第12話
「ひとみんこんばんは〜!」
「優香、こんばんは」
「今ひま?」
「暇だけど、どうかしたの?」
連絡先を交換した私たちは、早速その日の夜に会話をしていた。
「実は明後日提出の宿題終わってなくて…わからないから教えてほしいの!」
「科学のやつ?」
「そう!」
「チャットだと教えにくいから、電話でもいい?」
「もちろん!」
そして、電話をかけることになったのだけど、普通の通話ボタンの隣にもう1つボタンがあることに気がついた。
ちょっとした悪戯のつもりで、そのボタンを押してみる。
プルルル、プルルル、2コールで優香は応答した。
いつもの元気な優香が出る、のではなく、驚きを隠せない優香が出た。
「うぇぇえ!?」
「あ、ごめん、気づかなかった?」
私は画面を凝視する、その画面に映るのは、パジャマ姿でベッドに横たわる優香、しかもすごく顔がちかい。
そう、私はビデオ通話をかけたのだ。
「びっくりだよ〜…お風呂上がりで色々やばいし!」
その言葉は、恐らくいつも整えてる髪が整えられていないこととか、メイクをしていないことを指しているのだろう。
だけど、そんな優香も新鮮で可愛い。
「私もだよ」
実は私も優香と同じようななりをしていた。
「いやいやいや!ひとみんはそもそものスペックが私とは違うんだから!」
そんなこともないと思うんだけど…。
「優香は本当に可愛んだから、もっと自信持っていいんだよ?」
あの時のショッピングモールで言われた言葉、そっくりそのまま返してみた。
「あー!ひとみんは本当に!」
頭を抑えて狼狽の声をあげる優香。
「それで、宿題をするんじゃなかったの?」
「そうだった!」
むくっとベッドから立ち上がって、机に座り、スマホの位置を調節してくれた。
これなら宿題が見える、優香の顔も。
「まず問1!これ計算がぜんっぜんわかんない〜!」
私は自分の提出する宿題を確認する。
(1)密度1.2g/㎤の溶液100㎤の質量は何gか。
「これは簡単だよ、密度と体積をかければいいの」
「つまり1.2かける100でいいの?」
「うん」
「なんだ簡単じゃん!」
優香、基礎中の基礎も理解していない…?
「じゃあ問2!」
えっと、次の問題。
密度1.1g/㎤、質量パーセント濃度10%水溶液Aが…
「これはね、まず…」
この問題は少しややこしくて、優香が理解してくれるまで20分くらいかかった。
時間は22時、私がいつも寝てる時間だ。
「あと8問…何時間かかるのこれ…」
優香が絶望を浮かべる。
そこから3問解いたくらいだった、時間は23時を過ぎて、私の体は限界を迎えていた。
眠い…。
「…ひとみん?」
優香が何か言っていたけれど、私は反応できるほど意識が残っていなかった。
自然と瞳が閉じる。
次に目を開けた時、それはカーテンから朝陽の光が差し込むような時だった。
「…ん…優香…」
目が覚めて最初に頭に浮かんだのは、優香とのビデオ通話のこと。
ゆっくりとスマホに視線をやる。
充電が残り少なくなりながらも、驚くべきことにまだビデオ通話が繋がっていた。
しかも耳を澄ますと何か聞こえてくる。
「すぅぅう…」
優香の寝息と思われる。
角度的に寝顔が見れないのが少し残念だった。
これ、通話切った方がいいのかな…。
そう思っていたら、ちょうどそのタイミングで私のスマホの充電が切れてしまった。
がっかりとしたので、私はそのまま二度寝をした。
その後、昨日は少しだけ遅かったから、いつもの時間に起きられず、妹の朝食を準備できず、ひもじい思いをさせてしまった。
――――――
月曜日、朝早くに登校し、一番乗りだと思ったのだけれど、先客がいた。
金髪ポニーテールの美少女。
「日向?」
それは別クラスの日向だった。
「よっ!」
朝から元気な日向、なんでうちのクラスにいるんだろう。
「どうしたの?」
単刀直入に聞くと、ニヤニヤと悪い顔をする日向。
そして手招きをされたので、日向の目の前に立つ。
日向が無言でスマホの画面を見せてきた。
「…ん!?」
思わず声が大きくなる。
なぜなら、その画面に映っていたのは。
「わ、私の寝顔…」
寝落ちして優香に撮られて、それを日向に流された…?
