海上空港非常線 第19話 笑顔の警戒線、ほどける現場 ― リオ・エアポート・ブリッジ
空港の警戒線は、いつも硬いとは限らない。
ときには、笑顔の方が強い。
海上空港の到着ロビーで、不審者通報が相次いだ。
黒い帽子の男。
大きな紙袋を抱えた女。
妙に落ち着きのない若者。
だが、玲奈は最初から違和感を持っていた。
「通報が多すぎる」
彩香が頷く。
「本命を隠す陽動ですね」
その日、前に出たのは空港警察署からNSTに補強された真砂里緒だった。
25歳。
NSTの若手――彩香、麻衣、美咲、迫田ツインズ、あかりより少し年上。
だが、偉ぶるところがまるでない。
「NSTのこと、まだ分からないこと多いので、色々教えてくださいね」
そう言って、彼女は自然に輪へ入った。
麻衣には子ども連れ対応を教わり、美咲には人の流れの見方を尋ね、迫田ツインズには左右導線の扱いを聞く。
そして、あかりには笑顔で言った。
「あかりちゃんは、動く前に一回だけ周りを見る癖をつけると、もっと強くなると思う」
「里緒さん、優しい……」
あかりは一瞬で懐いた。
彩香が横でぼそっと言う。
「同じこと、私が百回言うても聞かんのにな」
「彩香さんは言い方が怖いんですよ」
「誰が怖いねん」
「今です」
あかりの即答に、里緒が思わず笑った。
現場では、里緒の強みがすぐに出た。
空港警察官として、旅客への声かけが自然だった。
不審者扱いせず、警戒もさせず、しかし情報は引き出す。
「すみません、少し確認だけよろしいですか?」
「ご不安でしたね。こちらで状況確認します」
「大丈夫です。移動はこのまま続けてください」
声が柔らかい。
だが判断は速い。
通報の中から、本当に意味のあるものだけを拾い、NSTへ渡す。
旅客の不安は鎮まり、空港警察側の情報は滞らず、彩香の現場指揮が一気に楽になる。
「……里緒さんおると、現場が荒れへんな」
彩香が低く呟く。
玲奈は短く返した。
「橋渡し役や」
黒鷹の狙いは、不審者騒ぎそのものではなかった。
旅客の視線を散らし、空港警察の対応を分散させ、その隙に到着ロビー脇の業務通路で小型端末を受け渡すつもりだった。
美咲が裏導線を拾う。
麻衣が家族連れを安全な流れへ誘導する。
迫田ツインズが出口を左右から閉じる。
美音が監視カメラの死角を補正し、あおいが上から人流を読む。
最後の確保役はあかり。
「今や!」
彩香の声。
あかりが飛び出そうとする。
その瞬間、里緒が一言。
「あかりちゃん、右の親子連れ、先に抜けてから」
「あっ、はい!」
あかりは一瞬止まり、親子連れが通過してから動いた。
それだけで、確保は綺麗になった。
運び役は逃げられない。
一般客も巻き込まれない。
あかりが腕を押さえる。
「確保です!」
彩香が珍しく、即座に褒めた。
「今のは良かった」
あかりの顔が輝く。
「ほんまですか!?」
「ただし、里緒さんのおかげや。お前一人やったら親子連れ巻き込みかけとった」
「うっ……」
里緒が笑って助け舟を出す。
「でも、止まれたのはあかりちゃんですよ」
「里緒さん……!」
あかりはほぼ感動していた。
彩香が呆れる。
「もう里緒さんに飼ってもらえ」
「犬扱いですか!?」
「突進犬や」
玲奈の口元が、わずかに緩んだ。
任務後、仮設詰所に戻ると、里緒は少し恐縮したように頭を下げた。
「今日は皆さんの動きを見るだけでも勉強になりました」
彩香は腕を組む。
「いや、こっちが助かりました。空港警察との話も早いし、あかりの制御も効く」
「あかりちゃんは素直ですよ」
「素直すぎて危ないんです」
「それはありますね」
「そこは認めるんかい!」
あかりが叫び、詰所に小さな笑いが起きる。
玲奈は里緒を見て、短く言った。
「現場を荒らさず、流れを整えた。十分や」
それは最大級の評価だった。
里緒は背筋を伸ばす。
「ありがとうございます。これからも、橋渡し役として動きます」
海上空港非常線。
第十九の線は、銃声でも怒号でもなく、ひとつの笑顔で守られた。
真砂里緒。
彼女は戦う前に、現場をほどく。
その柔らかい警戒線は、NSTに新しい強さを加え始めていた。




