第9話
キンコンと鳴り響くチャイムを合図に、私たちは各々のクラスに向かい、授業の開始を待っていた。
なんとなく背の順に並んだ私たちの前に現れたのはジャージ姿の男性。
体育教師の二宮幸之助先生だ。
細くてすらっとした印象を受けるものの、よく見ると筋肉質な体をしている。
全員が並び終えたのを確認した先生が口を開く。
「はじめまして!僕は二宮と申します!趣味は筋トレと読書、どうぞよろしく!」
読書…意外と話あったり。
そして準備体操をさせられた。
「では!早速だが体力テストをやってもらう!」
その声に周りから、えー、と言う声が聞こえる。
「男子は最初に校庭にて、50メートル走、ボール投げ、立ち幅跳び。
女子は体育館で、握力、上体起こし、反復横跳び、長座体前屈を」
先生は笛をピーっと鳴らし、解散を告げた。
私は素早く優香と合流し、体育館へ向かった。
「どこから行く〜?」
優香に聞かれた。
「最初だし、軽いところがいいな」
「じゃあ長座体前屈とか?」
賛成しようとした時、何者かに背中にのしかかられた。
横目に見える長い金髪、日向だ。
「まさか楽なところ行くつもりか?」
ニヤついた日向に聞かれる。
「まずは体を慣らしたいから」
私は淡々と答える。
「そう言わずに一緒に“アレ“行こうよ」
日向が指をさす。
その先は、反復横跳びだった。
優香が思わずつっこむ。
「イチバンきついやつじゃん!」
私も同感だけど、日向も同じ条件なら文句はない。
日向は、いいな?、と一言だけ言って、私たちを置いていってしまった。
「ひとみん、大丈夫そ?」
心配そうな眼差しを向ける優香に、私は宣言する。
「大丈夫、勝つよ」
勝てる保証はないけれど、生憎負ける気もしなかった。
そしてとうとう反復横跳びのエリアについたと思ったら、すでにスタンバイしている日向の姿が目に入った。
私も急いで参加しようと思ったのだけど。
「ひとみん、ちょっと待って」
優香に止められた。
「どうしたの?」
優香の方を見ると、なぜかもじもじとしていた。
「あの…もしひとみんが勝ったら、事情話すっていうの…」
私はなんとなく拒否されるような気がした、しかし、私に告げられたのは
「いいよ」
衝撃だった、それと同時に、私を信頼してくれたのかと、すごく嬉しかった。
思わず聞いてしまった。
「急にどうしたの?」
恐らく笑みが隠しきれてない。
すると優香が言う。
「ひとみんが、あれだけ頑張ろうとしてるの見たら、私も何かしてあげたいって思ったの」
この子は本当に、優しい子だ。
「ありがとう、やる気も出たよ」
私は微笑みながら言った。
それに呼応するように、優香も満遍の笑みを浮かべる。
「じゃあ行こうか」
私のその言葉を合図に、私たちは戦場へ歩き出した。
依然として余裕そうな日向の横を通り過ぎて、私たちは持ち場についた。
優香が前で、私が後ろにいる。
そしてタイマーのカウントダウン音が鳴り始めた。
ピッピッピ
心臓の鼓動が聞こえるほど集中する。
ピー!
けたたましい音と共に、私たちは動き始める。
まず視界に入ったのは、周りと比べて少し遅れている優香。
優香、運動できないんだ。
そして圧倒的なスピードを見せつけている日向だ。
一方の私はと言うと、日向に食いついてはいるものの、少し遅れていた。
「そんなもんか!」
日向が人目を憚らずに叫んでいる。
私は頑張ってギアを上げる。
しかし余裕を残す日向と、既に全力を出している私では、結果は火を見るより明らかだった。
「優香、ごめん…」
私はかがみながら謝罪を口にしていた。
「しょうがないよ〜、それにまだ1つ目だし!」
すると日向がやってきた。
「そこそこやるけど、うちの敵ではないな!」
ははは、と笑う日向。
「それじゃあ次は上体起こしだ」
そう言って歩き去って言った。
私は優香に小さな声で言う。
「次こそ勝つね」
さっきの宣言との声量の違いは、きっと自身の有り無しだと思う。
正直な話、少しだけ戦意を喪失していた。
優香も同じくらいの声量で口を開く。
「やっぱり日向ってすごいの…?」
私がどうして戦意喪失しているのか。
それは今の結果にある。
64回、これがさっきの記録なんだけれど、決して低くない、それどころか高い方だ。
しかし日向の記録はと言うと、76回。
余裕を残して。
「認めざるおえないね…」
私は渋々立ち上がり、次の種目へ向かおうとする。
横に並んで歩いてくる優香に、私は宣言する。
「でも、次は絶対勝つから」
その勢いのまま数種目、私は全敗した。
――――――
清々しい全敗をしてしまった私は、体育館で行う種目を全て終え、校庭で行う種目も残り1つとなってしまった。
勝利条件を事前に決めていなかったけど、こんなのどう見たって敗北だ。
そんな私をあざ笑うかのように、日向がニヤつきながらやってきた。
「残るは50メートル走だけ、今までの種目はうちの勝ち。そうだなー…」
何かを悩んでいる日向。
