第3話
暖かい4月の朝、まだ車の通りも少なく、通学路は静寂に包まれていた。
正門に立っている警備のおじさんに軽く会釈をし、妙に高まった気分と共に、私は教室に入った。
時間は8時前、まだ誰もいなかった。
私は覚えたての席へ向かい、荷物を少し机に広げ、座った。
その時だった。
「あ!ひとみちゃん!!!」
声の先にいたのは、淡いピンク髪の、幼く可愛らしい優香ちゃんだった。
私は昨日とは違い、本心からの微笑みを浮かべる。
「優香ちゃん、おはよう」
朝だからか、少し控えめな声色しか出せなかった。
優香ちゃんは、席に荷物を乱雑に置き、私の机の前にやってきた。
足を曲げ、机に肘をつけて私を見つめてくる優香ちゃん。
「ひとみちゃん、その、せっかく“友達“になったんだから、もっとラフな呼び合い方にしない?」
友達という言葉を強調してくる。
「もちろん、いいよ。優香ちゃんはなんて呼ばれたい?」
「うーん、そうだな〜。じゃあ、ちゃんづけやめて、優香って呼んで!」
「わかった、優香」
ラフ、というからもっとこう、あだ名のような感じかと思ったけど、解釈違いだったようだ。
この流れなら私は、ひとみちゃんから、ひとみになるんだろうな。
そう思った。
「じゃあひとみちゃんは…ひとみんね!」
「え…」
優香の迷いのないその発言に目を丸くした。
これは、なんというか…嫌じゃないんだけど。
「もしかして優香、そのあだ名をつけるために…」
優香は目を逸らしながら頬を赤く染めていた。
私はそんな様子が愛らしくて、ふふっと鼻を鳴らす。
すると突然、何かを思い出した様子で優香が言う。
「あ!そういえば入学前の宿題ちょっと残ってるんだった!」
どうやら、見直しをしようと広げていた私の宿題を見て思い出したらしい。
優香がてくてくと自分の席に戻って行き、宿題を始めた。
私は席を立って、今度は私が優香の席の前に移動する。
「うあ〜…わかんなーい!」
狼狽の声を上げる優香の宿題を覗き込む。
「そこは、ここを因数分解して…」
苦戦しているところを指で説明する。
お節介かも知れないけど、困ってるのを見ると放って置けなかった。
「ふむふむ…」
優香は険しい顔で問題と向き合っている。
そして数秒の沈黙の後。
「わかった!!!」
一気に明るくなる優香ちゃんの顔を見て、私まで嬉しくなってくる。
答えを書き込んだ優香が、顔を上げて私を見る。
「ひとみんありがと〜!」
私の手を掴んでぎゅっとしてくる。
階段で転けた時みたいに。
やっぱり優香はすごく可愛かった。
その後も問題を一緒に解いていたら、いつの間にか、教室には人が増えてきていた。
さすがは親の選んだエリート高校、まだホームルームの20分前というのに、ほぼ全員が登校していた。
昨日、逃げ出すような形をとっちゃったからか、私はクラスメイトから注目を浴びている気がする。
そしてついに、一緒に帰ろう、と誘ってくれていた女子数人が声をかけてきた。
「ひとみちゃん、昨日は大丈夫だった?」
やっぱり開口一番はこれだった。
「うん、すっかり治ったよ。緊張していたみたいでね」
「よかった!じゃあ昨日の続きなんだけど、私たち一緒に帰らない?あ、そういえばどっち方面?」
まだ私に興味を示してくれていたようで嬉しかった。
「冬月町方面だよ、もちろ…」
もちろん、一緒に帰ろう。
そう言おうとした時、優香に制服をピっと引っ張られた。
びっくりしたが、なんとなく空気を読む。
「ああ、そういえば今日は予定があるの。ごめんね」
そう言うと、女子たちはそっか〜、また今度!と言い、別の女子たちの集まりへと消えていった。
まだホームルームまでは時間がある。
「優香、えっと…」
問い詰めようとしたわけじゃない、ただ、その行動の真意を知りたかった。
優香は下を向いて、口をとんがらせながら、小さな声で。
「ごめんね…ひとみちゃん、ひとみんが取られちゃうような気がして…」
聞いた時は信じられなかった、“あたし、友達いなくて“という言葉が、ようやく信じられるようになってきた。
女子たちがきてから、異様におとなしくなってしまった優香。
そんな優香の手を取って、私は言う。
「優香、大丈夫だよ。私は優香のこと」
「大好きだから」
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