第一話(3)
階段の先にいた少女、よく見ると先ほど私が助けを求めた子だった。
その子がダダダと階段を駆け上がり、私の手を握ってきた。
近くでみるその子は、くすみのかかった薄いピンク髪のちょうどいいボブで、少しの幼さを残しているものの、華奢で可憐で、まさに美少女という雰囲気だった。
胸がキュッと締め付けられる。
少女が口を開く。
「体調大丈夫だった!?」
声が大きく、そして何より可愛い。
なぜだろう、この子は面倒ごとに巻き込まれたくなくて、さっき逃げたんじゃないのかな。
そんなことを考えながら、呆気に取られていると、少女がまた口を開く。
「あ!さっきはね、友達…知り合いに呼ばれちゃって、逃げたわけじゃないからねぇ!」
この子、きっと止めない限りずっと喋るタイプだ。
ようやく私は口を開く。
「ありがとうね、気にかけてくれて」
頑張って微笑むと、彼女もにぱっと明るい顔を浮かべた。
そのまま帰ろうとしたけれど、少女が私の顔をじっと覗き込んできた。
「顔色悪いよ?保健室行く?」
その言葉に、少し面倒くささを感じながらも、心配してくれていることに暖かさを感じた。
それに実際、ものすごく体調が悪い。
「うん…ありがとうね…」
引き攣った笑顔で掠れながらも声を発する。
「掴まっていいよ!ゆっくりね!」
少女は手を差し出してくれた。
ありがとう、そう言いながら手を伸ばした時だった。
体が少し前のめりになったのと、視界がぐらぐらと揺れていたからだろう。
あろうことか、私は階段から転けてしまった。
全身から血の気が引き、あ、と小さく声が漏れながら、私は宙に投げ出される。
だがしかし、私が怪我をすることはなかった。
いつの間にか目を閉じていた。
だから、私の身に何が起きたのか気づかなかった。
何も痛くない、それどころか柔らかさまで感じる。
もしかして死んだのかな?なんて思いながら、目をゆっくりと開く。
そこには、他の誰でもない、手を差し伸べてくれた少女の可愛らしい顔が、すぐ目の前にあった。
「あぶなかった〜!」
心配と安堵が混じったような声だった。
彼女は私を落ちる寸前で受け止めてくれたらしい。
私はまだ緊張しているようで、彼女の顔をまじまじと見ながら、放心状態だった。
「ごめん…ありがとう」
そんな言葉を吐き出すのが精一杯だった。
彼女は私の手を強引に握ると、いくよ!と行って、ガシガシと保健室に連行して行った。
「保健室、どこかわかるの?」
「うん、あたしは内進だからね〜!」
「同じクラスだったよね?」
「うん!よろしくねぇ〜!」
「えっと、名前は?」
「雅優香!」
体調のせいか、テンションが低く、話はあまり弾まなかった。
それでも、彼女改め雅優香ちゃんは、気を遣ってくれているのか、元気いっぱいな様子でかまってくれた。
そんなこんなで歩いていると、優香ちゃんが突然足を止めた。
「ついたよ〜!」
そう言いながら、私の腕を掴むと、腕をぶんぶんと振りながら私を中に連れて行った。
ドアを抜けた先にあったのは、カーテンに囲まれた白いベッドや、薬が置いてある棚などがある。
はずだった。
そこは電気がついておらず、日光がカーテンで遮られているせいで薄暗い教室だった。
行き先を間違えたのかな?天然なのかな?そんなことを考えながら優香ちゃんのほうを見ると、おもむろにドアを閉めていた。
どうやら間違えではないらしい。
私がどうしたものかと困った様子でいると、優香ちゃんが口を開いた。
「ごめんね、ほんとは今日保健室あいてないんだよねぇ」
「え?じゃあなんで…」
思わず聞く。
その質問に返ってきたのは、意外な答えだった。
「お友達になって欲しいの!」
…?どうして今そんなことを?
すっかり呆気に取られていると、優香ちゃんが歩いてきた。
そして、私の両手を掴み上げると、真剣で、どこか切なさを感じさせるような目で、私に語りかけてきた。
「ほんとうにごめんね、体調悪いよね。
でも、今しかないと思って…!」
その意味を私は理解できない。
私が声を絞り出す。
「えっと、優香ちゃん。もちろんお友達になるのは大丈夫だよ。」
それ以外の言葉が見つからない、だって今が何が起きているのか理解できなかったから。
「やったー!!!」
今日1番の声量だった。
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ優香ちゃんは、小動物みたいで本当に可愛かった。
変なところに連れて行かれて、変なことを言われて。すっかりと体調が悪いことなんて忘れていた。
私は思わず聞いてみる。
「優香ちゃん、どうしてそんなに畏って友達になって欲しいなんて聞いたの?」
明らかに異質な行動すぎて、聞かずにはいられなかった。
しかし、元気いっぱいで、愛嬌のある彼女が返した言葉は私には想像もできないことだった。
「“あたし、友達がいなくて…“今日初めてひとみちゃんを見た時から、雰囲気とか…そういうので友達になってくれそうだったから…」
友達がいない?この子が?
