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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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静かな舞台、燃える足音 ― 宝塚シャドウライン

兵庫県宝塚市。

武庫川の流れに沿って穏やかな街並みが続き、その中心には、百年以上にわたり人々を魅了してきた歌劇団の本拠地がある。華やかな舞台と夢の世界。その裏側には巨大な搬入口、奈落、倉庫、そして分単位で組まれた精密な動線が存在する。温泉街の湯気が立ち上るこの静かな街は、“裏”の仕事を隠すには都合が良すぎた。


黒鷹はそこに目をつけた。舞台装置の搬入ルートに紛れ込み、違法物資を流す。大道具や照明機材に偽装された箱が、芸術の名のもとに運ばれていく。


それを止めるため、西日本特別諜報班――NSTが動いた。


現場キャップは西川彩香。播州の烈火と呼ばれる女だ。判断は速く、踏み込みに迷いがない。岡本玲奈を心底から敬愛し、その背中を追い続けている。だがそのストイックさは、時に周囲にも同じ精度を求める。


「搬入口AとBを押さえる。Cは後から潰す。あかり、勝手な判断すんな」


短く鋭い指示が飛ぶ。全員が動く。玲奈は一歩引いた位置で全体を見ていた。現場は彩香に任せているが、流れそのものは玲奈が握っている。


すべては順調だった。

余計なものが入ってこなければ。


「こんにちはー!神戸放送です!」


空気が一変する。

三好さつき。長い黒髪の上品なレポーターがカメラと共に現場に入り込む。


「宝塚の舞台裏を特集していまして――」


(最悪や)


彩香が顔を歪めた直後、さらに別の声が響いた。


「うわあああ!これが舞台裏!?やば、夢あるわぁ!」


赤嶺美月。歌劇団の熱烈なファンである彼女は、舞台裏ツアーに参加していた。完全に観光客のテンションで、制御不能。


人の流れが乱れる。視線が増える。

隠れていた動線が、一瞬で露出する。


「……チッ」


彩香は判断を変えた。本来なら順序通りに押さえるはずのCを後回しにし、乱れたB側を先に処理しようとする。


だが、それが致命的だった。


「C動いた!」


澄香の声が飛ぶ。

黒鷹は一瞬の隙を逃さない。問題の箱がCルートから滑り出す。


(今なら追える)


彩香は単独で踏み込もうとする。


その瞬間。


「止まれ」


玲奈の声。


「まだ間に合います!」


「止まれ」


二度目は、静かだった。

だが逆らえない。


次の瞬間、玲奈は即座に指示を再構築する。


「美音、音でB側を崩せ。澪香、Cの先回り。澄香は記録を切断。あおい、外周監視」


美音の誘導音が流れ、人の視線が一方向に集中する。双子が動線を掌握し、ドローンで上空を押さえたあおいが逃げ道を潰す。


再接触は一瞬だった。

箱は止まり、ルートは完全に遮断された。


任務完了。


舞台裏では何事もなかったように人が動き続ける。夢の世界は壊れない。


だが、彩香の中には引っかかりが残った。


人気のない通路。

彩香は玲奈に向き直る。


「なんで止めたんですか」


珍しく強い口調だった。


「追えば取れたかもしれません」


玲奈はすぐには答えない。


「かもしれない、で現場を動かすな」


短い返答。


「お前は速い。だが、速さで押し切る癖がある」


彩香は言葉を飲み込む。


「ここは舞台裏だ。人も視線も多い。お前一人の判断で押し切る場所じゃない」


沈黙が落ちる。


「判断が悪いわけじゃない。足りないだけだ」


「……何がですか」


「引く勇気だ」


一言で終わる。


「現場キャップは先頭を走る役じゃない。全体を通す役だ」


彩香の拳がわずかに震える。悔しさは消えない。


玲奈は最後に、わずかに言葉を和らげた。


「止めたのは信用していないからじゃない」


一拍。


「次に、もっと上の判断をさせるためだ」


彩香は顔を上げる。

反発ではなく、理解が残る。


「……はい」


その時、遠くから美月の声が響いた。


「彩香~!さっきの衣装めっちゃすごかったでー!」


「美月、静かにねぇ」


さつきの声も重なる。


彩香は額を押さえ、小さく吐き出した。


「ほんま、なんで毎回おんねん……」


玲奈は何も言わない。

ただ前を向く。


華やかな舞台の裏で、もう一つの芝居は終わった。


走るだけでは届かない場所がある。

だが、その足音が燃えている限り、いずれそこに辿り着く。


西川彩香は、まだその途中にいた。

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