第14話
クラスのみんなが各々参考書やプリントを見て、この後の模試に備えている。
その中には、最近ずっと放課後の図書室で、私と勉強していた優香の姿もあった。
そんな優香を見習い、私も自習を始めた、のだけれど。
「花筏!お前運動だけじゃなくて勉強もできるのか!すごいなあ!」
静かに勉強しているクラスの雰囲気を打ち壊してきたのは、体育教師の二宮先生だった。
「いえいえ、そんなことないですよ」
「こりゃ生徒会長並みの傑物になるかもなあ!がはは!」
自習に集中したいけれど、私は立場的にしっかりとコミュニケーションをとる。
ちなみに、なぜ二宮先生がいるのかというと、山田先生が風邪で休んだからだ。
「そういえば花筏聞いてくれよ!先生な…」
謎の自分語りを聞かされて自習どころではなくなってしまった…。
山田先生が恋しい。
二宮先生を止めたのは、1限目のチャイムだった。
「じゃあ頑張れよ〜」
そう言って、私の元を離れた。
なんなんだろうあの人は…。
最初の科目は英語、リスニングから始まるようだ。
「次の会話を聞き…」
リスニングのコツは、先に問題や選択肢を読み終えることだ。
幼少から英会話を習わされているので、この程度なら問題ない。
そんなこんなで、私はすんなりと解き終えることができた。
そして、残りの問題も特に苦戦することなく解き終える。
この程度なら優香もそこそこいい点数取れるんじゃないかな、そう思ったのだけれど。
「ぜんっぜんわかんなかった…」
今ので力を使い切ってしまったのか、机に突っ伏して固まる優香。
思わず自習を止めて話しかけにきてしまった。
「本命は3限目の数学でしょう」
「こんな難しさなら数学も…ちょっと自信がなくなってきたよ…」
自信が喪失気味の優香、でも、私は優香の努力を知っている。
「大丈夫だよ、優香なら絶対に行けるよ」
無責任な言い方だけれど、優香ならきっと。
「ひとみん」
突然上目遣いで名前を呼ばれる。
「どうしたの?」
「あの…数学で3位以内入れたら、なんかご褒美ちょーだい…?」
私は思わず笑顔のまま鼻血を垂れ流すかと思った。
あまりの破壊力に、次の国語の点数が下がりそうだ。
「もちろんいいけれど、何がいいの?」
少しだけ思考した後、優香が口を開く。
「うーん、じゃあ、またお出かけしよ!」
無邪気すぎる笑顔に、私は拒否なんて到底できなかった。
そして、国語の用紙が配られる。
漢字等の暗記科目が多かったけれど、私は予習済みだ。
文章題は少し哲学的で難しかったけれど、しっかりと見直しまで済ませ、問題を解き終えた。
予習しなくてもできそうな問題も多かったし、今度こそ優香も多少は自信を…。
「ぜったい0点」
相変わらず机に突っ伏していた。
「選択問題もあったし0点は…」
突然ムクっと起き上がり、人差し指を出して説明してくる。
「こういうの、まあ行けるっしょって思ってたらだいたい当たらないんだからね」
たしかに…。
「えーと…ついに数学だね、次」
その言葉を出すと、優香の顔が強張った。
「やっぱり3位以内なんて無理だよぉ…」
またまた自信がなくなって、みるみる縮こまっていく優香。
なんだか私まで悲しい気持ちになっていく。
それに勘づいた優香が、はっとして口を開いた。
「いやいや!ちがう!自信満々でこの模試を終えて、ひとみんのお母さんを説得するんだった!」
私の母を説得する前に、優香の手応えが最悪で、3位以内が絶望的なら、学謳部に入れず説得する意味がなくなっちゃう。
「よーし!気合い入れてこー!」
えいえいおー!と拳を突き上げる優香。
私もちっちゃくそれを真似して、自分に喝を入れた。
私も頑張らなくちゃ。
とうとう配られてしまった数学の用紙。
私は1問ずつ丁寧に解いていく。
難しさはまずまずと言ったところだろうか。
しかし、最後の問題に差し掛かると、思わず手を止めてしまった。
この模試の最後の関門、それはアメリカのトップ大学の入試問題だった。
今までの範囲の総応用、今まで苦戦しなかった私も、流石に悪戦苦闘を強いられた。
個人的には3教科で最も数学が難しかったから、優香のことが心配でたまらなかった。
そして、試験が全て終わり、私は優香の元に駆けつける。
「優香、どうだった?」
優香の顔は曇っていて、不穏さを感じる。
「ひとみん…ごめん。私は」
上手くいかなかったようだ、私はよく頑張ったね、と褒めようと思った。
しかし。
「もうスーパーかんぺきよっ!」
「えぇえ」
私は思わず困惑の顔を浮かべる、期待はしてたつもりだけれど、あのレベルでこの自信を持てるとは思わなかった。
本当に優香、頑張ったね。
「もしかしたらひとみん越えかもね〜」
煽られているのかもしれないけど、もはやそれでいい。
「ありがとうね、優香」
「ん?なにが?」
私は図書室で言ってくれた、あたしもひとみんのこと大切にしたい、なんて気持ちを、ここまで実行してくれたことに感謝を述べた。
「じゃあ!ひとみんち、いこ!」
徐にスクールバッグを肩にかけ、腕を上げる優香。
そのまま私の手を引き、下校する。
私は校門付近で足を止める。
「優香、1ついい?」
「なあに?」
「私の母、もしかしたら変なこと言うかもしれないけど、気にしないでいいからね」
「わかった!」
そして、ついに私の
“反抗期“
がやってくるのだった。
――――――
「でっかー!?」
我が家に着いた優香が早々に驚きを浮かべる。
「“お金だけ“はあるからねうち…」
「ていうかさっき気づいたんだけど、ひとみんの母上って有名企業の社長なんだよね」
「うん、そうだけれど」
優香が大袈裟に震え出す。
「説得するとか言ったけど、私論破されて泣かされたりしない!?」
社長にどんなイメージを持っているの…?