「なんでそんなの持ってるの…?」
たまらず質問する。
「昨日優香とSNSで話してたら、あいつ間違えてこの画像送ってきたんだ」
笑いを堪える日向。
優香、絶対送ってはいけない人に送ってるよ。
「絶対に他に流さないでよね…」
流石に了承してくれると思ったのだけど。
「どうしようかな〜?これは高く売れるぞ」
私の寝顔で商売しようとしてる?
日向に弱みを握られたのは確実なようだ…。
「でも寝落ち通話って…“恋人“みたいなことするな!」
爆笑しながら煽ってくる日向。
だけど、優香と恋人…悪く思えない。
否定できずにいたのがよくなかった。
「…なんで満更じゃなさそうなんだよ」
その言葉に、私はさらに顔を赤らめてしまった。
否定しなくちゃ、そう思うけど、私は嘘が苦手だ。
「…」
ついにあの日向が黙り込んでしまった。
本当に弁解しなくちゃまずいので、私はどうにか口を動かす。
「い、いや別にっ!」
人生一焦った喋り方だったと思う。
私の全力の釈明に返された反応は、思ったのとは違うものだった。
「それ、別にいいんじゃね?てか、よくね?」
さっきまで爆笑してたのに、急に真面目な顔で言ってきた。
「え?」
私は目が点になる。
それに対し、その言葉の意味を説明してくれる日向。
「だって、お前は優香のこと護るんだろ。なら恋人関係ってのも悪くないと思うんだ」
つまり、映画とかでよくある、恋するヒロインを命懸けで護る主人公みたいな関係を、アリだと言ってるようだ。
ここまで肯定されると、否定するのが申し訳なくなってきた。
そして、ついに言ってしまった。
「…そうなの、私、優香のことが好きみたい」
自分の心の中で留めておいた気持ちを、ついに口外してしまった。
そのカミングアウトに、落ち着いた声で言葉を返す日向。
「衝撃の事実だけど、ま、変なこともでもないか」
…暖かい。
「日向…!」
私はいつもの優香へのノリで、つい抱きつこうとしてしまう。
でも運動神経の良い日向は、私のお腹を抑えて抱きつかせてくれなかった。
「おい恋する優香がいるのにいきなり浮気か?」
あ、確かに、女の子に恋するならそういうことも気にした方がいいのかな…。
私は体勢を立て直して自立する。
「ごめん」
「まったく…」
日向がコホン、と喉を鳴らす。
「うちはひとみの恋愛、応援するよ」
日向、最初は本当に怖かったけど、今は信頼をおける大親友だ。
「じゃ、そろそろクーに飯をやりに行くから、またな」
「色々とありがとうね」
そう言って私たちは別れた。
その時の私は、すごくすっきりとしていた。
しばらくすると、クラスメイトがクラスにやってきた。
その中には優香の姿も。
ついさっきあんなことがあったから、少し照れくさいけれど、私は優香の元に行く。
「優香、おはよう」
「ひとみんおはよ〜!」
今日もニコニコで愛くるしい。
「あ!ひとみんこれ見て!」
優香が通学バッグからファイルを取り出し、その中から1枚の紙を抜く。
そこに並ぶのは10問の科学の問題、そしてその解答はしっかりと埋まっている。
「へへん!ちゃんと終わらせましたよ!」
「すごいじゃない」
ドヤ顔の優香を微笑みながら褒める。
「全部間違ってるけど」
「えぇえ!?」
私は思わずくすっと笑みを溢す。
その後、授業直前まで優香に指導した甲斐もあって、ギリギリ提出には間に合った。
放課後、優香と私はとある場所へ向かっていた。
「忙しいのに付き合ってもらってありがとうね、ひとみん!」
「全然大丈夫だよ、忙しくなんてないし」
そしてたどり着いたのは、私たちのクラスからは少し離れた教室だった。
優香がガラガラ、とドアを開ける。
「失礼しまーす!」
「“仮入部“で来ました!」
そう、私たちは部活の仮入部をしに来たのだ。
優香の声に、一人の女子生徒がこちらに歩いてきた。
「あら、新入生さん?」
その女子生徒は、いかにも清楚というような茶髪をしていて、髪の毛はロングだけれど、私とは違って毛先が少し巻かれている。
「はい!1年A組の雅優香と」
「同じく1年A組の花筏ひとみです」
私の名前を聞いた彼女は、口を小さく開けて、私を知っている様子だった。
「花筏さんって…今話題になってるあの?」
話題…?
