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花筏さんはビタースウィート  作者: あま


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第15話

「あら、随分と長かったのね」

 私たちは母と向き合って座る。

「ひとみちゃんの母上、こちらをご覧ください!」

 優香が自身のスマホを見せつける。

「これは?」

 その画面に写るは先に優香が言っていた、去年の合唱コンの写真だった。

 30人ほどの1クラスが歌を披露しているものの、観客席はそこらのライブのような人圧を持っている。

「こちらは!学謳部が宣伝活動を行った結果、大盛り上がり&有名音楽家にも来場いただいた合唱コンの写真です!」

 さあ母の反応はいかがなものか…

「なるほど」

 案外悪くない反応だ。

 決して先ほどの完全拒絶の雰囲気ではない。

「ただ」

 順調だったのだけれど、そう上手くことは進まないらしい。

「たとえ実際に他の部よりも優れた実績を持っていても、無名の娯楽を連想させるような部活には入らせられないわ」

 周囲からの評価を第一に考える母らしい答えだ。

 しかし、それに返されたのは沈黙ではなく反論だった。

「実は学謳部!今度、テレビの取材があるんです!」

 急に聞いていない情報を出された。

 事前に伝えて欲しかったという気持ちを押し殺して、この機会に私も口を開く。

「もしその取材で知名度を上げることができれば、十分に名誉を得られるポテンシャルを持っています」

 母は、しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた。


「わかったわ」


 …!!!

