黒線 ― 二号線に立つ女
国道二号線は、嘘をつかない。
昼は物流の動脈。
夜は闇の抜け道。
岡本玲奈は、その線の上で育った。
交通課時代、“鬼台貫”と呼ばれた女。過積載車両を一台残らず止めた。数字が合わないものは、必ず止める。それが彼女の流儀だった。
その夜、二号線は湿っていた。
小雨。アスファルトが光を反射する。
「トラック三台、連続通過。重量誤差、二・七トン。」
迫田澄香の声が無線に乗る。
データは正確だ。だが公式の取締りは動かない。帳簿上は合法だからだ。
「また同じ会社か。」
彩香が助手席で呟く。
玲奈はハンドルを握り直す。
「数字は誤魔化せても、重さは誤魔化せへん。」
赤信号。
大型トラックが停止する。
車体側面には港湾再開発関連企業のロゴ。
玲奈は車を降りた。ヒールの音が濡れた路面に響く。
「積載証明、見せてもらえますか。」
警察ではない。制服もない。
だがその声は、命令だった。
運転手が目を逸らす。
「問題ないっすよ。」
玲奈は荷台に視線を向ける。
「問題ある。」
一歩踏み出す。
「荷台、開けて。」
運転手の手が震える。
その瞬間、後方から黒いワゴンが急接近。
「リーダー!」
彩香が叫ぶ。
玲奈は一瞬で状況を読む。
囮だ。二号線は一本ではない。
「澪香、追え。」
迫田姉妹が分かれる。
双子の片割れがワゴンを追尾する。
トラックの荷台が開く。
中にあったのは、電子制御基板の木箱。
都市インフラ向けと偽装されているが、数量が異常だ。
「制御盤用……いや違う。」
玲奈は箱を開ける。
「遠隔遮断用の中枢部品や。」
湾岸の通信遮断装置と繋がる。
点ではない。線だ。
無線が鳴る。
「黒ワゴン、旧倉庫街へ。」
澪香の声が冷静だ。
「行く。」
玲奈は即断する。
車は二号線を離れ、旧倉庫街へ向かう。
かつて取締りで何度も走った道だ。地形は頭に入っている。
倉庫前でワゴンが急停止。
男たちが降りる。武装している。
「武装確認。」
彩香が低く言う。
玲奈は短く頷く。
「最小限で制圧。」
動きは速かった。
彩香が正面から踏み込み、
玲奈は側面へ回る。
一人を制圧。銃を叩き落とす。
もう一人が引き金に指をかける前に、足を払う。
あかりが遅れて飛び込む。
「大丈夫ですか!?」
「遅い。」
玲奈は冷静に拘束を終える。
倉庫内部に並ぶのは、同型の木箱。
「都市電源制御網、複数地点同時遮断可能。」
迫田姉妹が解析する。
「二号線を使って分散搬入。痕跡を薄める。」
玲奈は静かに目を閉じる。
二号線は、彼女が守ってきた線だ。
「ここを使うとは、ええ度胸や。」
低く言う。
「兵庫を止める気やな。」
男の一人が吐き捨てる。
「止めるんじゃない。試すんだ。」
その言葉に、玲奈の瞳が氷のように冷える。
「試す場所、間違えとる。」
外に出ると、雨は止んでいた。
二号線は何事もなかったように車を流している。
玲奈は道路を見つめた。
過去の記憶が一瞬よぎる。
交通課時代、夜通し台貫に立った日々。
あの頃は違反を止めるだけでよかった。
今は、街そのものを止めようとする影と戦う。
彩香が隣に立つ。
「リーダー。」
玲奈は前を向いたまま言う。
「二号線は、通す線や。止める線やない。」
静かな決意。
「ここから先は、一本も通さん。」
遠くでトラックのエンジン音が響く。
線は続く。
だが影は、ここで断つ。
西日本特別諜報班 NST。
存在しない部隊が、今夜も一本の線を守った。
だが敵は、まだ全体像を見せていない。
二号線の影は消えた。
次は、どの線が狙われるのか。
玲奈はハンドルを握り直す。
「兵庫は、渡さへん。」
夜は、まだ終わらない。