「50メートル走は負ける気がしないから、次勝った方の勝利で」
情けをかけられている私はすごく哀れだ。
しかしちっぽけな意地を張ってる余裕はない。
私が感謝を述べる前に、口を開いたのは優香だった。
「日向ありがと〜!!!」
ふん、と鼻を鳴らして去っていく日向。
「ありがとう…」
私としたことが不甲斐なさすぎる…。
そんな落ち込んだ様子を見た優香は、私の腕を掴んできた。
「どうしたの?」
聞いて見たけれど、何も答えてくれなかった。
そのままトイレに連れ込まれた。
「ねえ優香、いったいど…」
言いかけたところで、思いっきり抱きつかれた。
そのまま胸に顔を埋められる。
すごく良い匂いがした。
抱きついたまま見上げた優香と目が合う。
「負けないよね…?」
困り眉をした優香は、何にも変えられないほど可愛かった。
2人きりだったから、少し調子に乗ってみた。
「抱きしめてもいい?」
優香は顔を赤らめた後に、うん、と小さく言った。
今度は私が抱きしめる。
小さい優香を覆うように抱きしめた。
優香の髪はいい匂いがして、体は感じたことがないほどに柔らかかった。
私はそのまま口を開く。
「負けないよ、今ので元気満タンだよ」
事実、今の抱擁でテンションがものすごく上がっている。
空をも飛べそうなくらい。
長いこと抱きしめていると、優香が吠えてきた。
「ひとみんまだするの〜!?」
私はゆっくりと手を離す。
「ごめんね、いや、ありがとうね」
満遍の笑みを浮かべた優香に微笑み返して、私たちは50メートル走のエリアへ向かった。
「お、きたか」
そこに立つのは日向だ。
私は深呼吸をして、日向の前に立った。
「次は負けない」
少し微笑んでみせた。
「それでこそ花筏ひとみって感じだな!」
日向はどこか嬉しそうだった。
そして、勝負が始まった。
ランナーは私と日向、ただ2人。
禍々しい雰囲気に、私たち以外誰も走ってくれなかった。
「位置について、よーい」
全神経を集中させる。
「ドンッ!」
私たちは合図と共に駆け出す。
まず優勢だったのは日向。
だけど私も必死に食いつく、反復横跳びの時とは違って、日向にも余裕はなさそうだ。
そこそこ走り進めると、ゴール付近で心配そうな顔をする優香の姿をみた。
この勝負、あの子がかかってるんだ。
そう考えると、力が湧いてくる。
少しずつ勝利の天秤が、私に向き始める。
残りは5メートルほど、最後の力を振り絞る。
そして勝敗は。
「ひとみ〜ん!!!」
優香に抱きつかれる。
「はぁ…優香…勝ったよ…!」
「すごいよひとみん!!!」
しばらく抱き合っていると、私たちの元に日向がやってきた。
「やるじゃん、ひとみ」
最後だけ勝ったとは言え、全体で見ればボロ負けだから、あんまり強く出れない。
だけどこれだけは聞きたい。
「これで、私と優香、友達でいいよね?」
その答えは。
「もちろん」
よかった、本当によかった。
優香が口を開く。
「日向もひとみんも、本当にありがとう!大好き!」
それを言い終えたところで集合の笛がかかり、私たちは先生の元へ集まった。
「先生は、猛烈に感動している…」
集まって早々、二宮先生が言い出した。
「まず憂信、お前の得点なんだが
…素晴らしすぎる!!!」
声が大きい。
「県記録もぼちぼちあるぞ!!!
そしてそして…」
さすがとしか言いようがない。
次に呼ばれる名も日向だと思った。
しかし、
「花筏ひとみ!!!すごいぞ!!!」
突然言われた私の名前に、ど肝を抜かれた。
「ひとみんすごい!」
私が直々に褒められるなんて、アレしかない。
50メートル走。
「6.45、僕は猛烈に感動したぞ!!!」
勝負に必死すぎて、全く気づかなかったけど、そんなに早かったんだ。
周りからの歓声で、ようやく実感が湧いてくる。
「賞状用意するから楽しみに待っていろ!」
そして、一時はどうなることかと思った体力テストは、チャイムと共に幕を閉じた。
――――――
優香と日向、そして私は放課後、いつもの校舎裏に集まっていた。
私は日向に聞きたかったことを聞く。
「日向、私に勝たせるつもりだった?」
優香も声をあげる。
「あたしもそれ思った!」
時々見せてくる優しさ、それがあったおかげで私は勝てた。
というか、50メートル走で勝敗を決めてくれなかったら普通に負けてるし。
すると日向が答える。
「優香に必死になるひとみ見てたから、少しだけ容赦しちゃってた気もするけど、最後のは本気だぞ」
少し優香が照れている。
「それにしても、50メートル走だけ異様に気合が入ってたけど、何かあったのか?」
ギク、まさかトイレで抱き合っていたなんて口が裂けても言えない。
別に〜と優香が紛らわす。
話題が終わったようなので、私がついに切り出す。
「じゃあ、優香。聞いてもいいかな」
そう言うと、優香は小さく頷いた。
私は深呼吸する。
「優香の“事情“のこと」
今日、何かが変わる気がする。




