港に折れた旗
ポートアイランドの空は、どこか人工的に澄んでいる。
海と都市が交わる埋立地。
物流の動脈が集まり、貨物船が静かに呼吸する場所。
その日、広場では市民パレードが開かれていた。
ブラスバンドの音色。
子どもたちの歓声。
観光客のスマートフォン。
先頭を歩くのは県警カラーガード隊。
その中央に、玲奈がいた。
濃紺のジャケット。
白いロングブーツ。
鍛え抜かれた美脚が規則正しく地面を打つ。
均整の取れた体躯。
凛々しく端正な顔立ち。
旗を掲げる姿は、まるで彫刻のようだった。
「かっこいい……」
沿道の子どもが呟く。
玲奈は視線をまっすぐ前へ。
市民と音楽を繋ぐ存在。
それが彼女の表の顔。
だが裏では、NSTのリーダー。
ポートアイランドの物流センター周辺に不穏な動き。
コンテナの搬入記録に不自然な空白。
港湾保税倉庫に出入りする“幽霊便”。
元県知事一派が背後で動いている。
パレードが終わる。
拍手の波が静まる。
玲奈はそのまま隊列を離れた。
制服姿のまま。
関係者以外立入禁止の倉庫エリアへ向かう。
この姿なら、警察関係者として怪しまれない。
巨大な倉庫群。
鉄と潮の匂い。
白いブーツがコンクリートを踏む。
遠くでフォークリフトの音。
玲奈はシャッターの隙間から内部を確認する。
木箱が運ばれている。
刻印は食品輸送用。
だが重量配分が異様だ。
「彩香、確認する。」
イヤーピースに声を落とす。
「単独で深入りするな。」
彩香の返答は短い。
その瞬間。
背後に、気配。
振り向くより早く、腕を掴まれる。
「ナニ、シテル?」
低い声。
東洋人風の男。
カタコトの日本語。
もう一人、さらに二人。
無表情。
訓練された動き。
玲奈は反射的に肘を叩き込む。
一人が崩れる。
回し蹴り。
白いブーツが風を切る。
だが、数が違う。
背後から腕を取られ、体勢が崩れる。
スタンガンの閃光。
全身が痺れる。
膝が落ちる。
旗を掲げる姿勢が、崩れる。
「……玲奈?」
イヤーピース越しに彩香の声。
応答できない。
男たちは無言で手首を後ろに回す。
金属音。
手錠。
カラーガードの制服姿のまま。
白いブーツが地面を擦る。
「動クナ。」
カタコトの命令。
玲奈は歯を食いしばる。
誇りは、奪わせない。
だが状況は冷酷だ。
無線を奪われる。
イヤーピースが床に落ちる。
通信は、そこで途絶えた。
「玲奈? 応答しろ。」
彩香の声が空を切る。
倉庫の奥へ引きずられる。
シャッターが閉まる音。
外では、まだパレードの余韻が残っている。
市民は知らない。
憧れのカラーガード隊員が、今まさに拘束されていることを。
薄暗い倉庫の一室。
玲奈は柱に繋がれる。
手錠が光る。
制服の肩章が乱れている。
それでも背筋は伸びている。
男の一人が言う。
「オマエ、ジャマ。」
元県知事の名が出る。
物流センターは拠点。
薬物と人身売買の中継地。
玲奈は理解する。
これは単なる密輸ではない。
武器、人員、資金。
クーデターの準備。
港に沈む夕日が赤く染まる。
NST側。
彩香が無線を握り締める。
「位置特定できん。」
澄香、澪香、あかり。
誰も言葉が出ない。
初めてだ。
リーダーを、失った。
「くそ……」
彩香の声が低く震える。
港の夜が降りる。
貨物船の赤い灯が、ゆっくりと瞬く。
倉庫の奥で、玲奈は静かに目を閉じる。
旗は折れた。
だが、心までは折れない。
西日本特別諜報班 NST。
初の任務失敗。
港に落ちたのは、ただの旗ではない。
それは――信頼と均衡。
影は、さらに深くなった。




