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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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あと一歩が踏み出せない ― 佐用ボーダー・スタンドオフ

夜の高速を、白いラインが伸びていく。

その先にあるのは――境界だ。


兵庫県。

それは一つの地図の中に引かれた、ただの線。

だがこの世界では、その一本がすべてを分ける。


越えれば――終わり。

越えさせれば――敗北。


西日本特別諜報班。通称NST。

その存在は極秘。名を知る者は、ほんの一握り。

任務はただ一つ――“見えない線”を守ること。


だが彼らには、決定的な制約がある。

活動は兵庫県内に限る。

それは警察管轄という建前であり、同時に絶対の掟。


だから敵は笑う。


県境の向こう側で。


黒鷹――影の私兵。

そして、リコールされた元知事。

彼らは知っている。


一歩外に出れば、追えない。

一歩外に逃げれば、勝ちになる。


だから線の上で戦う。

越えるか、越えさせるか。

ただそれだけの勝負。


銃声はない。

爆発もない。

だが――一歩の判断が、すべてを決める。


止まる者。

踏み出す者。

そして、踏み出させない者。


見えない境界線の上で、

今夜も静かに、戦いが始まる。

兵庫県佐用町――岡山県との県境に張り付くように広がる山間の町だ。

中国山地の稜線がゆるやかに重なり、国道も県道も、どこかで必ず“線”に突き当たる。看板一枚で世界が変わる場所。「ここから岡山県」という無機質な標識が、日常と任務の境目をはっきりと刻む。物流は静かに流れ、車は迷いなく通り過ぎる。だがこの町では、その“通り過ぎる一瞬”が、勝敗を分ける。


西日本特別諜報班――NST。

彼らの行動は兵庫県内に限られる。越えれば終わり。越えさせれば敗北。

黒鷹はその制約を熟知していた。兵庫側で受け、県境を一歩越えた瞬間に引き渡す“ワンタッチ搬送”。追う側にとって最も嫌なやり口だ。


「一歩や。たった一歩で負ける」


西川彩香が低く言った。

播州の烈火。現場で流れを変える女。


「だから、その一歩の手前で止める」


玲奈の声は短い。


夕暮れの佐用。

山の影が長く伸び、道路標識の白が浮き上がる時間帯。

本命の車両は、県境へ向かっている。速度は一定。焦りは見せない。だが、その一定こそが“作られた流れ”だと彩香は知っている。


「南ルート、来るで」


あおいの声が落ちる。


「見えてる」


彩香はアクセルを踏み込まない。

追わない。先回りする。


(県境まで三分……間に合う)


そう読んだ、その時だった。


クラクションが、場違いに鳴った。


「ちょっと、なんで進まへんの!?」


助手席から身を乗り出す、明るい色のツインテール。

赤嶺美月だった。


「前、詰まってるって!」


運転席の友人が慌てる。


「いや詰まってへんやん!あの車、全然動かんやん!」


完全に苛立っている。

そして――NSTの車列にロックオンしていた。


彩香のこめかみがぴくりと動く。


「……あのツインテール、ホンマええ加減にせえよ」


怒りは最大値だった。


美月は何も知らない。

ただのドライブ帰り。だが、この女は“流れの異常”に妙に敏感だ。


「絶対なんかあるって、あれ」


後ろから圧をかける。

車間を詰める。

クラクションを鳴らす。


(最悪や……)


だが次の瞬間、彩香の目が変わる。


(……使える)


「玲奈さん、後ろ使う」


「任せる」


短い承認。


彩香はわざと、進路を微妙にずらす。

県境へ向かう“本線”から、ほんのわずかに外れる。


「お、動いた!」


美月が反応する。


「ほらやっぱり怪しいやん!追うで!」


友人は半泣きだが、アクセルを踏むしかない。


「ちょ、スピード出しすぎやって!」


「ええから行け!」


完全に追跡者だった。


黒鷹の車両も、それを見る。


(……第三車両?)


一瞬、判断が鈍る。

追っているのか、追われているのか。流れが歪む。


その“歪み”を、彩香は逃さない。


「今や」


玲奈の声。


双子が脇道から入る。

美咲が影で接続点を断つ。

あかりが裏手へ回る。


彩香は本線を外れたまま、わざと“追われる車”を演じる。

美月の車が、さらに食いつく。


「待てやー!」


完全に無関係の追跡劇。

だがその騒音が、すべてを覆い隠す。


本命車両は、県境まで残り数百メートル。


「間に合うか……?」


黒鷹の運び手がアクセルを踏む。


その瞬間――


道が“詰まる”。


前に、車。

横から、影。


あかりが突っ込む。


「止まりです!」


荒い。

だが速い。


同時に、双子が左右を塞ぐ。

逃げ道は消える。


県境まで――あと十数メートル。


「くそっ……!」


だが、踏み出せない。


その一歩を、彩香が奪った。


静寂が戻る。


山の影がさらに濃くなる。

「ここから岡山県」の看板が、白く浮かぶ。


その下で、任務は終わっていた。


少し離れた場所で、美月が文句を言っている。


「なんやねん結局!ただの渋滞かいな!」


何も分かっていない。

だが、今回の“鍵”だった。


彩香は腕を組む。


「あのツインテール……」


低く吐き捨てる。


「ようこそ岡山県への案内板の下に括りつけたろうか」


あかりが真顔で返す。


「ずっと喋っていそうですね」


「騒音公害になるか……」


彩香が本気で嫌そうな顔をする。


そのやり取りを聞いて、玲奈の口元がわずかに緩んだ。


佐用の境界は、今日も静かだ。


越えられなかった一歩。

越えさせなかった影。


それだけで、勝敗は決まる。


西川彩香。

線の手前で止める女。


そのやり方は荒い。

だが――確実に勝つ。

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