雪原の赤い座標
豊岡の冬は、音を奪う。
一面の雪原。
凍りついた湿地。
遠くでコウノトリが羽ばたく。
白の世界に、ぽつりと浮かぶ“赤い点”。
それが今回の座標だった。
違法中継局。
山間部に設置された高出力通信装置。
衛星回線を妨害し、非常通信を遮断する目的。
災害時に動けば、救援は遅れ、街は孤立する。
「現地は積雪一メートル。
慎重に進め。」
彩香の声がイヤーピースから響く。
「了解っ!」
元気よく返事をするのは、山本あかり。
だが返事と行動は一致しない。
「待て。単独突出するな。」
「大丈夫やって!」
あかりはスノーシューもまともに固定せず、斜面を駆け上がる。
雪煙が舞う。
「アホかあああ!」
彩香の声が凍った空気を震わせる。
「止まれ言うとるやろが!」
だがあかりは止まらない。
「だって赤い点、あそこやん!」
モニターに映る熱源。
白の中に、微かな赤。
あかりは一直線に向かう。
危険を顧みない。
地雷の可能性も、伏兵の存在も、全部すっ飛ばす。
「リーダー、制止不能。」
迫田ツインズが冷静に報告する。
彩香は歯を食いしばる。
「……あの突貫娘。」
あかりは雪に足を取られ、転び、また立ち上がる。
白い息を吐きながら、笑っている。
「おるやん、ここや!」
山小屋に偽装された中継局。
アンテナが雪の中に隠されている。
あかりは迷わずドアを蹴破る。
「待て言うとるやろがああ!」
彩香の怒号は、もう届かない。
中には二人の男。
突然の侵入に動揺する。
あかりは躊躇しない。
机をひっくり返し、配線を引き抜く。
銃声が一発、雪原に吸い込まれる。
弾はかすめただけ。
「あぶなっ!」
それでも前に出る。
装置の制御盤を力任せに破壊。
「止まれ!」
敵の叫び。
だがあかりはサーバーラックを蹴倒す。
火花が散る。
赤いランプが消える。
通信妨害、停止。
静寂。
雪がしんしんと降り続く。
敵は拘束された。
数分後、彩香が到着する。
息を荒くしながら、あかりを睨みつける。
「お前なぁ……!」
低く、重い播州弁。
「死にたいんか!」
あかりは首を傾げる。
「いや、生きとるやん。」
「アホかああああ!」
雪山に怒号が響く。
「指示待て言うたやろが!
一人で突っ込むな!
撃たれたらどうすんねん!」
その迫力は、ヤクザより恐ろしい。
だがあかりには効かない。
「でも止まったやろ?」
悪びれない笑顔。
彩香は一瞬、言葉を失う。
怒りの奥にあるのは、本気の心配。
「……無鉄砲にも程があるわ。」
小さく呟く。
あかりは雪を掴み、空へ投げる。
「ほら、白い世界や。
なんか綺麗やん。」
彩香はため息をつく。
「お前な……」
言葉が続かない。
守るべき仲間が、一番危険な行動を取る。
NSTの任務は成功した。
だが彩香の悩みは増えた。
帰路。
豊岡の湿地にコウノトリが舞う。
白い翼が空を切る。
「次からは指示守れ。」
「はーい。」
まったく反省していない声。
彩香は眉間を押さえる。
「ほんま、胃に悪いわ……」
だがその横顔は、どこか安堵している。
雪原の赤い座標は消えた。
豊岡の空は守られた。
だが彩香の苦労は、これからも続く。
西日本特別諜報班 NST。
影は今日も動く。
そして突貫娘は、
きっとまた走り出す。