でも、私の母はあながちそのイメージで合ってるかもしれない。
「泣かないでね」
「なんで論破される前提なの!」
おしゃべりはここまでに、私は真剣な面持ちで我が家のドアに手をかける。
そして、2つ分の足音が我が家に響く。
「ただいま帰りました」
口調の変化に優香が少し驚く。
そして私たちはリビングへと足を踏み入れた。
それに呼応するように、ソファに腰をかける母が口を開く。
「その子はどちら様?」
「うちのクラスの…」
説明しようとした時、優香が遮る。
「ひとみさんのクラスメイトの雅優香と申します!」
母は、私に背を向ける形だったけれど、それでも機嫌が悪いのがわかった。
常に静寂と気品を求める母にとって、優香は好みではないのだろう。
「そう」
低い声でそういう母から、威圧感を感じる。
「こっちに来なさい」
私たちは言われるがまま、母と対となるようにソファに座る。
優香は、ニコニコとしているけれど、内心怖がっていそうだ。
「今日は確か模試だったわね」
「はい」
「どうだったの?」
「手応えはあります」
「そう、あの程度の学校なら、全科目成績トップでありなさい」
「あの程度…?」
優香が声を漏らす、おそらくそれは悪手だ。
「雅さんと言ったわね。あなた、うちの娘と関わってどういうつもりなの」
昨日のことがあったからか、ものすごく機嫌が悪い。
「どういうつもりって…普通に友達として関わらせてもらっているだけですよ」
威圧的な態度を取っている母に対して、優香は淡々と答える。
「あらそう、ひとみには高貴な子だけと関わるように言っているのだけれど」
思わず声を出したいと思う、しかし、声が出ない。
私はどうやら、この人に怯えているようだ。
「それで、今日は何しにいらしたのかしら、まさか遊びに来たなんて言わないでちょうだいね」
母の眼光が鋭く光る。
そんな母に負けず、優香が口を開いた。
「今日は、お願いがあってきました」
いつになく真剣そうな優香、そして。
「ひとみさんを学謳部に入部させてください!」
しばらくの静寂の後、母が選んだ言葉は、軽蔑だった。
「無理に決まっているでしょう、ありえないわ」
まあ、誠意を見せたくらいでこの人が許してくれるとは思っていない。
私も流石に優香に加勢する。
「学謳部は、入部条件が成績トップなど、お母様の言う、高貴な生徒の集まりです」
「ええ、知っているわ。昨日調べたもの」
「それでも許可してくださりませんか」
「そうね、私が求めるのは周囲からの見え方よ」
そうだ、久しぶりにちゃんと話すから忘れていたが、母はこういう人だ。
私が言葉を詰まらせながら、反論しようとする、しかしその時。
「ひとみちゃん!お花摘みにいこ!」
「え?」
腕を掴まれ、無理やり連行されていく私。
優香はトイレの位置はわからないから、結局私が連れて行ったのだけれど。
私たちがトイレに着いたと同時、突然優香が声を上げる。
「さあ、作戦会議を始めよう!」
なるほど、突然の行動にはこんな意図があったようだ。
「優香、大丈夫?」
「ん?」
「あんな言われ方してたから」
太陽のように煌めく笑顔で言う。
「ひとみんのためなら大丈夫だよっ!」
やっぱり私は優香のことが大好きだ。
私からも笑みが溢れる。
「で、どーする?」
「学謳部のイメージが悪いみたいだよね」
「そうだねぇ…じゃあこういうのはどう?」
優香が人差し指を立て、得意顔をする。
「学謳部の活動実績を見せつける!」
「活動実績?」
私は正直な話、優香についていったのが始まりなので、そこまで学謳部について知っているわけではなかった。
「去年の10月から設立されて、部員は2人にも関わらず、数々のイベントを盛り上げてきたとか」
「インパクトが足りないんじゃない?」
「ふっふっふ、そう思うじゃない?」
依然として得意顔を崩さない優香。
「合唱コンでは最前線に立ち、全体のレベルを超アップ!さらには宣伝をしまくって1000人を動員!」
確かにそれはすごい。
「などなどたくさんの武勇伝があるのだ!」
確かにこれなら、部活に入ること自体を否定でもされない限り、他の部より優れていることを知ればあの人も納得してくれるかもしれない。
「それじゃあ、戻ろうか」
私がリビングに向かって歩き出す。
バッ。
私は、後ろから優香に抱きつかれる。
「ひとみん、幸せになろうね!」
学謳部に入って、学園生活を謳歌することを幸せと言っているのだろうけど、この言い方は…なんというかプロポーズみたいだ。




