第13話
「叶えるって…あたしじゃ無理だよ…」
優香は本当にこういうところの自信がない。
だからこそ、私が手を引いてみせる。
「私が付きっきりでも教えるから、ね?」
「でも…」
しょうがない、こうなったら。
「あら〜」
暗護先輩の目の前でやるのは恥ずかしいけど…。
私は、優香の頬に優しく触れた。
「優香、私はあなたに諦めてほしくない」
自分勝手なのは分かってる、でも、優香には幸せでいてほしい。
そのためなら、自分勝手でも厭わない。
しばらく目を合わせてくれない優香だったが、ようやく目を合わせて口を開いてくれた。
「分かった…でも言ったからには絶対に叶えてよね…!」
やっぱり優香はポジティブでいなくちゃ、この優香が私は好きだ。
良い雰囲気になったところで、暗護先輩が微笑んでから口を開く。
「ふふ、2人は仲が良いのね。じゃあ、次の模試を勝負の舞台としましょう」
次の模試まではあと一週間だ。
優香は不安そうな顔を浮かべているけれど、1科目だけならばなんとかなりそうだ。
「優香、もし時間があるのなら、このあと図書室で勉強しない?」
「いいよ〜」
「じゃあ今日はお開きね、2人とも、結果楽しみにしてるわね」
そういうわけで、私たちは図書室へやってきた。
あまり人は多くなかったけれど、マナーとして、小さな声で会話をする。
「優香、1番自信のある教科はなに?」
「う〜ん、模試は英国数だよねぇ…、どれも自信ないかも…」
「じゃあ数学にしようか」
「なんで〜?」
「問題がある程度予測できるでしょう?だから点を取りやすいかなって」
「ふむふむ」
私は数学の参考書を取ってきて、優香の前でテスト範囲のページを開いた。
「まずはたすきがけをやりましょう」
思考からの逃亡か、優香が変なイントネーションで声を上げる。
「ナンダソリャー」
「こないだ習ったでしょう…?」
険しい顔で参考書を見つめる優香。
ページを見終わったのか、問題ページへと移る。
「これを、こうして…ここを…」
私は優香の手元を見る。
「すごい…できてるよ」
科学の宿題を手伝った時、すごく苦手そうだったので、てっきり文系なのかと思っていたけれど、そういう訳でもないようだ。
その後もすいすいと問題を解いてみせる優香。
「今日調子いいね、全問正解だよ」
「へへん!」
ちょっと声が大きいけど、さっきの低かったテンションが上がっていて嬉しさを感じる。
優香の解いた問題を少し見ていったのだけれど、基礎問題だけではなく応用問題までできている。
「あなた本当に優香…?」
「雅優香だよ〜」
いつもの抜けてる優香からは想像もできない賢さがある、失礼だけど。
すると、小さな声で優香が語り出した。
「実はね、こないだひとみんに化学教えてもらっちゃって、迷惑かけちゃった気がして、本当は最近勉強してたんだよねえ」
さっきの「ナンダソリャー」で感じた違和感の原因はこれだったようだ。
「迷惑だなんて全然思ってないよ」
微笑みながら言ってみせる。
「ひとみんあたしのことすっごい大切にしてくれてるから、あたしもひとみんのこと大切にしたいなって」
私のこと、そんなふうに思ってくれてたんだ…。
私は思わず泣きそうになる。
グッと涙を堪えて、私は言った。
「優香のそういうところ、本当に大好きだよ」
頬を赤く染めながら笑う優香。
優香のことを護る私、私のことを大切にする優香。
最高の関係、私はそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。
――――――
「哀、ただいま」
私は、門限を守って17時前に帰宅した。
いつも無気力な声で「おかえりぃ」と言ってくれる妹の声が聞こえない。
「哀?」
私は靴を脱いで、リビングへと向かう。
「…遅かったのね」
無駄に高貴な衣服を身に纏った女性、私の母がソファに座っていた。
今日は帰ってくるなんて聞いていなかったのに…。
「お母様…ただいま戻りました…」
母は目線を合わせないまま、少し低い声で口を開く。
「随分と高校生活を満喫しているようね」
嫌味口調だ、どうやら私が今まで遊んでいたと思っているらしい。
「その…学友と勉強していました」
「本当にそれだけ?」
母は昔から異様に勘が鋭い。
学謳部なんて未知の部活の体験入部に行っていたなんて、実の母だけれど反応が全く読めない。
しかしこの人にウソをつき続けられるとは思えない…。
「…部活の体験入部に行ってきました」
「そう、なんの部活なの?」
「学謳部という部活です…」
「聞いたことないわね、説明してくれるかしら」
「…学校生活を謳歌する部活です」
これは嫌な予感がする…。
「ふざけているの?」
怒りが籠った言い方だ。
「いえ、生徒会長の方が部長をされていて、娯楽ではありません」
私とて、優香が絡んでいることはそう簡単に譲れない。
「…あなた、いつから私に反抗するようになったの?」
しかし今回ばかりは本当に家を追い出されるかもしれない…。
母が突然立ち上がり、ゆっくりと私の眼前にやってきた。
そして、蔑んだ目で私に言った。
「よく聞きなさい、ひとみ。あなたは私の後を継ぐのよ」
