表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/99

港湾の静寂、消えたリーダーの箱

東灘の夜は、匂いが二層ある。


海の塩気。

そして酒蔵の甘い麹の匂い。

六甲山の影が街に落ち、湾岸の灯が水面ににじむ。


神戸の洗練は、静かで、油断を生む。

だがNSTにとって、この夜は“締切”だった。


彩香が握っていた暗号データは、ひとつの結論に収束していた。

輸出コンテナ。

第三国経由。

国交のない権威主義国家。


それが意味するのはひとつ。


「行かれたら終わりや。」


彩香の声は低い。

風の中に溶ける。

玲奈がそこへ渡れば、取り返す手段はほぼ消える。


だから、今夜。

積み込み前に叩く。


港湾倉庫は巨大だった。

鉄骨の梁が暗闇に伸び、

フォークリフトの警告灯が、赤く瞬く。


表向きは機械部品の輸出。

実態は違う。


澄香が監視網を切る。

澪香が外周の歩哨を沈黙させる。

あかりは踏み込みたがるが、彩香に視線で止められる。


そして――美咲。


春日美咲。

地味で目立たない。

だが今夜は、彼女が鍵だった。


「私が入ります。」


美咲は迷いなく言った。

声は小さいが、芯がある。


「目立たない人間が、港では一番目立たない。」


彩香は頷く。


「頼む。今夜はお前の夜や。」


美咲は作業員の制服を着て、台車を押す。

歩き方まで合わせる。

視線は泳がない。

呼吸だけが静かに深い。


倉庫の一角。

輸出用コンテナが並ぶ。


番号は偽装。

だがNSTは掴んでいる。


“Δルート”。

第三国経由の偽装輸出。


コンテナの扉に触れたとき、

美咲の指が微かに震えた。


鍵が重い。


開ける。


中は暗い。


そして――匂い。


汗と布と、金属の匂い。


美咲はライトを落とさず、最小の光で照らす。


床に残る擦れ跡。

鎖が引きずられたような線。

そして、白い塗料片。


白いブーツの先が擦れたような痕。


さらに、隅に落ちている金色。


金モールの切れ端。


「……玲奈さん。」


美咲は声を出さない。

だが確信する。


ここにいた。


玲奈はこのコンテナに監禁され、

権威主義国家へ送られる寸前だった。


無線を押す。


「彩香さん。痕跡あり。

玲奈さん、この箱に入れられてた可能性が高い。」


車内で彩香が息を呑む。


「……止めた。間に合った。」


その言葉は、勝利ではなく、祈りに近かった。


だが美咲の視線が、コンテナの壁を追う。


小さなメモ痕。

鉛筆で擦ったような跡。


“B-7”


搬出区画の番号。


「詰め替え……?」


美咲は背筋が冷える。


玲奈は直前で、別のトラックへ移された。

このコンテナは“空”になった。


つまり。


敵は、NSTの襲撃を見越して

囮のコンテナを用意していた。


彩香が叫ぶ。


「B-7へ向かう!今すぐや!」


NSTが一斉に動く。


あかりが駆ける。

澄香が港の出口を塞ぐ。

澪香が高所から走るトラックを探す。


そして美咲は、目立たないまま先回りする。


B-7の搬出口。


トラックのテールランプが見える。

荷台は覆い。

番号は偽装。


彩香が歯を食いしばる。


「追うぞ!」


その瞬間。


遠くから、場違いな明るい声が響いた。


「うわぁ~!灘の酒蔵って、ほんま奥深いなぁ!」


彩香の背中が凍る。


見慣れた後ろ姿。


明るい色のハーフツインテールで小柄な女――美月。

気品ある長い黒髪、長身で歩き方が上品――さつき。


「またあいつらや。何で毎回居るんや……」


彩香は呻く。


今ここで見つかれば、厄介だ。

口が軽いとかじゃない。

彼女たちは“日常”だ。

日常がここに入ってくると、任務が崩れる。


だが運は残酷だ。


さつきが振り返る。


目が合う。


「……あれ?彩香?」


終わった。


さつきは、カメラに向けて喋りながら近づいてくる。


「今ね、灘の酒造りの工程で“麹”がどれだけ大切かって――」


美月もノリノリ。


「この酒蔵の仕込み水がな、六甲の伏流水で、めっちゃまろやかやねん!」


彩香は歯を食いしばる。


「今それどころちゃうねん……!」


だが言えない。極秘任務。


その隙に。


トラックが動き出す。


ゆっくり。

確実に。

港の闇へ溶けるように。


彩香が叫びそうになるのをこらえ、無線で命じる。


「追う!――追うで!」


あかりが走り出す。


だが、さつきが道を塞ぐように近づいてくる。


「彩香、こんなとこで何してんの?

あ、これ美味しかったよ。酒粕スイーツ!」


美月が笑う。


「せや!彩香も食べよ!元気出るで!」


彩香の目が据わる。


「……どけ。」


低い声。


さつきはきょとん。


「え?」


その一秒。


トラックは角を曲がり、視界から消えた。


澪香の声が無線で刺さる。


「……見失った。」


その瞬間、港の騒音が戻ってくる。


フォークリフトの音。

波の音。

遠くの車の走行音。


彩香は拳を握る。


だが怒鳴らない。

怒鳴っても戻らない。


ただ、言葉だけが落ちる。


「……玲奈さん。」


美咲が戻ってくる。


彼女の手には、金モールの切れ端。


「彩香さん。痕跡は掴みました。

まだ、線は切れてません。」


彩香はそれを受け取る。


指先に金色が痛い。


「せやな。終わってへん。」


美月がまだ笑っている。


「何やみんな暗いで?酒蔵ってええやろ?」


さつきもニコニコ。


「海と山が近いから、こういう文化が育つんやって。」


彩香は心の中で毒づく。


文化の話をしてる間に、

リーダーが運ばれていったんや。


NSTの車が動き出す。


東灘の夜は静かだ。

だがその静けさの中で、

リーダーの運命は、再び闇へ滑った。


コンテナは叩いた。

移送は阻止した。


しかし玲奈は、そこにいない。


金色の糸だけが残る。


港湾の静寂は、何も答えない。


そして彩香は、次の決断を迫られる。


玲奈の運命やいかに――


その答えは、海の向こうではなく、

この夜の続きにある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