第七バースの白い影
神戸港第七バース。
海は静かだった。静かすぎる夜は、だいたい裏がある。
コンテナクレーンの先端に赤灯が瞬く。潮の匂いと重機の唸りが混じる空気の中、ひときわ白が浮かび上がっていた。
県警音楽隊カラーガード隊員――岡本玲奈。
深藍のジャケット。金の縁取り。胸に徽章。
膝下まで伸びる白いパレードブーツが、港のアスファルトを真っ直ぐ踏みしめる。
今夜は港湾式典のリハーサル。
表の理由はそれだけだ。
旗を携え、規律正しく歩く姿に、警備員は疑いを持たない。
むしろ視線を奪われる。
白いブーツのヒールが、コツ、コツ、と乾いた音を立てる。
玲奈は旗を翻す。
鋭く、正確に。風を裂く軌道。
拍手が起きる。
だが彼女の視線は、観客ではなく奥のバースを捉えていた。
第七バース。
通常は使われないはずの岸壁。
今夜だけ、荷役灯が点いている。
「対象バース、動きあり。」
迫田澄香の声がイヤーピースに流れる。
「警備、通常の三倍。」
澪香が続ける。
玲奈は旗を掲げたまま、自然に位置をずらす。
白いブーツが夜の影へ滑り込む。
式典スタッフに軽く会釈し、そのまま倉庫裏へ回る。
制服姿は“疑われない鎧”だ。
バースに並ぶ赤いコンテナ。
その一つだけが、異様に厳重だ。
警備会社は再開発関連企業の傘下。
元知事側近と繋がる。
「積荷は?」
玲奈が低く問う。
「港湾警備制御ユニット。だが数量が過剰。」
双子の解析は速い。
玲奈は倉庫の影に立つ。
白いブーツがコンクリートの冷たさを受け止める。
「入る。」
単独だ。
彩香が止めようとする。
「リーダー、単独は――」
「目立つのは私だけでええ。」
玲奈は旗を背に担ぎ、堂々とバースへ歩み出る。
「リハーサル動線確認します。」
警備員が戸惑う。
白い制服は強い。
近づき、コンテナの封印に触れる。
重量表示が微妙にずれている。
「開けるで。」
短い一言。
封印を外す。
中に並ぶのは黒いラック。
港湾監視カメラの遠隔制御装置。
通信経路を一本に集約するための中枢。
これを押さえれば、港は一瞬で“沈黙”する。
「沈黙のバース、か。」
玲奈は冷ややかに呟く。
背後で足音。
振り返ると、黒スーツの男が立っている。
「立入禁止区域です。」
銃は抜かない。
まだ公にはできない。
玲奈は一歩踏み出す。
白いブーツが光を反射する。
「港の安全確認や。」
その声に、男が一瞬躊躇する。
その隙。
玲奈は旗のポールで男の手首を払う。
銃が落ちる。
一撃。
静かに制圧。
無線が入る。
「増援接近。」
双子の声。
玲奈は制御ユニットの主電源を抜き取る。
システムが再起動に入る。
港の監視網が数十秒だけ途切れる。
「撤退。」
白いブーツが再び走る。
影の中へ。
式典エリアへ戻る頃には、何事もなかったかのように音楽が流れている。
玲奈は旗を構え直す。
再び翻す。
鋭い弧を描く白。
観客は拍手する。
誰も知らない。
港の沈黙は、止められた。
式典が終わり、夜風が強くなる。
彩香が近づく。
「無茶しますね。」
「仕事や。」
玲奈は短く答える。
遠くで貨物船が汽笛を鳴らす。
沈黙のバースは、今夜は静かだ。
だが敵は必ず、別の岸壁を使う。
玲奈は白いブーツについた港の塵を軽く払う。
「神戸は渡さへん。」
光の中で舞うヒロイン。
影の中で戦う諜報者。
西日本特別諜報班 NST。
その存在は、誰も知らない。
だが今夜も、港は守られた。




