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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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黒水、放たれる前に

丹波の夜は、深い。


山間の貯水池は鏡のように静まり返り、月を呑み込んでいる。

水面は黒い。

静かすぎる水は、いつも何かを隠している。


「制御系統に不正侵入。放水ゲート、遠隔操作可能。」


迫田澄香の声が落ちる。


「豪雨時を想定。誤作動に見せかける。」


澪香が続ける。


それは都市型テロではない。

自然災害を“装う”侵食。


もし夜間にゲートが誤放水されれば、下流の集落はひとたまりもない。

事故として処理され、誰も責任を追えない。


「行く。」


玲奈は短く言った。


今回の任務は、極めて危険。

現地は県管理の重要施設。警備も堅い。

内部協力者の可能性もある。


「リーダー、単独は――」


彩香が言いかける。


「今回は、私が動く。」


それだけで全員が黙る。


山道を一人、黒のコートで歩く。

ヒールの音は立てない。


管理棟の灯りは三つ。

警備員は二名。


「死角、七秒。」


双子のサポート。


玲奈はフェンスを越え、制御室の裏口へ回る。

鍵は電子式。

だが物理錠もある。


ピックが静かに回る。


「開いた。」


扉の隙間から、冷たい空気が流れる。


制御室内部。

モニターに水位グラフ。

正常に見える。


だが奥に、黒い端末が接続されている。


「遠隔トリガー、二系統。」


澪香の解析。


「時刻設定は未確定。」


「今夜や。」


玲奈は即断する。


端末に近づく。


その時、背後で気配。


振り返ると、作業服姿の男。


「誰だ。」


銃口が上がる。


玲奈は一歩踏み込む。


銃を逸らし、肘で顎を打つ。

音は最小限。

男は床に沈む。


無駄な言葉はない。


端末を開く。


中にはダム放水プログラム。

豪雨警報と同期させる仕組み。


「事故に見せる気やな。」


冷たい声。


解除には内部認証が必要。


「どうする。」


彩香の声が緊張を帯びる。


「正面から切る。」


玲奈は管理者権限に侵入。

防壁を一枚ずつ剥がす。


外で風が強まる。


水面がわずかに揺れる。


「リーダー、時間。」


「わかっとる。」


最後のコードを書き換える。


遠隔同期、遮断。


放水ゲートの制御が手動へ戻る。


「完了。」


短い一言。


だが、それだけでは終わらない。


端末を持ち上げ、床に叩きつける。

証拠は回収。

痕跡は消す。


警備の足音が近づく。


玲奈は制御室の窓を開け、外へ。


暗い斜面を滑り降りる。


山風がコートを揺らす。


貯水池は、再び静かだ。


下流の灯りは何も変わらない。


村人も、酪農家も、夜勤帰りの運転手も。

誰も知らない。


今夜、水は放たれなかった。


山道の車に戻る。


彩香が言う。


「無事で何よりです。」


玲奈は淡く頷く。


「街は、何も知らんでええ。」


その横顔は、冷たいほど美しい。


クールビューティー。

感情は表に出さない。


だが瞳の奥にあるのは、強い意志。


「水は、命や。」


ぽつりと言う。


「それを武器に使わせへん。」


車は山を下る。


丹波の夜は再び深く沈む。


黒い貯水池は何事もなかったように月を映す。


西日本特別諜報班 NST。


存在しない部隊が、また一つ“災害”を消した。


誰も知らない。


それでいい。


玲奈は前を見据える。


「次、行くで。」


夜は終わらない。


だが街は、今も静かに眠っている。

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