動いていると、急に馬がそわそわし始めた。
そして、俺たちをふるい落とす勢いで急に走り出した。
実際に、俺たちは荷台に座っていたのだが、馬のスピードを止められず、街道へ振り落とされてしまった。
馬を追いかけようとしたが、すでにどこか見えないところまで走り去っていた。
俺はひっくり返っている彼女を起こすと、周りを見回した。
どうやら、この辺りは、昔、村があったらしい。
建物が街道に沿って何軒か建てられている。
「この中の一つで、今日は泊らせてもらおう」
彼女に聞くと、一回うなづいた。
いっきに日が落ちていくような感じがした。
すぐそばにあった建物は2階建てだったが、2階部分の床が腐って倒壊しそうだったため入れず、次に覗き込んだ建物は、水漏れが異常に多かった。
3つ目、4つ目、5つ目と次々と建物を覗いていったが、一つも暮らせそうになかった。
「このままだと、私たち野宿になるのかな」
彼女が楽しげに俺に話した。
「雨とかは降りそうにない天気だけど、ドラゴンがすぐそばにいるということを考えると、それはいやだな」
俺は、8つ目の家に頭を突っ込みながら彼女に話した。
だが、この家もダメだった。
床に巨大な穴が開いていたのがその理由だ。
あきらめかけたその時、9つ目の家を見つけた。
「ここがダメだったら、野宿だな」
俺はそう言って彼女を見ると、かなり嬉しそうだった。
「…そんなに野宿が好きか」
「だって、いつも違う場所に寝るわけだから、雰囲気も変わって、空気も違うから楽しいよ」
「そうですか」
俺は彼女にそう言い返すと、家の中を覗き込んだ。
黄色い瞳とばっちり目が合った。
「…えっと、失礼しました」
俺は首をひっこめると、すぐにその場から出ようとしたが、すぐ後ろに暴風を感じて体ごと家の中に入れられた。
彼女を体の上にして、俺は気づいた。
「おはよう」
いつの間にか、日が昇りきっている。
「おはよう、ってさっきのやつは…」
俺が彼女をわきに降ろしてから、家の中を見回すと、一匹のドラゴンがこちらをじっと見ていた。
かなり弱っているらしく、見ているだけだった。
「彼女ね、子供を産んだんだけど、それで体力を使い果たしちゃったんだって」
彼女がいつの間にか聞いていたらしく、教えてくれた。
「…そうかい。それで、俺たちにどうしてほしいんだ」
ドラゴンに向かって話す。
彼らは人間と話すときは頭の中に直接話してくる。
その感覚は生涯慣れることがないだろう。
「この子を育ててほしい、大事な一人息子だ。頼めるか、人間よ」
「俺らにできることと言えば、そう多くないぞ」
「構わない、この子が無事に一人前になってくれれば」
ドラゴンは俺をじっと見ていた。
「…名前は」
「タンニーン」
「あなたの名は?」
「ゲオルギウスだ」
俺は立ち上がり、片膝をついてドラゴンの前に出た。
「ゲオルギウスよ。古来からの盟約に則り、ゲオルギウスが息子たるタンニーンを俺と畿誡の両名によって一人前に育て上げましょう。どうか、彼方より我々を見守っていただきたい」
ずっと昔に聞いたやり方で、俺はゲオルギウスに誓約を立てる。
すぐ横にいた畿誡も同じ格好をして同じ文言を言った。
それを聞いたゲオルギウスは、満足そうに唸ってから、末期の言葉を言った。
「古来の盟約によりて、我が息子たるタンニーンを岩居と畿誡の両名に託す。我が命この地で果てようとも、我が心は死なず。永久に我が息子と我が息子を育てし者たちに祝福を与えよう」
そう言って、ゲオルギウス自身のアゴヒゲの一本を俺たちの頭に載せて話した。
「タンニーンとともに喜び、ともに悲しみ、ともに生きておくれ」
「ゲオルギウスよ、この誓いは生涯忘れません。タンニーンを立派に育て上げて見せます」
それから、ゲオルギウスは息絶えた。
そのお腹の下から、タンニーンを引きずり出して、盟約のことを聞いてみる。
「うん、さっき話してたものだね。よろしく」
すでに俺の身長の1.5倍はあるが、まだまだ成長の途中であることを考えると、どうやって育てていこうかわからなかった。
だけど、俺たちはゲオルギウスとの約束を果たすため、タンニーンとともに生き続けた。
それこそ、一生一緒に。