港に立つ三つの顔
ポートタワーの赤が夜の海に滲む。
神戸は光の街だ。だが光が強いほど、影は深い。
岡本玲奈は、その境界に立つ女だった。
兵庫県警本部から戦隊ヒロインプロジェクトへ出向中。肩書きは華やかだ。県警音楽隊カラーガード隊員として、式典やパレードで先頭に立ち、鋭く正確なフラッグ捌きで観衆を魅了する。旗は風を切り、音楽と県民の心を結ぶ。
白い手袋。直立不動の姿勢。微笑みは最小限。
戦隊ヒロインとしても前線に立つ。だが他のヒロインのように朗らかではない。玲奈は笑わない。任務に私情を混ぜない。冷たい、と言われることにも慣れている。
だが彼女には、もう一つの顔がある。
――西日本特別諜報班、通称NST。
そのリーダー。
港湾物流の不自然な動き。失職した元知事の周辺企業。政治と闇の結節点。国家存続に関わる案件。警察は公式には動けない。だから“存在しない部隊”が必要になった。
その夜、ヒロ室西日本分室の地下会議室。
蛍光灯の白い光の下、波田顧問が腕を組んでいた。
「面倒くせぇ話だがな、放っときゃ兵庫が食い物にされる。」
べらんめぇ口調が室内を震わせる。
玲奈は黙って資料を閉じた。
「やります。神戸は、踏み台にされたらあきません。」
波田が片眉を上げる。
「覚悟はできてんだな。」
「とっくに。」
招集されたのは三人。
播州の烈火、西川彩香。
宮崎から来た双子、迫田澄香と澪香。
彩香は椅子に深く座らず、背筋を伸ばしたまま玲奈を見る。姫路の城を背負う女だ。義理と筋を重んじる。
「任務内容は?」
玲奈が淡々と告げる。
「国家存続に関わる極秘案件。他のヒロインにも知られてはならない。記録は残りません。」
双子は視線を交わす。
澄香が静かに言う。「情報遮断は可能です。」
澪香が続ける。「私たちは、入れ替わりも撹乱もできます。」
彩香は短く頷いた。
「承知しました。」
即答だった。
波田が低く唸る。
「いい面構えだ。だがな、てめぇらの名は出ねぇ。功績もねぇ。失敗すりゃ存在ごと消える。」
彩香の目が鋭く光る。
「構いません。」
玲奈は三人を見渡した。
「これがNSTです。」
沈黙。
そのとき、彩香が口を開いた。
「リーダー。もう一人、推薦したい人間がいます。」
波田が鼻を鳴らす。
「ガキか?」
「未熟です。でも、折れません。」
四日市の突貫娘――山本あかり。
無鉄砲。戦術理解度は低い。だが逃げない。公害から立ち直った街の娘は、粘り強い。
玲奈は一瞬考え、言った。
「呼びましょう。」
数日後、あかりは西日本分室に立っていた。
「え? 極秘任務!? うち、やります!」
彩香がため息をつく。
「声を落とせ。」
あかりは慌てて口を押さえたが、目は燃えていた。
波田がニヤリとする。
「モーレツ娘か。嫌いじゃねぇ。」
こうして五人が揃った。
表ではヒロイン。
式典ではカラーガード。
だが夜になれば影となる。
西日本特別諜報班 NST。
その任務は、誰にも知られてはならない。
港の風が強くなる。
玲奈は窓の外の闇を見つめた。
「始めます。」
光の裏側で、戦いが動き出した。




