蒼空と黒潮の追跡線
神戸港は、日本でも指折りの港だ。
六甲の山を背にして海へ伸びる埠頭、整然と並ぶコンテナクレーン、人工島ポートアイランドの灯り、そして沖へ続く航路。古くから世界とつながる玄関口として栄え、夜になると港は光の帯となって大阪湾へ広がる。
その海の先にあるのが淡路島。
神戸からわずか数十キロの距離だが、島影と潮流の複雑な海域は、昔から船乗りたちを悩ませてきた。穏やかに見える瀬戸内海も、夜になれば隠れ場所の多い迷路になる。
その迷路を使う連中がいる。
黒鷹――
リコールされた元県知事の私兵と呼ばれる組織。
その構成員が、神戸港から淡路島北部海域へ向かう密輸ルートを使っているという情報が入った。
——
ヒロ室西日本分室。
岡本玲奈は湾岸の海図を見つめていた。
「海から出る」
静かな声だった。
「島影で積み替えや」
彩香が腕を組む。
「陸からじゃ追えませんね」
玲奈は頷く。
「空と海や」
そこで投入されたのが二人のサポートメンバーだった。
空――
若林あおい。
自衛隊出身のヘリ操縦士。
冷静沈着で、操縦は精密機械のように正確。
海――
河合美音。
浜松出身の「遠州の勇者」。
船舶免許に加え数々の資格を持ち、浜名湖のボートレース場で現役レーサーに勝ったという伝説まである。
玲奈が言う。
「河合さん、海は任せる」
美音は短く答える。
「了解しました」
玲奈は続ける。
「若林さん、上から見といて」
あおい。
「了解」
二人とも表情は変わらない。
その冷静さを見て、彩香が呟く。
「……クールすぎるやろこの二人」
——
夜の大阪湾。
上空ではあおいのヘリが旋回していた。
海面には灯りが点々と浮かび、遠くには神戸港の夜景が広がる。
あおいが無線で報告する。
「目標船舶確認。淡路島北側へ」
玲奈の声。
「追うな。見とけ」
あおい。
「了解」
一方、海上では美音の高速艇が波を切っていた。
操舵席に立つ姿はほとんど動かない。
彩香が双眼鏡を覗く。
「ほんま速いな……」
美音は静かに言う。
「潮流が味方です」
その時だった。
無線に別の声が割り込む。
「みなさんこんばんはー!」
玲奈が眉をしかめる。
「……なんや」
明るすぎる声。
赤嶺美月だった。
淡路島でCSの旅番組のロケ中だった。
カメラの前で満面の笑顔。
「今日は淡路島の絶景スポットを紹介しまーす!」
その瞬間、美月は空を見上げる。
ヘリが飛んでいた。
「あっ!」
美月は全力で手を振る。
「玲奈さーん!!」
玲奈は目を閉じた。
彩香が呟く。
「……何であいつまた居んねん」
美月はさらに叫ぶ。
「がんばってー!」
カメラマンが困惑する。
あおいがコックピットで小さく笑う。
「有名人ですね」
玲奈。
「違う」
だが、その数秒後。
密輸船が進路を変えた。
警戒している。
彩香が唸る。
「最悪や……」
だが、その瞬間。
あおいの声。
「逃走ルート予測」
美音。
「了解」
空からの誘導。
海からの追撃。
ヘリがライトで海面を照らし、
高速艇が潮流を利用して進路を塞ぐ。
現役ボートレーサー並みの操舵で、美音の艇が弧を描く。
逃げ道は消えた。
玲奈の声。
「確保や」
密輸船は停止した。
任務成功。
——
神戸港のヘリポート。
あおいが降りる。
美音の艇も岸壁に着く。
玲奈が二人を見る。
「見事や」
あおい。
「空から見えただけです」
美音。
「海が味方でした」
二人とも表情は変わらない。
ポーカーフェイス。
その横で、淡路島からの中継がまだ続いていた。
美月の声が弾む。
「淡路島の夜景は最高です!」
カメラに向かって満面の笑顔。
彩香がため息をつく。
「……あいつほんま元気やな」
玲奈は港の灯りを見た。
空と海。
二つの線が交わる場所。
その夜、NSTの作戦は見事に決まった。
ただ一人、
淡路島でノリノリのレポーターを除いては――。




