電波の向こう側に、リーダーの影
夜の神戸放送は、昼とは顔が違う。
通称ヨンテレビ。
兵庫県と地元新聞社が出資する独立系放送局。
虎ファン御用達の贔屓丸出し野球中継で他球団ファンの顰蹙を買い、
深夜帯では誰が得するのか分からないお色気番組を垂れ流す。
だが不思議と関東でも名前が通る。
電波は、侮れない。
今回の任務は、銃も刃も使わない。
だが一番危険だ。
リコールされた元県知事一派が、
この局を使って“電波ジャック”を企てている。
県警の不正疑惑を捏造し、
混乱を煽り、
「治安維持のための強権」を正当化する。
その放送が流れれば、
兵庫は一夜で揺れる。
彩香は、放送局の非常階段に立っていた。
「止める。絶対に。」
臨時リーダーとしての判断。
今回は、失敗が許されない。
澄香が低く告げる。
「副調整室、侵入済み。」
あかりが呟く。
「編集サーバーは三階。」
美咲が補足する。
「生放送と並行して差し込み映像を流す構造です。」
巧妙だ。
表ではいつもの夕方情報番組。
裏で、偽映像を準備。
タイミングを見て差し込む。
放送予定の映像データを抜き取った瞬間、
彩香の指が止まった。
画面に映る、拘束された女性。
白いブーツ。
濃紺の制服。
カラーガード隊の金ボタン。
玲奈。
顔は半分影に隠れている。
だが間違いない。
背中の線で分かる。
「……利用する気やな。」
政治的カード。
“内部抗争の証拠”として捏造し、
県警とNSTを失墜させるつもりだ。
彩香の拳が震える。
怒りで、視界が赤くなる。
だが、今は感情より先にやることがある。
「映像差し替える。
証拠だけ抜いて、流させへん。」
澄香が高速で回線を書き換える。
美咲がデータを隔離。
あかりが物理サーバーを遮断。
その瞬間、主調整室に赤ランプ。
“差し込み準備完了”
時間が迫る。
彩香は息を整える。
「今や。」
澄香がスイッチを切る。
差し込みは、黒画面のまま消えた。
スタジオでは何も起きていない。
いつもの情報番組が続く。
県民は、何も知らない。
放送事故は、起きなかった。
だが裏側は違う。
スパイが複数確認された。
制作部、技術部、報道部。
内部に協力者がいる。
「メディア側にこれだけ居るとなると……」
美咲の声が静かに重い。
「事態は深刻や。」
彩香は画面に映る玲奈を見つめる。
「カードにさせへん。」
その声は、低く硬い。
任務は成功。
だが敵は一枚上を行く。
そして――。
スタジオの扉が開く。
「お疲れさまでした~!」
明るい声。
さつき。
神戸放送の情報番組で準レギュラー出演中。
清楚で上品な阿波の快速娘。
収録を終え、廊下を歩いてきた。
目が合う。
「あれ?彩香?」
最悪のタイミング。
彩香は一瞬で表情を整える。
さつきはにこやか。
「番組観覧?それなら向こうだよ。」
廊下の奥を指差す。
まるで偶然居合わせた観覧客のように扱ってくれる。
機転だ。
彩香は小さく頷く。
「ああ、そっちか。」
さつきは気づいていない。
だが察している。
それ以上、踏み込まない。
この子は、本当に賢い。
スタジオの灯りが消える。
ヨンテレビの看板が夜に光る。
虎一色の応援も、
深夜のお色気も、
全部が“日常”。
その裏で、
兵庫は危うく揺らぐところだった。
彩香は外に出る。
夜風が冷たい。
玲奈はどこかで、まだ拘束されている。
映像に映ったあの姿は、
今もどこかの闇にある。
「必ず奪還する。」
小さく呟く。
電波は止めた。
だが戦いは止まらない。
メディアにまで浸透した影。
それでも。
兵庫の空気は、まだ澄んでいる。
揺るがせない。
彩香は背筋を伸ばす。
リーダーの背中に、
少しだけ近づいた気がした。




