港町に吹く、逆風
神戸港の夜は、静かだった。
ポートタワーの赤が海に滲み、
六甲の山影は闇に沈んでいる。
阪神高速湾岸線を流れる車のライトが、細い光の川を描いていた。
だが、その光の下で、流れは歪み始めていた。
兵庫県庁。深夜。
港湾再編計画。
警備会社との不可解な契約。
資金の流れ。
リコールで失職した元知事の周辺企業。
一見、無関係。
だが並べると一本の線になる。
その線の先にある名は――
ジェネラス・リンク。
公には存在しない。
だが確実に港湾ルートへ触手を伸ばしている。
警察は動けない。
動けば政治問題。
世論が割れる。
だからこそ、表には出ない動きが必要だった。
大阪府下、ヒロ室西日本分室の地下会議室。
長机を挟んで座るのは、数名のみ。
内閣府連絡員。
ヒロ室責任者。
そして波田顧問。
腕を組み、天井を睨む。
「ちっ……また厄介な匂いがしやがる。」
資料を叩く。
「港がきな臭ぇ。数字が嘘ついてやがる。」
隣に立つのは岡本玲奈。
黒のスーツ。無表情。
静かに口を開く。
「湾岸の貨物量が不自然に増えてます。
帳簿上は建材。でも重量が合いません。」
波田が鼻で笑う。
「鬼台貫の勘か。」
玲奈は一瞬だけ視線を上げる。
「勘やありません。
線が見えとるだけです。」
神戸訛りがわずかに滲む。
波田は椅子を鳴らして立ち上がった。
「警察は表じゃ動けねぇ。
ヒロインどもにゃ余計なもん背負わせられねぇ。」
机を拳で叩く。
「だったら、影でやるしかねぇだろうが。」
会議室の空気が変わる。
「存在は認めねぇ。
記録も残さねぇ。
失敗すりゃ全部闇に沈む。」
波田が玲奈を見る。
「やれるか。」
玲奈は迷わない。
「やります。
神戸は、実験場にされたらあきません。」
一拍。
「うちの街です。」
静かな決意。
波田はニヤリとする。
「いい目だ。
てめぇが頭張れ。」
ファイルが机に置かれる。
表紙には黒字。
西日本特別諜報班
その下に赤印。
NST
波田が低く言う。
「影の特命だ。
昼間のヒロインごっこは忘れろ。
夜は別の顔で動け。」
玲奈はファイルを手に取る。
「部下は、私が選びます。」
「好きにしな。
ただし――」
波田の声が落ちる。
「誰も死なせるな。
兵庫は、渡さねぇ。」
会議は終わった。
その夜。
阪神高速湾岸線を黒いセダンが走る。
運転席の玲奈は、前だけを見ていた。
助手席に置かれたファイルの文字が、街灯に照らされる。
西日本特別諜報班 NST
影の特命
港の風が強まる。
ポートタワーの赤が揺れる。
兵庫は眠らない。
そして、
彼女たちも眠らない。
夜は、まだ始まったばかりだった。




