表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

215/242

神戸シャドウ・ポート ― 見えない街の連続線 第3話『地下街に沈む声、届かない助け』

神戸――

海と山に挟まれたこの街は、今日も静かに息をしている。


港には荷が流れ、

山の手には灯りがともり、

人々は何も知らず、日常を繰り返す。


だが、その裏で――

もうひとつの“流れ”が動いている。


見えない線。

消えない影。

繋がっているはずのない出来事が、やがて一つに収束する時、

この街は、静かに牙を剥く。


誰も気づかない。

誰も止められない。


だが――

その“見えない連続線”を読む者たちがいる。


西日本特別諜報班、NST。


記録には残らない。

表にも出ない。

だが確実に、流れを断つ。


港で、山で、街の隙間で――

彼女たちは今日も、誰にも知られず戦っている。


これは、神戸という街に仕掛けられた

見えない事件の記録。


そして――

静かに勝ち続ける者たちの物語である。


三宮の地下街は、神戸のもう一つの顔だった。

地上では海と山が近く、異国の匂いがするこの街も、地下へ潜れば別の表情を見せる。照明に均された通路、絶えず流れる人の足音、店先の呼び声、ガラスに映る無数の影。少し南へ出れば旧居留地の石造りの街並みが続き、昼間は洗練された買い物客で賑わう。だが地下と地上を結ぶその狭間には、人の流れに紛れて消えるには十分な“死角”があった。


黒鷹は、その死角を使っていた。


子ども向けイベントに紛れた暗号受け渡し。

バルーン教室、スタンプラリー、親子向けの小さな催し。そこへ、意味のある言葉と物を滑り込ませる。受け渡し役は一般客の顔をして笑い、周囲の大人は誰も怪しまない。しかも相手は、いざとなれば子どもたちの輪を盾にして消えるつもりだった。


「ほんま、趣味悪いわ」


彩香が低く吐き捨てる。


「騒ぎは最小限。子ども優先」


玲奈の声は短い。


「麻衣、お前が前や」


「はい」


白浜麻衣は小さく頷いた。


童顔で、小柄で、やわらかい。

だが、この手の現場で最も信用できるのは彼女だった。子どもと同じ高さまで自然にしゃがみ、親たちの警戒心をほどき、場を壊さずに流れを変えることができる。目立たないが、必要な人間。阪急ブレーブスで言えば、いぶし銀の二番打者みたいな役割だった。大熊忠義のように、見えにくいが試合を動かす人間。


地下街の広場で、麻衣はすでに“そこにいる人”になっていた。


「このスタンプ押したら、次こっちやよ」


子どもに目線を合わせ、やさしく指差す。

泣きかけた子には声をかけ、列が詰まればさりげなく一人分の間を作る。誰も気づかない。だが、確実に人の流れは整えられていく。


その一方で、麻衣の視線は違うものを追っていた。

スタンプ台の配置。

景品袋を持つスタッフの手の動き。

イベントの外にいるのに、妙に子どもの輪を気にしている男。


(……おる)


受け渡し役は二人。

一人は保護者に紛れ、もう一人は景品係の近くに立っている。

どちらも“普通”すぎて、普通じゃなかった。


その時だった。


「まいやーん!」


最悪の声が、地下街の天井に反響した。


赤嶺美月。

完全にプライベートらしい。買い物帰りなのか、紙袋を片手にぶら下げたまま、こちらへ駆け寄ってくる。


「何してんの!? え、めっちゃ子どもおるやん!」


彩香がインカム越しに、あからさまに舌打ちする。


「……またかいな」


だが美月は止まらない。


「うわ、可愛い! みんな何してんの!?」


その瞬間、子どもたちの空気が変わった。


「あっ、美月ちゃんや!」

「ほんまや!」

「テレビで見たことある!」


人気がある。知名度がある。

それがこういう場では、最悪にも最良にも転ぶ。


美月はもちろん、最良にも最悪にもなる女だった。


「よっしゃ、みんな一緒に遊ぼか!」


しゃがみ込む。

笑う。

ハイタッチする。

一瞬で子どもたちの中心へ入る。


地下街の広場は、完全にカオスになった。


「……終わったな」


あかりが小声で言う。


「いや」


麻衣は静かだった。


「使える」


その一言に、玲奈がわずかに目を細める。


「続けろ」


麻衣は美月に近づいた。


「美月さん、そのままみんな見ててくれますか?」


「ええで! 任しとき!」


単純だった。

美月は“頼られる”と弱い。


しかも、子どもたちの視線は完全に美月へ集中している。

つまり――危険な位置にいた子どもたちを、一気に安全な側へ引っ張れる。


「ほらほら、こっちで写真撮ろか!」


美月が輪を作る。

子どもが集まる。

親も寄る。

視線が一方向へ偏る。


その一瞬の偏りが、地下街の流れを変えた。


麻衣は、空いた通路へ入る。


受け渡し役の一人が、動いた。

景品袋の列の裏を抜けて、旧居留地側の出口へ向かう。


(今や)


麻衣は追わない。

その代わり、前へ回る。


小さな身体を、狭い通路の角へ滑り込ませる。

正面から立ちはだかる。


「すみません、そっちは今、通れないんです」


声はやわらかい。

だが、退かない。


男は苛立つ。


「どいてくれ」


「無理です」


短い返事。


その間に、双子が裏からラインを切り、美咲が影のようにもう一人の受け渡し役の背後へ回る。あおいが上から人の流れを読み、美音が時間差を計算している。


麻衣の役目は、ここで“壁”になることだった。


相手が強引に抜けようとした、その瞬間。


「今!」


彩香の声。


あかりが飛び込む。

双子が閉じる。

美咲が最後の出口を塞ぐ。


短い制圧。

騒ぎは、子どもたちの笑い声に紛れて消えた。


任務完了。


美月はまだ子どもたちと戯れていた。


「ほら、次はこっち向いてー!」


本人は何も知らない。

だが、その“何も知らない人気者”を利用して、麻衣は任務を静かに終わらせた。


玲奈が、珍しくすぐに言った。


「綺麗やったな」


最大級の評価だった。


麻衣は少しだけ照れたように笑った。


「美月さんのおかげです」


「えっ、ウチなんか役立った!?」


「……結果的には」


彩香は、役立ったという言葉を飲み込めない顔をしていた。


任務後、地下街を外れたところで、ついに爆発する。


「あのツインテール、ホンマにエエ加減にせえよ。三宮の人混み放り込んで迷子にしたろか」


あかりが真顔で言う。


「美月さんは迷子にならないと思いますよ」


「知るかボケェ。そのまま新開地でもどこでも行けばええねん」


ますます意味不明だった。


「なんで新開地なんですか?」


「せやからどこでもええねん!」


完全に理屈が崩壊している。


そのやり取りを見ていた玲奈の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

誰も指摘しない。

だが、彩香だけは見逃さなかった。


(……しゃあないか)


三宮の地下は、またいつものざわめきに戻っていた。

人は流れ、灯りは揺れ、誰も気づかない。


地下街に沈んだ声。

届かなかった助け。

だが、その見えない場所で、白浜麻衣は今日も一つ、子どもたちの日常を守っていた。


小さな頭脳で、やさしく。

静かに。

そして確実に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