零時を止めろ
湾岸は、約束を守らない。
昼はコンテナが列をなし、夜は光が海を縫う。だがその光は、電源ひとつで消える。
零時。湾岸一帯の変電所に“点検信号”が入るという情報が掴まれた。表向きはメンテナンス。裏では、都市機能停止の実地テスト。
「零時に落ちるのは、灯りだけやない。」
岡本玲奈の声は冷たい。
「物流も、通信も、心もや。」
迫田姉妹は遠隔監視を担当。彩香は外周封鎖。
そして今回、最前線に立つのは――山本あかり。
四日市の突貫娘。
無鉄砲。だが折れない。
「うち、やります。」
声が少し大きい。
「声を落とせ。」
彩香の小言は、いつも通りだ。
湾岸変電所。フェンスの向こうに巨大な鉄骨と配電盤。
海風が強い。塩の匂いが刺す。
「侵入経路、三分で開く。」
澪香の声。
「零時まで、十八分。」
澄香がカウントする。
あかりは工具バッグを肩に担ぎ、フェンスを越えた。
鉄の階段を駆け上がる。
「焦るな。」
玲奈の声が無線に入る。
「焦らへんです。」
言いながら、足は速い。
地下配電室。
異様に静かだ。
中央制御盤の奥に、不自然な黒い箱。
湾岸で見たあの装置の改良型。
「遠隔起爆式、二系統。」
迫田姉妹が解析する。
「解除コード、不明。」
零時まで十二分。
「あかり、触るな。」
玲奈が釘を刺す。
だが黒い箱の横に、赤いLEDが点滅する。
十、九、八――
「カウント始まってます!」
あかりの声が揺れる。
彩香が外で応戦を始める。
警備車両が到着。
「五分稼ぐ。」
短い言葉。
あかりは制御盤のカバーを外す。
配線は複雑だが、どこか見覚えがある。
「お父の現場で見たやつや……」
四日市の石油コンビナート。
父の工具箱。
夜勤帰りの油の匂い。
「電源は、止めるんやない。逃がすんや。」
自分に言い聞かせる。
「三分。」
澄香の声。
「あかり。」
玲奈の声が落ちる。
「できるか。」
一瞬の沈黙。
「できます。」
配線を切るのではなく、分岐させる。
負荷を逃がす。
LEDが赤から橙へ。
二、 一――
零時。
湾岸の光は、消えない。
港は静かに輝いたままだ。
だが地下では、スパークが走る。
「解除成功。」
澪香が確認。
その瞬間、銃声。
配電室のドアが吹き飛ぶ。
黒スーツの男が突入。
あかりは工具を投げつける。
一瞬の隙。
彩香が背後から制圧。
玲奈が遅れて現れる。
「無茶しよる。」
あかりは息を切らしながら笑う。
「突貫娘ですから。」
外に出ると、湾岸の夜景が広がる。
ポートタワーが揺れ、コンテナクレーンが動いている。
街は何も知らない。
だが、零時に落ちるはずだった灯りは守られた。
玲奈があかりを見る。
「今日の主役や。」
あかりは照れくさそうに頭をかく。
「でも、まだ終わってないですよね。」
玲奈は頷く。
「本番はこれからや。」
遠くで貨物船の汽笛が鳴る。
湾岸零時は止めた。
だが影は、まだ海の向こうで動いている。
西日本特別諜報班 NST。
存在しない部隊は、また一つ“時間”を守った。
零時は過ぎた。
だが夜は、終わらない。