 大きな戦に勝利でもしたような感覚を得た。

 私が感謝を述べようとした時、先に優香が口を開く。

「ありがとうございます!!!」

 深々と頭を下げ、感謝を述べた。

 それを聞いても母は、何も言わずに紅茶を嗜んでいた。

 私たちは話が終わって、少し気まずい雰囲気を感じながら、勝利の余韻を味わっていた。

 紅茶を飲み終えたのか、その余韻が冷める前に、母が口を開いた。

「それでひとみ、学校はどうなの」

 慣れない母らしい質問に、違和感を感じながらも答える。

「学業や人間関係など、上々です」

「そう、人間関係、ねえ」

 あからさまに優香を見ながら言う。

 私は怒りを感じながらも、機嫌を損ねたくはないので何も言えない。

「うちの次女として、恥じない学園生活を送りなさい」

「はい」

 いい感じに話も終わった気がしたので、私は早々にこの場を抜け出したかった。

 そのはずなのに、かつては何も感じなかった言葉を、私は許すことができなかった。


「ひとみ、そのキーホルダーはなに?」

 私は母の視線の先を見る。

 それは、私と優香がお揃いでスクールバッグにつけていたキーホルダーだった。

「これは、優香に頂いたものです」

 私は正直、文句を言われる気がして怖かった。

 そしてそれは案の定、いや、予想以上だった。


「低俗なものをつけるのはやめなさい」


 低俗、優香から貰った大切な宝物を、まるでゴミのように言われた。

 さらに、母は止まらない。


「あなたは、常に美しく、格好良く、高貴な存在で在らないといけないの」


 ああ、苦しい。

 しばらく優香のおかげで、溶けていた氷を再び固められたような感覚だ。

 もう、あんな私には、戻りたくない。

 お母様、私は。


「嫌です」


 言っちゃった。

 少し遅めの反抗期が、私にもようやくやってきてくれた。

 そして暫くの沈黙、いや時間が止まったような空間が広がる。

 そして、次に発された言葉の主は、優香だった。

「あの!私も!それはおかしいと思いますっ!」

 母が震えるほど拳を握る。

「あなたに何がわかるの!?」

 優香は困惑した顔をする。

「え、いや…」

 母が、今までに見たこともないような顔で言う。

 それは、怒りと悲しみを浮き彫りにしていた。


「汚い血の流れるこんな娘、せめて私の思い通りに動いてよ…」


「何を言って…」

 優香がさらに困惑する、それもそうだ。

 私は仕方がなく、カミングアウトをする。

「優香、私ね、お父さんがいないの」


 ――――――


 10年前、私が5歳の頃。

 母と父は、離婚した。

 理由は、父が浮気をしたこと。

 離婚してから母は、それまで消極的ながらも、仲睦まじかった夫婦とは思えないほど、父を嫌った。

 幼いながらにその原因は、父が私の姉、3姉妹で最も優秀で愛らしかった存在を引き取ったことだと理解した。


「お母さん、このお洋服欲しい!」

 私が、母に洋服をねだる。

 かつての母は、意思を大切にしてくれる人だった。

 この時も、私はきっと買ってくれると思った。

「ダメよ」

 死んだ魚のような目をした母に、私は初めて否定をされた。

「え?」

「ひとみ、あなたは奪われちゃったお姉ちゃんのようになりなさい」

 母が大好きだった私は、拒否することができなかった。


「どうしてお姉ちゃんのようにできないの?」

 受験結果を見た母が、今にも死にそうな声で嘆いていた。

「ごめんなさい」

 高校受験の時にはもう、すっかり母は別人になっていた。

「哀も学校に行っていないし、本当にクズよ、あなたも哀も。あの人の血が混じっているからだわ」

 寒気を感じているようなジェスチャーをして、私を蔑んでくる。

「どうして私がこんな目に…」

 メンタルの不調からか、母は私の操作を誤ると、すぐに涙をこぼしていた。

 そんな母を思って、私は、いつの間にか。

 

