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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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海上空港非常線 第10話 空の制服、二つの微笑み

空港で一番信用されるものは、身分証だけではない。

制服だ。


濃紺のジャケット。白いブラウス。首元のスカーフ。整った髪。柔らかな笑顔。

それだけで人は道を空ける。案内を信じる。立ち入り禁止の向こう側にいることを、不思議に思わない。


黒鷹は、そこを突いてきた。


「今回は乗務員導線や」


仮設拠点で、玲奈が静かに言った。


「乗客でも貨物でもない。制服を着た人間が動く」


彩香が腕を組む。


「一番厄介なやつやな。信用されとるから疑われへん」


「せや」


玲奈は短く頷いた。


「だから、こっちも制服で入る」


その視線が、迫田ツインズに向いた。


澄香と澪香。

瓜二つの双子。

整った顔立ちと華やかな雰囲気。空港の制服を着せれば、嫌味なく似合う。いや、似合いすぎる。


澪香はキャビンアテンダントに扮し、機内側へ入る。

澄香はグランドホステスに扮し、搭乗カウンターからゲート周辺を見る。


空と地上。

二つの制服。

二つの微笑み。


「いけるな?」


彩香が聞く。


澄香が笑う。


「いつも通り」


澪香も同じ顔で続ける。


「間違えられるのも込みで」


搭乗ロビーは、朝から慌ただしかった。


九州方面への便。

ビジネス客、観光客、修学旅行らしい団体、スポーツ合宿らしい学生たち。人の流れは多いが、空港としては日常の範囲だった。


澄香はカウンター側に立った。


「いってらっしゃいませ」


柔らかく頭を下げる。

声も姿勢も完璧だった。


その数十メートル先。

澪香は機内準備に入っていた。


「こちらのお荷物は上の棚へお願いします」


落ち着いた声。

笑顔。

だが視線は動いている。


黒鷹が使うのは、偽スタッフ。

狙いは、乗務員交代と清掃導線の一瞬の乱れ。

そこから制限区域の奥へ入り込み、後続の作戦に使う機材を仕込むつもりだった。


制服を着た者は疑われにくい。

だからこそ、見抜く側にも制服が必要だった。


「地上側、一人おかしい」


澄香が小さく言う。


「機内側にも一人」


澪香が返す。


二人の声は似ている。

だが玲奈は迷わない。


「澄香、泳がせろ。澪香、締める準備」


「了解」

「了解」


同時だった。


彩香が少しだけ呆れたように言う。


「ほんま、ややこしいわ」


美音が淡々と返す。


「敵にはもっとややこしいでしょうね」


その通りだった。


そこへ、最悪にしていつもの女が現れた。


赤嶺美月。


チアリーディングサークルの合宿で九州方面へ向かうらしい。明るい色のツインテールを揺らし、荷物を転がしながら、友人たちと賑やかに歩いている。


そして、グランドホステス姿の澄香を見つけた。


「あっ、澪香!」


完全に間違えた。


「なにしてんねん。制服似合ってるやん。また秘密の任務やろ? 頑張ってなぁ~」


澄香は、一瞬も崩れなかった。


「ありがとうございます。お気をつけて」


完璧な笑顔。


美月は満足そうに手を振る。


「ほな行ってくるわ!九州制覇してくるで!」


友人たちと一緒に、搭乗口へ消えていく。


ツインズにとっては毎度のことだった。

美月はだいたい間違える。

澄香を澪香と呼び、澪香を澄香と呼ぶ。

二人は訂正しない。面白がって、そのまま流す。


インカムの向こうで彩香が思わず呟いた。


「あのツインテール、ホンマに毎回間違えよる。やっぱアホやわ」


あかりが小声で言う。


「でも、私もたまに分からなくなります」


「お前も大概や」


彩香の返しは早かった。


玲奈の口元が、わずかに緩む。


だが、次の瞬間には空気が戻った。


偽スタッフが動いた。


地上側の男が、搭乗ゲート横のスタッフ通路へ入ろうとする。

澄香は、にこやかな笑顔のまま一歩前へ出た。


「申し訳ございません。こちらは確認後のご案内になります」


声は柔らかい。

だが、通さない。


男が一瞬止まる。


その一瞬で十分だった。


機内側。

澪香が別の偽スタッフの前に立つ。


「お客様、こちらのエリアは乗務員専用です」


「いや、私は――」


「確認します」


笑顔のまま。

だが、もう逃げ道はない。


二人は同時に“場”を閉じた。


澄香は地上で流れを作る。


搭乗客を乱さず、ゲートの列を崩さず、偽スタッフだけを浮かせる。

それは目立たないが、高度な仕事だった。


一方、澪香は機内側で締める。


狭い通路。逃げ場の少ない機内。

相手が強引に抜けようとした瞬間、澪香は体の向きだけで進路を塞いだ。


「終わりです」


短い声。


その頃には、美咲が背後を押さえ、麻衣が一般客の視線を自然に逸らし、美音が清掃導線の不自然な遅れを止めていた。あおいは上からゲート周辺の人の流れを見ている。結月は外周側、あかりは最後の逃走に備えて待機。


だが、今回はあかりが走るまでもなかった。


「機内側、終わり」


澪香。


「ゲート側も終わり」


澄香。


ほぼ同時だった。


押収された偽スタッフの荷物からは、制限区域の電子ロックを一時的に誤作動させる小型装置が見つかった。

もし通していれば、貨物地区から滑走路側まで、複数の導線が一気に不安定になっていた。


彩香が低く言う。


「制服一枚で、ここまで食い込む気やったんか」


美音が頷く。


「空港では、制服そのものが通行証ですから」


玲奈はツインズを見た。


「よう止めた」


それだけだった。


だが、その一言で十分だった。


澄香は肩をすくめる。


「地上は流れが見えやすいです」


澪香は静かに続ける。


「機内は逃げ場が少ない」


二人の持ち味は違う。

澄香は全体の流れを読み、場を整える。

澪香は最後の一点を締める。


同じ顔。

違う役割。

その二つが噛み合うと、空港の複雑な導線さえ静かに止まる。


搭乗ゲートの外では、美月が機内へ向かう直前、もう一度手を振っていた。


「澪香ー!またなー!」


澄香は、また笑顔で頭を下げた。


「いってらっしゃいませ」


彩香が顔をしかめる。


「最後まで間違えよったな」


あかりが真面目に言う。


「でも澄香さんも楽しそうでしたよ」


「それがまた腹立つねん」


玲奈は何も言わない。

ただ、少しだけ目を細めていた。


海上空港の空は、今日も青い。

飛行機は定刻で飛び、制服の女たちは何事もなかったように微笑む。


だが、その裏で、二つの制服が一つの非常線を守っていた。


迫田ツインズ。


空の微笑みと、地上の微笑み。

澪香と澄香。

あるいは、澄香と澪香。


見分けがつかないことさえ、武器になる。

間違えられることさえ、楽しみに変える。


その双子が並んだ時、空港のどんな嘘も、長くは飛べない。

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