私がはてなを頭に浮かべていると、優香が口を開いた。
「ひとみん知らないの…?今めっちゃビジュ良い子がいるって話題なんだよ?まさか別の学年まで知られてるとは思わなかったけど」
全く聞いたこともない話に、私のはてなはより大きくなる。
でもそういえば、入学式の日にも、すごい人数に詰め寄られたっけ…。
「初めて聞いたよ…」
それを聞いた2人はシンクロして笑った。
「ひとみんったら天然なんだから〜」
「花筏さん、面白いのね」
笑いの波がすぎた後、私たちは教室の中に案内された。
「ようこそ、学謳部へ!」
学謳部、普通の人は聞いても何かわからないだろう。
本当の正式名称は“学園生活謳歌部“
その名の通り学園生活を謳歌する部活である、もちろん全国でここにしかない。
活動内容は、日常生活、学校行事を部活内でさらに盛り上げることを目的に、様々なアクティビティを行うこと。
部活にはとても思えず、なぜこれが成立するのかと言うと、その秘密は目の前の彼女にある。
3年C組、暗護詩緒、彼女こそ我が校の生徒会長なのである。
日頃から成績、態度共に優秀のため、学謳部の設立を許可されたらしい、実際不利益があるわけでもないし。
でも噂によると、最初は反対されていたけれど、暗護先輩の今も語り継がれる伝説のプレゼンテーションによって許可が降りたとか。
ただ私は一つだけ、質問があった。
「あの、部員って何名ほどいらっしゃるのですか?」
私がこれを聞いたのは、ここに来てから暗護先輩以外を見ていないからだ。
「部員は2人だけよ?」
「え?」
私は思わず声を漏らす、だって、こんな娯楽みたいな部活、人気がないはずがない。
「なんで〜!?」
優香の言葉に対して、暗護先輩が解答する。
「あら、知らなかったかしら、この部活に入るには条件があるのよ」
条件…?
私たちがそれを満たしているのか不安になる。
「入部条件、それは」
「成績順位のトップ3までが入部可能、よ」
これは…。
優香の声が途端に小さくなる。
「あぁ…あたし帰ります…」
優香は万年平均点らしい、戦意喪失しても仕方がない。
本当に帰ろうとする優香を呼び止める暗護先輩。
「待って!一教科でも大丈夫よ!」
「いや…その…そう言う問題じゃなくてですね…」
――――――
私はその時、ついさっきの出来事を思い出す。
「この部活絶対楽しいよ〜!ひとみんも一緒に入ろっ!」
目を子供のようにキラキラとさせる優香。
「優香が入りたいなら、私もついていくよ」
微笑みながら答える。
本当に入りたいって思ってただろうに、こんな形で叶わないなんて。
私は優香を精神的にも護るって決めたのに。
――――――
肩を落とす優香に私は伝える。
私の、決意を。
「諦めないで、優香」
「私が叶えるから」