 “造形物“


 になっていた。


 ――――――


 私のカミングアウトを聞いた優香は、肩を震わしていた。

「そんなの…」


「そんなのひとみん何も悪くないじゃん!!!」


「なんでひとみんが苦しむ必要があるの?なんでひとみんに酷いこと言えるの?なんで、なんで!」

 優香は立ち上がって顔を赤くし、息すら忘れて叫んでくれた。

 流石の母も、面食らっていたけれど、立ち上がって反論を始める。

「なんなのよあなた!うちの教育に口を出さないで!」

 母の声は、かつての優しさの面影などない、ひどく恐ろしいものだった。

 私も立ち上がって、深く息を吸う、そして。

「お母さん!私はもう」


「あなたの“物“でいたくない!!!」


 人生でもう出すことはないだろうと思うほど、お腹から声が出た。

「なんで私をそんなに悪者にするの!?」

 母がいつものように涙をこぼしている。

 そんな母から遺伝したのか、私もいつの間にか涙が溢れていた。

「私は、お母さんのことが大好きなの!それなのに、お母さんから嫌われに行ってるの!なんで気づかないの!?」

 昨日までの私なら、きっと考えもできなかったであろう反抗の数々を発する。

「…」

 お母さんが唇を噛み締めている。

 私たちは、息をはあはあと鳴らして一呼吸をする。

「私だって、あなたを縛ることが良くないことだって、気づいてるよ…でも」

 母の本音に、私は驚愕する。

 口を止めてしまった母の代わりに、私が続きを言う。

「お姉ちゃんが、本当に大切だったんだね」

「そうよ、だから…」

 言葉が何も出ないと言った様子の母が、かがみ込んでしまった。

 私は、そんな母の背中を、優しく撫でた。

「どうして、こんな私をあなたは愛しているの?」

 変な質問だ。

 私の母は、お母さんしかいない、それが答えだ。

「お母さんは、お母さんだから」

「なによそれ…」

 涙を拭き取った母が、先ほどとは違う、どこか懐かしい、優しい声で言う。

「私のせいで可愛らしさは殺しちゃったのに、ひとみの優しさだけは、ずっと変わらないね」

 私は、不器用に笑う。

 そして、久しぶりに言ってくれた。

「ひとみ、私も愛してるよ」

 その言葉に呼応するように、私はそっと母に、後ろから抱きついた。

「ごめんね」

「大丈夫だよ、あと、お母さんって呼んでもいい?」

「うん、本当に、ありがとう」

 いつぶりかわからない、家族の愛を暫く感じたあと、私は再び立ち上がる。

 優香の方を見ると、いつものような、太陽みたいな笑顔を送ってくれた。

「優香、本当にありがとうね」

「全然全然!それじゃあ私はそろそろお暇させて頂こうかなぁ」

 空気を読んでくれた優香に、視線で感謝を贈る。

「じゃあお母さん、私、優香を見送ってくるね」

 お母さんもようやく立ち上がり、大の大人とは思えない、情けない顔をしていた。

「優香ちゃん、ごめんなさい。ありがとう」

 消極的な母にとって、最大限の感謝だ。

「いえいえ!これからもひとみんとは上手くやっていくので、お任せください!」

 胸をばしんと叩いて、ドヤ顔を決める。

 その様子を見て、母は小さく微笑んでいた。

「行こうか」

 私は自然と手を差し出す。

「うん!」

 当たり前のように手を繋いでくれた優香と共に、私は歩き出した。


「いや〜!疲れた〜!!!」

 玄関を抜けた優香が、腕を上げて伸びをする。

「本当にごめんね…」

「いいっていいって!それに」

 優香が私の目を見て微笑みながら言う。

「親子似てるな〜って思った!お母さん大切にしてね!」

「え?どういうところが?」

「最後、ひとみんのお母さんの微笑み方、ひとみんそっくりだった」

「そう?…そうかもね」

 私は、自然と微笑みを浮かべるのだった。


 ――――――


「ひとみん!くるよ!」

 先生がある張り紙を貼っている。

 そこに大勢の生徒が集まっていた。

 国語:順位1位“花筏ひとみ“

「うわ!ひとみんさすが〜!」

 そう、先日の模試の結果の張り紙だ。

 国語の張り紙が貼られたところで、日向がやってきた。

「お、ひとみ1位か。やるじゃんか」

「ありがとう」

 ちなみに、日向は3位だった。

 そして、英語の張り紙が貼られる。

 英語:1位“花筏ひとみ“

「えぇえ!ひとみんすっご!」

「たまたまだよ」

 そして、私たちに緊張が走る。

 そう、数学の張り紙が貼られ出したのだ。

 数学:1位


 “憂信日向“


「よっしゃ」

「日向すごい!じゃなくて私は…」

「ねえ優香、あれ見て…!」


 2位“雅優香“


「やったあぁぁぁああ!!!」


 冗談抜きに1メートルくらい飛び上がってた。

 運動神経悪いのに…。

 そして私はというと、3位だった。

 すごい喜んでたのに、それに気づいた優香が突然冷静を取り戻す。

「あ…ひとみん、なんかごめん…?」

 私は思わずくすくすと笑う。


「“もう“大丈夫だよ」


 こんな感情を抱けるのも、優香が私を解放してくれたおかげだ。

 本当にありがとう。


 ――――――


「おじいちゃん、数学1位だった!」

 家に帰った日向が真っ先に向かったのは、祖父の自室。

「お〜!さすがわしの孫!ほれ、お菓子いっぱいあるぞい!」

「食べる食べる!」


 ――――――


「え、数学で2位…?」

「うん!」

 顔面蒼白の優香母。

「優香…カンニングだけはダメでしょう…?」

「違うって!?」

「国語と英語はどうなの」

「150人中148位と135位です…」

「やっぱりカンニングじゃない!」

「数学だけ頑張ったの〜!!!」


 ――――――


「お母さん、久しぶりだね。一緒に出かけるの」

「そうね、今まで本当にごめんなさい」

「全然大丈夫だよ」

 私は母に微笑みかける。

「それで、哀とも少し話してみたの…まだ学校には行けないみたいだから、もう少しだけゆっくりさせようと思うの」

「それがいいよ、私もできることは何でもするから」

「ありがとうね、ひとみ」

 その時、街を歩いていた私たちは、福屋を見つける。

「あ、可愛い」

 ガラス越しに見えた可愛らしい服に、思わず声が漏れてしまった。

 癖で母の顔色を伺う。

「ひとみ、欲しい?」

「え、うん」

「じゃあ行きましょう」

 きっともう壊れることのない私たちの愛と、解き放たれた私の心、優香がくれたそれらを胸に、思う。


 “こんな日が、ずっと続きますように“

  

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