友達になってくれそう、この私が?
意外に意外を重ねたようなその告白を、受け入れるのには少し時間がかかった。
少しのクールタイムを経て、私が生み出した答えは。
「ありがとう」
きっと言いづらかったであろう告白と、私のことを、みんなとは違う捉え方をしてくれたこと、その2つの事実は、私に感激を与えた。
優香ちゃんが照れくさそうにもじもじしている。
思わず私は、背の低い彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
どうしてこんなにも可愛くて、元気いっぱいな優香ちゃんに友達がいないのか、到底理解ができないけれど、優香ちゃんにも色々と事情があるんだろう。
私はそう勝手に解釈して、ゆっくりと頭から手を離した。
優香ちゃんが視線を上げ、私をじっと見て口を開く。
「ひとみちゃんは、可愛くていいなあ。私もそんな顔で生まれたかった、そしたら、お友達、たくさんできたのかな」
そんなのヘンだよ、今にも消えてしまいそうな、か弱く可愛らしい優香ちゃんより、私の方が可愛いなんて。
「可愛くなんて、ないよ」
思わず口に出てしまう。
優香ちゃんが少し目を丸めて凝視してくる。
「いやいやいや!ひとみちゃんは、ほんっとうに可愛いよ!?その綺麗なロングの黒髪、上品な瞳、ちっちゃな顔、華奢でスタイルいいし、全部、全部、すっごく可愛いんだから!」
この子の、可愛い、が何を指しているのかは私には分からない。でも、今まで褒められてきた言葉とは、何か違う気がした。
頬を思わず赤らめてしまう。
「ほら!そういうとこも可愛い!」
流石に恥ずかしくなってくる。
やけくそなのか、私がこの子を信頼しているのかは分からない。
私は、この子に全てを解って欲しいと思った。
「実は、私もね。言いたいことがあるの」
そういうと、優香ちゃんは、ぽかんとした顔をして首を傾げた。
深く深呼吸をする。そして、
「私はその、クールとか、美人とか、そういう言葉でしか褒められてこなかったから。優香ちゃんの可愛いって言葉、本当に嬉しかった」
言った、言ってしまった。
まさか私が、完璧であらなきゃいけない私が、クラスメイトに弱音を吐いてしまうなんて。
目がしょぼしょぼとしてくる。
なんとか堪えようとしたけど、ぽつぽつと、いつぶりか分からない涙をこぼしてしまった。
涙を指で拭き取って、優香ちゃんの顔を見てみた。
どう言う訳か、彼女も泣いていた。
「なんで、なんで優香ちゃんも泣いてるの?」
震えた声で聞いてみる。
「だってぇ…ひとみちゃんがぁ…心を許してくれたみたいで…ほんとに友達になれたんだなって…!」
優香ちゃんも声が震えていた。
私たちは、いつの間にかぎゅっと抱き合いながら泣いていた。
二人が満足するまで。
いつまでも、いつまでも。
やっと泣き止んだと思ったら、廊下から足音が聞こえてきた。
優香ちゃんがいきなり背筋を伸ばす。
「あ!そろそろ時間だったぁ!」
後々知ることになるのだが、この教室はお昼時を少しすぎたくらいから、軽音学部が使用する場所だった。
ぐいっと優香ちゃんに腕を掴まれ、入ってきた時と同様に、強引に連れて行かれる。
勢いは今回の方が凄まじかったけど。
私たちは、誰にも泣き顔を見られずに正面玄関まで駆け抜けた。
そして、下駄箱で靴を履いて、正門の前まで歩いたとこで私たちは一度止まった。
「今日はなんだか疲れたねぇ」
優香ちゃんの声は、もう震えていなくて、少し嬉しそうな笑い声のようだった。
「そうだね、優香ちゃん、家はどっち方面?」
一緒に帰りたかったから、聞いてみた。
「夏加町のほうだよぉ」
夏加町、真反対だった。
「そっか、私は冬月町のほうなの」
さらに、優香ちゃんの家は意外と近いらしく、徒歩で通学しているという。
少しがっかりしたけれど、ばいばい、そう言って私たちは、笑顔を浮かべながらそれぞれの帰り道に歩き出した。
想定外のことはあったけれど、なんだか楽しくなりそうだ。
私は、人生で初めて笑みを浮かべながら帰路についた。
これで第一話は終了になります。