「“汚い血を含んだあなた“なんて、そうしてもらわないと大損よ」
「…はい」
私は亡霊のような足取りで、自室へ向かった。
私はベッドで顔を枕に埋めながらこれからについて考える。
最悪は優香を学謳部に入部させて、私は。
次の日の早朝、母は仕事で家を出た。
私はそれを偽りの暖かい目で見送る。
「行ってらっしゃい」
昨日、あんだけ言われたのに無理やり笑顔を作って、機嫌取りをする私は自分を惨めに感じる。
それから少しして、妹が起きてきた。
「おはよぉ…」
眠そうに目を擦っていて、幼女のように可愛らしい。
私は学校の支度を終え、妹に朝食を提供する。
もぐもぐと食べている目の前に、私は座り、肘を机に置いて向き合う。
「哀、昨日は大丈夫だった?お母様になんか言われなかった?」
それを聞いた妹は、びくっと体を震わせ、危うく朝食を喉に詰まらせかけていた。
「良い高校に、ちゃんと通わないつもりなら家を追い出すって…」
流石に嘘、と言いたいけれど、あの人ならやりかねない。
「今の哀には、ちょっと難しいかな?」
顔が強張ってる妹を前に、私は微笑みを作る。
「うん…」
「そっか」
何も話すことがなくて、気まずい雰囲気が流れてしまう。
妹は無言で朝食を食べ終え、自室に戻ってしまった。
本当に色々と、八方塞がりだ。
――――――
「おはようひとみん!」
テンションの低い私とは裏腹に、今日も優香は元気だ。
そんな様子を優香に勘付かれる。
「今日なんか元気ないね!?どうしたの?話聞こっか?」
昨日言われた言葉と、優香の暖かさで涙腺が緩む。
「優香ぁ…」
「ひとみん!?」
今にも泣きそうな私を見た優香が、席に着いていた私を無理やりトイレに連行した。
朝だからか、人はいなかった。
「…なるほどねぇ、そんなことが…」
私の昨日の話を聞き終えた優香は、神妙な面持ちを浮かべていた。
「だからもしかしたら、学謳部には優香だけで入ってもらうかもしれない…」
震えた声で、鼻をずびずびと鳴らしながら告げる。
すると突然優香が大声を上げた。
「そんなのやだよ!」
私の肩を掴んで、強い眼差しを向けてくる。
「ひとみんが入らないなら、私も入らない!」
優香の我儘に、私は困惑を浮かべるしかなかった。
「優香が入りたかったのでしょう?それで、私は優香が入りたいならって…あ」
私が言いたいことって、優香と同じことなのかもしれない。
「優香の気持ちはわかったけれど、どうすれば…」
「それじゃあ、」
優香が自信満々の顔で言う。
「私はひとみんのお母さんを説得するよ!」
…優香、それは…。
あの人は話し合いで分かってくれるような人じゃないから無理だよ。
そう言いたかったけど、私はなぜか、優香を信じてみたかった。
日向の時のように、優香は私が決まった線路でしか解決できない問題も、まるで線路を逆走するかのような、奇想天外な方法で解決してくれるんじゃないかって思えたからかもしれない。
「じゃあ模試が終わったら、私の家、来る?」
模試の日は月曜日、母は毎週月曜日に帰ってくる。
「うん!絶対説得させてみせるから!」
「そのためにも、まずは優香が勉強しなくちゃいけないんだからね」
「た、たしかに…」
すっかりと涙は乾いていて、私はチャイムが鳴るギリギリで着席をした。
その日の授業、特に数学の時間、優香はいつになく集中していた。
「雅さん、問3の答えは?」
「√3です!」
私はすごいよ、と言いたい気持ちを抑え、密かに感動する。
「じゃあ次は問4を、花筏さんお願い」
「√5です」
さっきの優香の解答には、みんな無反応だったのに、私が答えると小さく歓声が上がった。
人のこういうところ、私は嫌いだ。
昼休みになると、私たちは日向と裏庭にいた。
「ふ〜ん、それで最近勉強してんのか」
日向がクー君を撫でながら素っ気なく言った。
「日向って意外と勉強できるよね〜」
「意外とってなんだよ」
微笑ましい会話に思わず笑みが溢れる。
「ひとみんは勉強してるの?」
「もちろん、家に帰っても勉強くらいしかやることないからね」
「また今度電話しようね!」
日向が私をみてニヤついている。
こないだはすごい肯定してくれたのに…。
「あっ!そういえば英語のプリントの提出お昼休みまでじゃん!」
すごいスピードで優香が教室へ走り去っていった。
日向と2人きりになって、言われることはだいたい予想できる。
「で、優香とはどうなのよ」
肘で私を小突きながら聞いてくる。
「どうって、特に何も…」
いや、本当はついさっきも色々あったけど。
「ま、今はお前も優香も大変そうだし恋愛なんてしてる暇ないか」
事実だけど少し悲しくなる。
それに、恋愛って言葉に出されると少し気恥ずかしい。
私は友達なりの仕返しのつもりで聞いてみる。
「日向はさ、その、好きな人とかいるの?」
…。
しばらく黙ってから日向が口を開いた。
「いないな」
仕返し失敗のようだ。
「うちはうちより強い奴にしか恋しないからな」
「それって二宮先生とかじゃない…?」
「あらあらひとみちゃん、そんな破廉恥な」
「い、いや…!そんなつもりじゃ!」
やっぱり日向、強い…。
そして数日後、ついに未来を賭けた模試が始まるのだった。




